【ルフティガルド戦乱/58話】

ラーズが停泊している船に戻ってくると、乗組員達はほっとしたような表情を浮かべる。

彼らは船の主であるフィーアのことも、ラーズの後ろに続いているとばかり思っていたようで、彼が一人で戻ってきたと理解したときは戸惑いの様相を見せた。

「大丈夫ですよ。
フィーア様はリスピア城にいらっしゃいます。じきにお戻りになるでしょう」

先ほどの大混乱があった後だ。

船員にとっては主人の無事を確認したいだろう。

そして未だ船内も慌ただしい声が遠くで聞こえてくる。

主人が不在の今、指示や新たな情報を知りたいとラーズを不安そうに見つめてくる彼ら。

「ふむ……船内に負傷した乗務員や、破損箇所はありますか?」
「謎の魔物との交戦で、死亡2名。重傷8名、軽傷は25名です。
マストの一部が破れましたが、骨は無事であり、現在帆の修繕中です。
翌日の昼までには航行可能になると報告は受けています」
「結構です。
各班長、船長に報告を行いつつ、今後の指示を仰ぎなさい。不足箇所が改善しつつあれば、交代で食事や休息を。
負傷者は看護の手が不足しているでしょう。重傷者は後ほどわたしも診ます」
「はい!」

水夫はラーズに礼の姿勢を取り、素早く持ち場へと散っていく。

安心させるために指示は出したが、フィーアが戻ってきたところで、もっと忙しくなる。どの場所も一刻を争う状況なのは変わらない。

すぐにミュリエルとイルメラを探そうと思っていると、奥のほうからドタドタと慌ただしい足音と、女の声が聞こえてきた。


「あっ、いた! イリスクラフト!!」

きんきんした高い声が耳を打つ。

確認するまでもなく、イルメラが視界に飛び込んできた。

相変わらずラーズとシェリアを名前ではなく『イリスクラフト』と呼んでくるのはなぜなのだろう……と、イルメラとミュリエルの両名の姿を確認しながら、ラーズは頭の片隅で思う。

「あれっ? 一人? レティシス様やみんなは?」
「……今はのんびり状況を説明している場合ではありません。
わたしもクライヴェルグ支部所属の貴女がたに、ギルドへ協力要請の仲介をしていただきたく、探しておりました」
「……わたしたちに……です、か? どのような話を」

意外そうな口ぶりで、ミュリエルはラーズに確認を取る。

「ベルクラフトを拘留した際の所持品や調書を確認したいのです」
「調書……」

するとミュリエルの表情は曇り、申し訳ありませんが、と頭を下げた。

「調書作りについてはわたし達、一切関わっていません。
あのとき見てきた以外に知っていることなんかもなくて……」
「それは理解しています。
しかしそうではなく、あの事件前後から合わせた所持品や調書が見たい。
つまりは、書類をお借りしたいということです」

ラーズがそう説明すると、あからさまにミュリエルの顔が引きつった。

「あの、それは……ですね……。
言いたくないですけども、イリスクラフトの方がその件を利用するには……難しいんじゃないかな~、と思います、よ?」

これは面倒ごとになる。

そういう感情も透けて見えている。

「以前からギルド内には……確かにベルクラフト家への不信感はありました。
でもあの事件のせいで、ギルド所属員からイリスクラフト家に対する反発も多く出てしまって……。
ギルド長へも、クライヴェルグ王家から書面が届いていました。
あ、中身を見ていないからこれは推測ですけど、王家の書面と両家の事件に対する関係性は全くナシとは言えないと……。
なので、ラーズさんがクライヴェルグの支部を頼るというのは、権力の圧もあって無理だろうと考えています」

ミュリエルは、それなりに思うところや事実をまとめて話してくれたようだ。

ラーズは大仰に頷き、ミュリエルの意見に対しても正直に述べてくれたことへ礼を告げ、平然と『わたしが行くのではありませんから』と言った。


「ミュリエルさん。調書は貴女が閲覧するために借りてください」

と言い――ミュリエルをとてつもなく驚かせた。



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