ラーズは早速王宮を出てギルドを訪ねようとした……が、離れを出てすぐ、そんな状況でないことを理解する。
ラーズ達はまだ城下の被害がどの程度かを見ていない。
ユムナーグの話では、カリュプスの降り立った大通り周辺は目を覆いたくなる惨状だという。
比較的被害が少ないというリスピア城でさえ壁が破損し、壊れところどころ城外の景色が見えている部分もある。
市街は凄惨な状況なのに、関係ない……いや、むしろこの厄災を引き起こした原因の一端である個人の要請に各種ギルドが動いてくれるはずもない。
むしろ、ギルド側も情報収集やがれきの撤去、安否確認などの作業も重なり、人手不足で猫の手も借りたいと思っていることだろう。
「…………」困ったことになったと他の策を練りはじめるラーズは――そういえば、ミュリエルとイルメラはどこへいっただろう、と思い至った。
助けて貰った恩義以外にも思うところがあるのか、今までイルメラはレティシスの側から離れたがらないので探すことは不要であったし、彼女とミュリエル個人に、ラーズは特別用事もなかったため存在を気にしていなかった。
軽く周囲の気を探ってみたが、当然のようにリスピア城の周囲に彼女たちの気配は感じられない。
「――ああ……」そうなると……停泊している船に残っているかもしれない。
仮にギルドに駆り出されていたとしても、伝言を残している可能性もある。
彼女たちと合流できれば、もしかするとギルドの別支店――クライヴェルグの支店――と連絡を取り、何かしらの手がかりを得られる。
もちろん、港が……いや、船が無事であれば、だが。
その可能性に賭け、ラーズは街ではなく港へと向かうことにした。
呪文の発動となる鍵。
それを他者に知られてしまうことは、魔術師として『あってはならない』ことのひとつである。
その一つを解き明かそうというのだ。
「やはり、アイオラをよく知る人物のお力を借りたいと思いまして……ルァン様を探しておりますの」怒号や報告が止むこともなさそうなリスピア城内。
特別にルエリアへの面会を許可されたフィーアだったが、女王からきた返事はにべもない。
「それは……まあ、規模的に最優先ではありますものね」人の命の量を秤にかけるものではないが、ルァンとエリスの祈りは、世界の人々の死を数ヶ月遅らせるといっても過言ではない大事なものだ。
そんな大仕事の最中でもあるルァンとの面会は叶わぬとあって、フィーアは残念そうに肩をすくめた。
「では、陛下。フィーアからメモを受け取り、魔法陣に記された文字をじっと眺めてみたが、ルエリアの記憶にもこの言葉に思い当たる逸話や魔法、言語の類はない。
しばしじっと穴の空くほど見つめていたが、分からぬとかぶりを振りながら返却した。
「あの王家の事について、我が国が所蔵する資料は少ないのだが……王宮の書庫を利用して構わぬ。丁寧にフィーアは礼をし、再び言いづらそうにルァンのことを尋ねる。
「……ずっと蝕のことにかかりきりになってしまわれるのでしょうか」ルァンが真なる友であると認めたラエルテの遠い子孫であったことと、アイオラが絡んだ結果だからこそ。
どちらが彼らから欠けていれば、ルァンは姿を見せなかっただろう。
「確かに、魔術の発動の謎を解き、ルフティガルドへ向かうのが早ければ、アイオラが何らかの行動にあの二人を使う前に追いつけよう。その後帰ってくるかどうかは分からないが、とも素っ気なく告げ、ルエリアはフィーアの顔色を窺う。
アーディの秘術を持つ王女は、やや不満げではあるが……ルエリアの意見に一定の理解を見せていた。
「それに……フィーア王女が心配なのは、皇子ではなく娘のほうだろう?」くすくすと忍び笑いをするルエリアに、フィーアはつられて微笑んでみせたが、すぐにその表情に陰りが浮かんだ。
「カイン様のみではなく……アイオラは、なぜかシェリア様を必要としています。自分がシェリアと同じようになっても、そこまで卑下したりはしないだろう。
なってしまったものは仕方が無いと思って、むしろあっさり自分から命を捨てるかもしれない。
それはフィーアに守るべきものがほぼないからできることなのだ、ということも分かっている。
自分にアーディの秘術が使えるとはいえ、ブレゼシュタットには兄や姉が残っている。
同じ血族なのだから、修練すればすぐに扱えるだろう。
国は長兄が引き継ぐので、国のことで憂慮することは何もない。
そんなフィーアでも、仲間が……心を寄せたものが悩み、苦しむ姿を見ているのは辛い。
側に寄り添うことも、治療も出来ず、ただ黙って見ているだけしかないのだ。
ルァンが『いざというときは……』とフィーアに誓わせた言葉が思い起こされ、胸の前で手を握りしめる。
ルエリアの説明に、フィーアは沈痛な表情を浮かべる。
「フィーア王女は、あの娘が魔族化した場合、その命を奪う覚悟はあるのか?」あっさりとそう言い放つフィーアの表情は、言葉とは裏腹に先ほどの痛々しい表情ではない。
なぜかと問う前に、彼女は泣き笑いのような表情を作った。
「……魔族化する前に、きっとカイン様がシェリア様との約束を果たすでしょう。目覚めることのない、長い眠りを与えるために。
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