頬杖をついて私を見つめている男の人は、一言でいえば……とてつもない美青年、だ。
しかも凄い美人。いや、美人っていうのは男の人に対して変だったかな。
胸くらいまでの長い髪は、この薄暗い城の中でも埋もれることはなく……それどころかひと際黒く、濡れたように艶々と光っている。
見た感じほつれ毛とかもないようだし、手入れもいいみたい。
指通りもつるっつるなんだろう。
切れ長の鋭い瞳。顔の表情には余裕を浮かべていても、純度の高い紅玉みたいな赤い色をした眼は、私の一挙一動を見逃すまいとじっと見据えていた。
赤いベルベットのマントの下には、髪の色と同じ、黒い服。
袖に白か銀かわからないけど、レースがついていて高級感を醸し出している。
美形が着るとなんでも似合うからすごいよね……って、――今それどころじゃなかった。
私が何も喋らないし、何も動こうとしないので、黒髪の男性はおかしいと思ったのか『ん……?』と呟いて片眉を吊り上げてから興味深そうに私を観察している。
今この人魔界って言った。予約済みとか何百年ぶりとかも言ったよ。
魔界の人……魔族? とかかと私は推測した。
ここは異世界には違いないけど、よりによって魔界。
そこって悪い王様……魔王とかそういうのがいる、ん、だよね……?
あ、やっぱりそっちの方を指摘されてしまった。男の人がちょっと苛立ったように言ってくるんだけど、残念なことに私には指一本動かすことができないんだよね。
もう一度『おい』って呼ばれても返事ができなくて、ナメられていると思った男の人は、あからさまに不機嫌そうな……ムッとした顔で椅子から立ち上がり、ダン、ダンと大きな靴音を立てながら壇を下りていく。ひーっ、私暴力振るわれるのかも。
恐ろしさに内心ビクビクしていると、大股でやってきた男の人は私の目の前に立って、作品の出来を調べる芸術家みたいに腕組みしたまま遠慮なく上から下までじろじろと眺めてくる。うう、嫌な視線だなぁ。
「お前……もしや耳が聞こえなかったり、口も利けないのか?」そういうわけじゃないけど、なんか喋ることができないだけ。
そう伝えたいけどそれもかなわない。眼は動かせるのできょろきょろと彷徨わせると、男の人は『なんだ? 気持ち悪い奴だな……』と、聞き捨てならない言葉を発する。
そもそも、レディどこ行ったわけ? 絶対その辺に隠れてるよね。もうなんとかしてよぉ……! 泣けるものなら泣きたかったけど、泣いたって言葉は話せないし、涙も出なかった。
願いが届いたのか、話が通じると思ったのか背後でレディの落ち着いた声がした。
遅いよレディ……あれ? 私の隣に来たのは――レディじゃなかった。
金髪碧眼の美女。前下がりのボブだったけど、またそれが色っぽい。
しかしレザー製のボンテージ姿。むっちりとした大人の身体は、黒光りする革に覆われている。
はっきり言うと、窮屈におしこめられた……溢れんばかりのおっぱいとか、ちょっとエッチな感じ。
そのエッチな格好しているお姉さんは、私に視線を投げながら『ごめんなさいね、お客様』と笑った。
「異世界観光なんて嘘。あたしの仕事は、色々なものを売買するんだけど、人間を連れてきて魔界で権力のある人に売ることを始めようと思ったの。私が何か言いたいのを勘づいたレディは、くすくす笑って私の肩に手を置くと、人間はいかがでしょうと耳にゾクゾク来るような声で男の人を誘った。このアマ、私を売る気なんだな……!
「このご時世人間は絶滅寸前。しかも異世界産! この機を逃すとなかなか手に入りませんよ?」どこかの通販みたいな口ぶりだ。オマケもつけてたりするのかな。
しかし、男の人は、レディの口車に乗らず、私を吟味している。
「それは分かってるけどな。これはどんな人間だ?」少しばかり生意気ですけど、と言いながら、レディは私の体を後ろから羽交い絞めのような形にしてぐいっと押し出す。
後ろから押されたから、ちょうど、体を逸らして胸を男の人に突き出すような体勢になっちゃうんだけど……。
レディは、とんでもないことを言った。かなりひどいことを言った。
同じように、この男の人も意外そうな顔をして私とレディを交互に見つめてから、ニヤリと笑った。
あ……とても嫌な予感がする。
「かなり楽しそうな方法だな。いいのか?」よくない。よくない絶対よくない。
私は断固拒否しているのに、当然無視。
レディはもちろんたくさん味見して確かめてくださいなんて、スーパーの試食販売員みたいなことを男性に言っている。
ちょっと冗談でしょ。いや、冗談じゃないのよね、この流れだと。
「どこまで味見していいんだ?」くすくす、っていう悪魔の嘲笑みたいなのが耳に届く。いや、悪魔だ。
なんで、私がそんな娼婦みたいなことしなきゃいけないの……?
どんどん血の気が引いて目の前も暗くなっていく。
悪魔だらけだ。だってここ魔界なんだししょうがない。
そんな私の顔を見て、男の人は『ご自由に、だとさ』と肩をすくめた。
「人間ったって、どうせ生娘じゃないんだろ? こっちも人間をいじるのに、加減も忘れたからな。適当に頂いてみよう」そう言って男の人は私の服に手をかける。どうせって何! その偏見は直ちに捨てるべきだよっ!
男の人の手は遠慮なく私の胸に置かれて、さわさわと撫で始める。
いや、気持ち悪い……嫌だったら! それに私、私っ……!
まだ処女なんだからーーッ!!