【魔界で従者を手に入れました/15話】

歩きがてら訊いた天使さんの名前は、ルシエルさんというらしい。自分のことを『僕』という、かわいらしい天使さんだった。

……ルシエルって訊いたことない名前だったけど、『~~エル』って名前は天使によくある名前らしい。

ちょっと弱っているみたいだったから肩を貸し、一緒に城へ向かってゆっくり歩いている。

城まで大した距離でもないから良かったけど、これ遠かったら私どうしてたんだろうな……。

おぶっていくとか危険なことをしなくちゃいけなかったのかな。うん、絶対無理だわ。


「――ルシさんは、どうして魔界に来たの?」
「悪魔を倒すために来たのですが……予想を遥かに超えた強い瘴気にあたってしまいまして……
恥ずかしながら体調を崩したところで捕まり、隙を見て逃げ延びてきたところです」

その時のことを思い出しているらしいルシさん(ルシエルさん、と言いづらいので略して『ルシさん』と呼ばせてもらうことにした)。

誠に屈辱的でしたと唇をきゅっと結び、拳を握って悔しそうな顔をしている。

しかし、私とルシさんは肩を貸しているため、身体は密着しているし顔は真横ですごく近い。

体つきは、ヴィルフリートのほうがしっかりしてる感じがする。

というか、この人いっぱい羽根がついてるんだけど……支える関係上、ルシさんの腰へ回した腕に触れる羽根の質感は、ふんわりしていて柔らかい。

付着している砂や汚れを落としたら、相当この人綺麗なんだろうと勝手に想像した。

「ね、ルシさんは……まさか一人で魔界に来たの?」
「はい。人間界では、悪魔が多くはびこっています。
それらから人間を正しく導くのが、天使の仕事ではありますけれど……」

つい見かけた上級悪魔を追いかけて、ここまで来てしまったのだという。

「……こんなとこ一人で来るなんて……ルシさん、わりと向こう見ず?」
「そう言われると……返す言葉もありません」

そんな話をしながら、私とルシさんは、城の前まで来たんだけど――はたして扉は開いているのだろうか。

「えいっ……!」

ぐっ、と力を込めて押してみたけれど、頑丈な扉は私の力では全く開くような気配がない。

ニーナがやっていたみたいに蹴り開けてみようとしたが、その前に、肩に置かれたルシさんの手に力が入って止められた。

「ルカさん、これは純粋な力だけでは開きませんよ。

魔力で鍵をするタイプの扉ですから、開けるときにも魔力を流す必要があります」

こんなふうに、と言いながらルシさんが片手を扉の表面にかざす。

すると、手が触れていないのに重かった扉はその抵抗を無くして開ききった。

おお……ルシさん、もしかして頭いい人?

私が言葉もないまま尊敬の眼差しでルシさんを見つめると、彼はくすぐったそうに微笑んだ。

そのまま中に入ろうとする美形天使さんを押しとどめ、まずは……ヴィルフリートが見ていないかどうか、そろりと中に入って周囲を見渡してみた。


どこにも人の気配はない。

……よし。この階にはいないみたいだ。

ちょっと安心するとともに、これが見つかったら――またさっきみたいにルシさんが大変な目に遭うのでは無かろうか、と想像した。


『天使を庇うなら、俺はお前の手助けを控えるからな!』

ヴィルフリートの怒りに満ちた顔が浮かんで、ちょっと重くなってきた気分をなんとか振り払う。

そうだ。ルシさんのことをダメだとは言われていない。

言ったところで私が聞き入れなかったかもしれないけど、多少は目をつぶってくれていると考えて差し支えないみたいだ。

ずっと一緒にいるわけじゃないんだから、ほんの少しだけ私が天使さんを助けてあげてもいいよね……?


もしかしたら、あっちの世界にいるときには世話になったかもしれないじゃない。うちは無宗派・無宗教だったけど。

「ルカさん、この城には……悪魔が住んでいるのですよね?」

地下には小部屋があった事を思い出し、そこへルシさんを匿おうと目星をつけた私は彼の手を取って案内しようとするのだが、ルシさんの目が鋭いものとなって城中の様子を眺め伺っている。

敵である悪魔の居城、いつどんな奴が出てきても、咄嗟に迎撃なりして自分の身を守らなくちゃいけないんだから、ルシさんの態度は当然といえば当然だ。

それに、さっき『悪魔を追ってきた』って言ってたし、敵には厳しい人なのかもしれない。

「うん……さっき、ルシさんを蹴ったやつの城よ。私はここに居させて貰っている身だけど……大丈夫だから。絶対、酷いことさせないように、見守るからね」

ぎこちない笑顔だったかもしれないけど、ルシさんを安心させようとにこやかに微笑んだ(つもり)だったが、返された笑顔はもっと眩しいものだった。

「ルカさん……貴女も魔界で酷い目に遭っているのでしょうに……
ありがとうございます。貴女のお心に、深い感謝を」

うーん、外見は薄汚れているけど、心根は天使だけあって綺麗なんだろうなぁ。

彼の周りに後光っていうかキラキラしたオーラが見えるようだ。ヴィルフリートみたいに意地悪な事をするような人じゃなさそうだし。

そのまま階下にたどり着き、コソ泥みたいに再び周囲の様子を伺いながらも目的の小部屋にルシさんを押し込んで、ドアを閉めるとほっと一息つく。

「……あ。ここ、確かシャワーがあるから、身体も洗ったりするといいわ。その間に、お水とか何か食べるもの持ってくるね」

お腹空いてるでしょ、と続けると、ルシさんは困ったような顔をする。

「あまり、お気遣い無く……。水を頂ければ、それで当面は凌げますから……」

そんなに遠慮しなくてもいいのに、水を所望してくる。

……あ! そうだ。ここの水はわざと魔界草(勝手に名前付けた)で汚されているから、顔を洗う事ができないのかもしれない。

だとしたら、とりあえずご要望の品は多めに持ってこなくちゃいけないかな。

必ず戻ってくるからと言って部屋を出て、自分の部屋にあるはずのペットボトルを取りに走る。

階段を上がって、ロビーに出たところで……悪魔と出くわしてしまった。


「――あら、ルカちゃん。丁度いいところに!」

私の生活必需品(であると思われる)ペットボトルやら食料やらを緑色の大きなエコバッグに詰め込んだものを持って、外に出ようとしているニーナとバッタリ出会った。

私の姿を見るなり、顔を輝かせて軽く手を振ると、こちらに歩いてくる。

そっちこそ丁度いいところにだよっ、ニーナ!!

とりあえずこんにちはと挨拶をしたところ、階上の……たぶんそれは玉座の間であろう方向を睨み、何か不満があるらしきニーナの頬がぷっくりと膨れた。

「なんだか今日のヴィルフリート様は、ひどくご機嫌斜めですよぅ。
いきなり出てけと言われるし、ルカちゃんの事を尋ねたら『知らねえよ、あんな女』とか、もうひどいのなんの……。
これじゃあ代金どころか商品も受け取って貰えなさそうでしたもの。日を改めて出直そうかと思ったところだったんですよ」

あと数秒遅かったら、ニーナは帰ってしまっていたわけか。危ないところだったんだ……。

「ヴィルフリート、凄く怒ってたの?」

こわごわ尋ねると、ニーナはこくこくと何度も頷く。

「ええ、今まで見たことないくらい、体中から殺気立ったオーラが溢れてましたわ~!」
……うわ、やば。どうしよ……。

私の気まずい顔と、何か引っかかるのか階下のほうをじっと見ているニーナ。

うわわ、ニーナにもルシさんの事を勘ぐられちゃマズいぞ……。

ヴィルフリートには内緒にしておかないといけないんだし、筒抜けになったら私にはお手上げになってしまう!

しかも、ニーナは上半身をやや曲げて私の顔を覗き込みつつ顔を近づけ、うっすら微笑んだ。

「ルカちゃん……ヴィルフリート様を怒らせるほどの爆弾を抱え込みましたのね?
階下から流れる清浄な空気……なるほど、大体の事情は掴みました」

うわあ、バレた。悪魔は流石に色々感じ取れるってわけなんだね……!

「あー……その、お願い……! 内緒にしてくれないかな! 少しの間だけでいいから!」

両手のひらを合わせて、拝むポーズをとりながらニーナに懇願する私を、彼女は計りかねたようにじっと見ていたが……やがて、構いませんよと言ってくれた。


「――でも、あたしよりあの方なら敏感に気配を察知されているはず……と思いますから、既に連れ込んだことくらいは存じてらっしゃるのだと思いますわ?
そこは喋らなくとも隠し通せるものではないですし。要は『事が済む』まで黙っていればいいんですね?」
「そうそう、その通り」

うんうんと頷いた私に、わかりましたと言ったニーナは、腰のポーチからいくつかの錠剤を見せると、私に赤いカプセルと透明なカプセルを渡した。

「でも、条件がございます。
まずは、この気配を薄くしていただきたいの。この城に出入りするあたしには、この気は強すぎて息苦しいです。
保身のためですけど、これを飲ませてあげて。こちらの赤いカプセルは、いつもよりは力を弱めますけど……その分漏れ出るこの気配をかなり消すことができますわ」

おお、なんか良さげなものを持ってるね。赤いカプセルは、つやつやしている楕円形のカプセル。

ちょうど、ニンニク料理を食べた時なんかに重宝する、息さわやかスッキリするあの錠剤みたいな感じだ。


「この透明なほうは?」
「人間にも使える栄養サプリメントですわ。
多分、ルカちゃんが飲まされているものと……いいえ、やっぱりヴィルフリート様が作るもののほうがずっと効果はありますね」

こちらは普通に魔界で流通しているものですよと教えてくれたのだが、そんなにヴィルフリートは薬作るのが上手なのか……。

時々私が飲まされる薬は、作ったばっかりのものをすぐに飲ませようと持ってくるからストックがないんだよね……。

「ありがと、ニーナ。助かるよ」
「どういたしまして。あたしもこの城では凄く稼がせて貰ってますから、困ったときはお互い様ですわ~♪」

持ちつ持たれつ、なんて言うけど……ニーナだって、悪魔だから誰かを信じたりしないんだろう。

「ニーナも……誰かを信頼したりはしない?」
「わたしはお金と上客だけは信頼してますよっ!」

お金は裏切らないし、という、定番過ぎて鉄板な発言まで飛び出した。

――ニーナ、歪みない。さすが商魂逞しい女性だ。

ちょっと遠い目をしながら彼女を見ていると、そのチャラッとした雰囲気が一瞬にして立ち消え、エコバッグを床に置くと真面目な顔でニーナは告げる。

「……悪魔に信頼を求めてはいけませんわよ、ルカちゃん?
あたしたちは自分の利にしか興味がありませんから」
「…………それが、普通なんだよね?」
「ええ。ましてや異種族を信頼するなんてことは、ありえません」
……きっぱり言われてしまったが、ニーナは私を信頼することはないと暗に示しているし、ヴィルフリートとの意見の相違もなさそうだ。
「信頼していなくても、好意くらいはありますから、こうして協力は致しますけどね」

好意、か……。ないよりは全然ありがたいものかもしれないけど、どうしてだろう……素直に喜べないよ。

「……ありがと。じゃあ、そろそろ行くね」

ここでずっと話しているわけにもいかない。私はニーナの持ってきたエコバックに視線を落とす。

「これ、貰って行ってもいい? 上に行けばこの間貰ったものの残りがあるけど、ヴィルフリートに今会いたくないし……
多分あっちもそう思ってるだろうからさ。お代は次の時に一緒でお願い」
「あらま。いつも金払いを良くしてもらえるほうが嬉しいんですけど……でも、今回は特別にツケでいいですよ。それじゃ、ルカちゃん。また今度」

手をひらひらさせて別れの挨拶をするニーナだったが、私は急いで戻らなければいけないという考えにとらわれていたので、挨拶もそこそこといった感じでエコバックを掴むと階下に降りていく。


ニーナはそれを笑顔で見送ってくれていたようだったが――


「…………あたしたちを信頼しちゃ――ダメですよ?」

彼女がぺろりと舌舐めずりをしていたのには、全く気が付かなかった。



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