【ルフティガルド戦乱/57話】

ラーズは早速王宮を出てギルドを訪ねようとした……が、離れを出てすぐ、そんな状況でないことを理解する。

ラーズ達はまだ城下の被害がどの程度かを見ていない。

ユムナーグの話では、カリュプスの降り立った大通り周辺は目を覆いたくなる惨状だという。

比較的被害が少ないというリスピア城でさえ壁が破損し、壊れところどころ城外の景色が見えている部分もある。

市街は凄惨な状況なのに、関係ない……いや、むしろこの厄災を引き起こした原因の一端である個人の要請に各種ギルドが動いてくれるはずもない。

むしろ、ギルド側も情報収集やがれきの撤去、安否確認などの作業も重なり、人手不足で猫の手も借りたいと思っていることだろう。

「…………」

困ったことになったと他の策を練りはじめるラーズは――そういえば、ミュリエルとイルメラはどこへいっただろう、と思い至った。

助けて貰った恩義以外にも思うところがあるのか、今までイルメラはレティシスの側から離れたがらないので探すことは不要であったし、彼女とミュリエル個人に、ラーズは特別用事もなかったため存在を気にしていなかった。

軽く周囲の気を探ってみたが、当然のようにリスピア城の周囲に彼女たちの気配は感じられない。

「――ああ……」

そうなると……停泊している船に残っているかもしれない。

仮にギルドに駆り出されていたとしても、伝言を残している可能性もある。

彼女たちと合流できれば、もしかするとギルドの別支店――クライヴェルグの支店――と連絡を取り、何かしらの手がかりを得られる。

もちろん、港が……いや、船が無事であれば、だが。

その可能性に賭け、ラーズは街ではなく港へと向かうことにした。



呪文の発動となる鍵。

それを他者に知られてしまうことは、魔術師として『あってはならない』ことのひとつである。

その一つを解き明かそうというのだ。

「やはり、アイオラをよく知る人物のお力を借りたいと思いまして……ルァン様を探しておりますの」
「残念だが、ルァン様とエリスは忙しい。迫り来る蝕を遅延させねばならん」

怒号や報告が止むこともなさそうなリスピア城内。

特別にルエリアへの面会を許可されたフィーアだったが、女王からきた返事はにべもない。

「それは……まあ、規模的に最優先ではありますものね」

人の命の量を秤にかけるものではないが、ルァンとエリスの祈りは、世界の人々の死を数ヶ月遅らせるといっても過言ではない大事なものだ。

そんな大仕事の最中でもあるルァンとの面会は叶わぬとあって、フィーアは残念そうに肩をすくめた。

「では、陛下。
いにしえの魔女の事を何かご存じではございませんか? わたくしたちはどうしても、残された魔法陣に言葉を当てはめ……転移陣を動かさねばなりません」
「ティレシア王家最後の女王であり、人の領域を越えようとした罪深き女だというのは知っていたが、転移術の起動方法など知らぬよ」

フィーアからメモを受け取り、魔法陣に記された文字をじっと眺めてみたが、ルエリアの記憶にもこの言葉に思い当たる逸話や魔法、言語の類はない。

しばしじっと穴の空くほど見つめていたが、分からぬとかぶりを振りながら返却した。

「あの王家の事について、我が国が所蔵する資料は少ないのだが……王宮の書庫を利用して構わぬ。
現在では確かめようのないものばかりだ。見られて困るものはない。
けれど、持ち出しはするなよ」
「それは助かりますわ。ありがとう存じます……それと、ルァン様のことですが」

丁寧にフィーアは礼をし、再び言いづらそうにルァンのことを尋ねる。

「……ずっと蝕のことにかかりきりになってしまわれるのでしょうか」
「そうなるな。
創造神様自らが蝕に手を下すことはされぬ、と二柱も仰っていた。
だからこそ最大限、星の巡りを遅延させるという仕事をされるのだ。
それに、王女よ。
あの御方は今回こそあのような愛らしいお姿に変化されておられるが……本来は人間に手を貸すことなどありえぬほどに、偉大なる神である。
此度はアルガレスの英雄王、ラエルテの子孫のため、手を貸してくれたに過ぎん。安易に助けを求めてはならぬ」

ルァンが真なる友であると認めたラエルテの遠い子孫であったことと、アイオラが絡んだ結果だからこそ。

どちらが彼らから欠けていれば、ルァンは姿を見せなかっただろう。

「確かに、魔術の発動の謎を解き、ルフティガルドへ向かうのが早ければ、アイオラが何らかの行動にあの二人を使う前に追いつけよう。
しかし、だ。
おまえたちは追いついて……どうするつもりだ? まともにやり合うのか? 使えるかどうかも分からん皇子らを取り返し、引っ張り立たせてアイオラと戦えるのか?
確かにあの女を倒せと余も明言した。
だが、それならばおまえたちがわざわざ乗り込まずとも、このまま皇子はアイオラや魔王とも顔を合わせるだろう。
魔王と面会する……、という皇子本来の目的はまず果たされる」

その後帰ってくるかどうかは分からないが、とも素っ気なく告げ、ルエリアはフィーアの顔色を窺う。

アーディの秘術を持つ王女は、やや不満げではあるが……ルエリアの意見に一定の理解を見せていた。

「それに……フィーア王女が心配なのは、皇子ではなく娘のほうだろう?」
「その通りです。
あんな無愛想男など、どうなってもよろしいわ。
彼はあの国とイリスクラフトの兄妹にとってはかけがえのないかたですけれど、わたくし一人くらい必要としなくても、一向に構わないでしょう?」
「おやおや。
確かにあの皇子に可愛げがないというのは分かるが、それにしてもルァンの守護がある王族にずいぶんな言い草だな。
仮にも婚約者であろう」

くすくすと忍び笑いをするルエリアに、フィーアはつられて微笑んでみせたが、すぐにその表情に陰りが浮かんだ。

「カイン様のみではなく……アイオラは、なぜかシェリア様を必要としています。
あのかたも見た目が変わったわけではないのに、自分の内部が変貌していく恐怖を抱えて日々を過ごしている。
もう人としての食事を摂ることもできず、誰かと穏やかな日々を過ごすことも難しくなるばかり……。
ご自身が一番、己のことを疎んじておられますのに……わたくしはシェリア様が、静かに変貌していくのが恐ろしいとも不憫だとも思いました。
身勝手なものです」

自分がシェリアと同じようになっても、そこまで卑下したりはしないだろう。

なってしまったものは仕方が無いと思って、むしろあっさり自分から命を捨てるかもしれない。

それはフィーアに守るべきものがほぼないからできることなのだ、ということも分かっている。

自分にアーディの秘術が使えるとはいえ、ブレゼシュタットには兄や姉が残っている。

同じ血族なのだから、修練すればすぐに扱えるだろう。

国は長兄が引き継ぐので、国のことで憂慮することは何もない。

そんなフィーアでも、仲間が……心を寄せたものが悩み、苦しむ姿を見ているのは辛い。

側に寄り添うことも、治療も出来ず、ただ黙って見ているだけしかないのだ。


ルァンが『いざというときは……』とフィーアに誓わせた言葉が思い起こされ、胸の前で手を握りしめる。


「太陽神との誓いを、違えることは……致しませんけれど。
あの方が人として生きている時間があるうちに……再びお会いしたいのです……」
「人ではなくなってしまったらどうする? その姿をかつての仲間に見られるほうが互いに辛かろう」
「…………考えたくはありませんが、魔族として覚醒すれば、理性が残らなくなるのでしょうか」
「さて。
余は『薬物や呪術によって魔族化するという事象』というものは把握しておらん。
こちらとて知りたい事だが……、魔族も我を忘れて力を暴走させる、ということは……ままある。
感情や力が制御できなくなるようだ」

ルエリアの説明に、フィーアは沈痛な表情を浮かべる。

「フィーア王女は、あの娘が魔族化した場合、その命を奪う覚悟はあるのか?」
「ございませんわ」

あっさりとそう言い放つフィーアの表情は、言葉とは裏腹に先ほどの痛々しい表情ではない。

なぜかと問う前に、彼女は泣き笑いのような表情を作った。

「……魔族化する前に、きっとカイン様がシェリア様との約束を果たすでしょう。
それがかなわないときには、わたくしが秘術を用いて封じます」

目覚めることのない、長い眠りを与えるために。



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