【ルフティガルド戦乱/50話】

宮殿に戻ってくるなりレティシスから恭介が倒れたと聞いたカイン達。

ただ『観光に出てくる』と言っていたはずなのに、帰りには見知らぬ男も増えている。

同行者ヒューバートの素性は自らが名乗った事により明らかになったのだが、一体何があったのか、というのは曖昧なままだ。

「何かに襲われた……ということはないんだな?」

カインが確認するようにレティシスへ問うと、彼の代わりにヒューバートが大丈夫ですと頷いた。

「洞窟の中で強い光を直視してしまったので、気絶した……それだけです」
「――世界の意思に役割を選定される、ってさっき言ってたよな。
キョウスケは【そうなった】から、さっき誰かと会話しているふうだったんだろ?」

レティシスは洞窟に向かう際に話していた事を思い出し、ヒューバートの背へと投げかける。

ヒューバートは僅かに苦慮を浮かべたが、そうでしょうねと言って、ラーズに診てもらっている恭介を見つめていた。

「……僕は陛下に報告をさせていただきます。
国賓を気絶させてしまいましたからね、叱責を受けねばなりません」

では、とヒューバートは一礼し、離宮を出て行く。

「……世界の意思、ってどんな事……?」

恭介の側に座っていたシェリアはレティシスへ訊いてみたが、立ち会っていた彼ですら首を力なく横に振る。

「なんか、ヒューバートとキョウスケの間では分かるような口ぶりで話が進んでたな。
どんなこと言ってたっけ……セルテステで前にヒューバートも倒れたことがあるし、キョウスケは自分が『アレ』を出来るって分かってた。
でも、その『アレ』っていうのが選定ってやつだとしても、詳しい内容は分からない」
「キョウスケさんが目覚めたら話を伺うか……先ほどの騎士さんから問い質す他ありませんわね」

まったく、とやや怒ったような口調で言いながらも、フィーアは時折恭介の顔を覗き込むようにして、状態を気にしているようだ。

こんなに視線を集中的に浴びていても、彼は眠り続けている。

「世界の意思……キョウスケが持っていたあの本と関係があるのでしょうか?
未来から来た僕とは違い、彼は本の力・自らの能力を併せて、この世界の過去と幾許の未来を垣間見ることが出来ていました。
でも、その未来視の力は本が消失してしまったときにほぼ消えてしまった。
能力を補う手がかりを得るため、キョウスケは出かけたんじゃないかと思います」

リエルトがそう口にすると、ラーズもそうかもしれませんとゆっくり頷いた。

「もしかすると、キョウスケさんはこうなることも分かっていたのかもしれません。
予定通りの事であっても、そうでなくても……彼の回復を待ちましょう」


女王の執務室でルエリアは羽ペンを忙しく動かしながら、ヒューバートの細かな報を聞いていた。

本来なら手くらい止めてやるべきだが、国庫に関することや国の行事などの相談、指示、その他書面にしたためねばならない。

渡される書類の多くは署名だけであったとしても、女王自らやらねばならぬ事柄は多く、時間が足りないくらいだ。

そうして手を休めず耳だけを傾けていると、ヒューバートは恭介が【選定された】ことを告げ、瞬間……ルエリアの手はぴたりと止まる。

「――そうか」

再びペンが走り始めたようだが、ルエリアからは次の指示がない。

「まだ彼の意識は戻らないようですが、恐らく本日中には意識を取り戻すと思われます。
イリスクラフトのご子息が診断されていますので心配は要らないでしょう。
翌日の午後にでも、再び様子を見に行って参ります」
「いや……おまえの『すべきこと』はもう分かっているのだろう?
余もシェリアの様子を見るついでに顔を出そう。
紹介もついでに行っておけば良いのだから共に来るといい」
「はっ……」

片膝をついたままのヒューバートは一度ルエリアに視線を向けた後、恭順の意を見せ頭を垂れる。

そんな彼に、ルエリアはふふ、と忍び笑いを漏らした。

「おまえ、余に報告するなんてもっともらしい口実はあるが、自分がキョウスケとかいう男の能力を気にしているんだろう?」

悪戯っぽく女王が尋ねると、ヒューバートの肩が小さく揺れる。

「……ええ。
正直に言えば、あの男は厄介だと思います。いろいろと『識りすぎて』いる。
そんな男が新たな能力を身につけた場合……どう使うつもりなのか、どの程度の能力か、見定めたく思います」
「おまえの力も相当嫌な部類だろう。
お陰で捗ることもあるのは否定できないが……まあ、いいだろう。
勝手に見定めようと近づいてもいいが、手は出すなよ」
「心得ております」

もう一度深々と頭を垂れたヒューバートに、ルエリアは小さな頷きを寄越すだけだった。



「……ん……」

恭介はゆっくりと目を開け、ゆっくりと身を起こす。

まだ寝起きの意識はぼうっとするが、自分の側に人の気配を感じ、そちらにゆっくり顔を向ける。

ラーズとシェリアがそこにいて、もう起きて大丈夫かと問われた。

「うん。
身体に……目も少しぼやけはするけど異変はないよ。見えてる」

一同の顔を見渡し、安心させるように柔らかく微笑む。

額にラーズの少しひんやりとした手が触れて、恭介はその心地良さに息を吐いた。

「……精神的に落ち着いているようですが……今日は一応目にタオルを乗せて安静にしていてください」

ラーズが恭介から手を離し、恭介が了解の意を込めて頷くと、シェリアが恭介に温かいタオルを差し出して、目元におくように告げる。

「そんな心配そうな顔しないで。本当に何ともないんだ」
「それならいいけど……」

恭介が再びベッドに身を横たえると、シェリアは彼の目元に蒸しタオルを置く。

ほのかにハーブの香りがする。

タオルの下に巻き込んでしまった黒髪をそっと指先で掬いながら、シェリアは恭介の額に自らの手を置いて目を閉じてみる。

しかし、それはほんの少しの間だった。

諦めたように瞼を開くきそっと離れる。

「ごめんね、もしかしたら何か私に分かるかなって思ったんだけど……まだ、だめみたい」
「気に病む事じゃありません……、ッ」

シェリアの肩に手を置いたフィーアは冗談めかしてそう言ったものの、別の理由で一瞬言葉を飲み込んでしまった。

「――キョウスケさんは丈夫ですから病気の方が逃げていきます」

魔術師は触れただけで相手の魔力の質などが分かってしまう事がある。

フィーアはシェリアの身体に異質な胎動を感じてしまったのだ。

勿論シェリアも自身の身体に変調があるのを理解しているが、フィーアが見せた一瞬の動揺を過敏に感じ取ってしまったらしい。

「――あの、ちょっと……私、安心したらなんだか眠くなっちゃったから、部屋に戻るね」

慌ててその場を後にするシェリア。

フィーアも声をかけようとしたが、ラーズに腕を掴まれて止められる。

「な……」
「すみません、思わず止めようと……貴女に触れてしまって」

フィーアは手を離すようにとやんわりした口調で言い、その通りにゆっくり手を離したラーズから今はそっとしてあげてくれと頼まれる。

「しかし……わたくしの態度でシェリア様を傷つけてしまって……そのままになんて出来るはずありません」
「オレが行こう……少し、話をしておきたいこともある」

後を追おうとしたフィーアを、制する人物がいた。

言いながら自分の横をすり抜けていったのがカインであったため、フィーアは逡巡したものの譲ったようだ。

「……触れられたのがラーズ様ではなかったら、きっとわたくしも悲鳴を上げたかもしれません。
今回は幸運でしたわ」

互いに、と付け加えながらラーズはフィーアに乱暴に触れて済みませんと謝罪する。

ラーズに対しての怒りはないようだが、フィーアは悲しげな目で、閉じられた扉の向こうを見つめていた。


いつか彼女を封じなければならない。

それは、ルァンに誓ったことだ。


彼が命じたとき、己はそれを実行しなければいけない。

そして、レナードがシェリアを殺そうとしていたことを思いだし、ふ、とフィーアは自嘲する。

殺すことではなくとも、彼女の生を止めるのだ。

実質――同じ事ではないだろうか。

「なぜ、わたくし達は何かを犠牲にしなければいけないのかしらね……」




カインがシェリアの後を追ってきた際、部屋の扉に手をかけたが……鍵はかかっていなかった。

「……シェリア。入るぞ」

扉をノックしながらそう告げ、返事を待たずに中に入る。

薄暗い室内でシェリアはカインのほうを見ていて、どう反応して良いか分からないという顔をしていた。

「……勝手に入られると、困る……」
「別に他人なわけじゃない。二人きりになるのも構わないと思うが」
「そうじゃなくて……私にも、気持ちの整理が」
「散々一人の時間はあっただろう。オレのこともいい加減構ってくれ。寂しいのはお互い様だ」

シェリアは促されるままソファに腰掛けたが、落ち着かないようで俯いたまま手を強く握りしめている。

もはやどちらの部屋か分からない。

カインは蒼い調度品で統一された室内を眺め、ローテーブルに置かれたランプに燈をつけてからシェリアの隣に腰掛ける。

「……二人きりも、久しぶりだ」

シェリアが戻ってきてから、彼女は一人の部屋に閉じこもるようにして移ってしまった。

「いろいろと話したいこともあったのに、その機会をなかなかくれない」
「……ごめんね」
「本当にそうだな……だが、それで分かることもあった。
お前はいつも、何も言わないで距離を取るオレに対し、こんなに不安でもどかしい気持ちだったのだろうと……反省したんだ」

思わぬカインの物言いに、シェリアは顔を上げる。

「だから、話しておこうと思って……オレの状態を」
「え……」
「今から言うのは、ラーズにも話したことがない」

カインが自分に話してくれることなどないと思っていた。

だから、意外であると共に不安にもなった。

「い……いいよ。
なんでそんなこと、急に……」
「シェリアは暫くオレの側にいてくれなくなる。これ以上、心が離れるのは嫌だ」
「……」

カインが歩み寄ろうとしているのは、シェリアにも伝わってきた。

だが、嬉しいと思うよりも悲しいと感じるほうが大きく、シェリアは僅かに視線を逸らす。

シェリアの手にカインが触れると、嫌がるように手を振りほどかれた。

「ごめん、今、触られるの……怖くて……っ」
「オレだけには触れることを許してくれないか」

頼む、とまで言われて、シェリアは渋々と頷きを返す。

すると、カインはシェリアの手を握り、そっと抱き寄せた。

腕の中でシェリアは怯えるように身をすくめたが、おずおずと、カインの背に触れ……力を抜いた。

「……あったかい……」

震える声に、カインは小さく笑った。

「……もう季節が冬に変わる。オレたちも随分旅をしてきた」
「うん……」
「今年のアルガレス建国祭にはきっと間に合わないが、例年通り大きな催しになるのだろうな」
「……去年、ラエルテ様の役をやったカインは格好良かったよ」

そう感想を告げると、カインはそう思ってくれて嬉しいと言ってシェリアの髪を指で梳いた。

毎年建国祭には、国の繁栄と初代の王ラエルテを讃えて大きな祭りが催される。

王族の一人は、国記に伝わるラエルテの格好をして国民の前に姿を見せるのだが、カインは昨年その役を担った。

国民から歓声を受け、にこやかに手を振るカインを思い出して、シェリアは小さく微笑んだ。


「……オレが初陣に出た日、魔物に襲われて瀕死だったのを覚えているか?」

カインが唐突に数年前の話をし始めた。

が、その内容にシェリアはしっかりとした頷きを見せる。

「それは、勿論。大変なことだったもの」
「そのときお前はどうしていた?」
「どうって……父様に何度も会わせてくれって、カインを助けて欲しいってお願いしてた。
自分の無力さが苦しくて、回復魔法を教えて欲しいって……泣いたの、カインだって知ってるでしょう。
それでからかわれたの、忘れてないからね」
「……意外な伝聞だったからな。
ラーズも、あの当主も後日そう言っていたし、お前に言ったときの動揺の仕方もあからさまだったから……それは確かなことのようだ」

カインはゆっくりと頷いてから、そっとシェリアに向き直る。

「オレは……事故前の記憶を―― 一切思い出せないんだ」



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