【ルフティガルド戦乱/49話】

リスピアの騎士、ヒューバートの案内で恭介とレティシスはセルテステの洞窟へと向かう。

「そういえば――……セルテステへ行きたいと先ほど伺いましたが、何か確固たる理由がおありなのでしょうか?」

その道すがら、ヒューバートは恭介へと疑問をぶつけた。

ただの世間話のようにも聞こえる、他愛ない問いかけ。

だが、それが『ただの』ではない事を恭介は肌で感じ取っていた。

「興味本位、と言っても誤魔化せそうにない。
どういうわけか……あなた、薄々気づいているんでしょう?」
「観光、と仰っていたからおかしいなあ、と素直に思っただけですよ」
「そう思っても確かめざるを得ないのでしょうか。いや、あなた『も』もしかしたら特殊な人なんでしょうか」
「……あなたほど希有な方もおりませんよ。黒の御方」
「ぼくが稀少なのは見た目です。あなたはきっと内面ですね」

ヒューバートと恭介の言葉も表情も穏やかなものだが、腹の内を探る二人の鋭いやりとりに気づかない鈍い男が……一人いる。

「なあ、なんでセルテステへの観光がおかしいんだ? 有名なところ……なん、だろ?」

レティシスがそう尋ねたため、ヒューバートから赤髪の彼へと恭介の黒い双眸が向けられる。

「英雄ハークレイは、千里眼……即ち遠く離れた場所にある人や出来事なんかを、今この場にあるように視る事が出来る力を持っていたんだ。
それを受けたのがセルテステの洞窟。
この国の住人で知らない人はいないと思うくらい有名な場所だよ。でも、もう観光できるところじゃないんだ」
「……え? でも、じゃあ、なんで騎士が……? え? どういうこと……?」

混乱気味のレティシスを見て、ヒューバートがクスリと笑う。

「僕は案内をするってだけです。万が一倒れられては大変な事になりますので」
「ぼくは既に能力を持っている。だから洞窟で何かが起きる可能性も充分考えられる。
彼はぼく、あるいはレティシスが『アレ』を起こしてしまったら女王陛下に報告するつもりなんだろう。
そりゃ見過ごしておけないからね」

アレ、って何だよ。

とレティシスが突っかかると、恭介はヒューバートをちらりと見てから薄く笑った。

「――この世界の意思に、役割を選定される事さ」


大通りを抜け、道行く人もすっかり消えた谷の途中。

その岩山の一部に、崩れたような穴の空き方をした洞窟の入り口が見える。

「ここです」

以前、ハークレイが力を得たというセルテステの洞窟へ足を運ぶ恭介とレティシス。

薄暗い洞窟内には、精霊の灯……【ライト】の魔法で光量を調節された照明が置かれている。

しかし、入り口部分は薄い膜のようなもので覆われている――結界、だろう。

「キョウスケさんは僕がお目付役であると言いましたが、ちょっと語弊があります。
この結界、見れば分かるとおり立ち入り禁止のために張ってまして……【ライト】で灯しているとおり、昔は観光も出来たんですよ。
ただ――それは僕がここで倒れてしまったことにより終わってしまいました。
そして、僕も枷をされてるわけですよ。騎士としてね」

そう淡々と告げるヒューバートを恭介が横目で見たが、年若い騎士の横顔に何かの感情が伺えるものではなかった。

「結界があるんじゃ、ここに入れないよな」
「結界を一時的に解除すれば良いだけです。
僕にはそれが出来るので、案内を申し出たという経緯もありますよ」

そう言いながらヒューバートは薄膜に手を翳し、ぶつぶつと何か呪文を呟いている。

ふぅっ、とかき消えるように結界は効力を失い、ヒューバートは後方の二人へ『どうぞ』と先を促す。

「後ろからさっくり刺したりしませんから、大丈夫ですよ」
「あんたみたいないい人ぽいやつが一番怖いよ」

レティシスが恭介の後に続き、ヒューバートを警戒する。

洞窟はやや狭く、薄暗い。

何故か割れた壺の欠片も散乱している。

人が訪れることを想定していないもののようで、長いこと清掃をされた形跡もない。

「なんで人もいないのに壺が割れてんだ?」
「一時期、この湧水は飲用とされていました。ほら、壁にも水の湧いているくぼみがあるでしょう?
冒険者も国民も問わずこれを汲みに来ていたのです。
沢山の人が訪れるものだから、こんな不便な場所ではなく、もう少し開けた場所で出るのではと近隣で調査がありましたが……結局ここしかなかったらしいですよ。
壺はまあ……汲みに来たけれど落としたか穴が空いていたなどで棄てていったのでしょう。
欠片の大きさや色も違うのも見て取れます」

確かに破片にも柄が入っていたり、赤茶色のものや厚みの薄いものなど様々である。

「危ないから片付けろよ」
「ごもっとも。しかし、結界が張られていますから、わざわざ掃除に来る者もいないのです」

ヒューバートが【ライト】の魔法を唱え、頭上に光球を掲げて視界への情報量を上げ、見てごらんなさいと声を上げる。

「ヒカリゴケが生えています。
こういった魔力光にはあまり反応しないものですが、ランプの明かりなら綺麗に光っていたでしょうね」

説明しながら洞窟の壁を彼方此方と指し示す。

その先には半透明の苔が密集して生えているが――ヒューバートの言葉通り、発光することもない。

退廃的にも幻想的にも見えるこの場所で、レティシスと恭介は当然良いムードになるようなこともなく、苔や互いのことよりも自分の足下にのみ集中していた。

天井から垂れる水滴により、洞窟内は所々湿り気を帯びていて滑りやすいところもある。

三人はそれらを注意し合い、狭く細い道を進んで漸く最奥――セルテステの泉へと到着した。

「あんな道なのによく観光名所になったもんだ」
「英雄にまつわるところでもあるし、エリス教っていうリスピアの国教にしてみればここは聖地の一つさ」
「なるほど……エリス教も、ハークレイを蔑ろには出来ないんだね」
「黒竜からこの地を開放し、エリス様と共に国の平定に尽力された方だ。国教は大いに称えていますよ」

ヒューバートもエリス教の事は十分知っているようだ。

要点だけを教え、涼しげな顔で泉に視線を向ける。

「さて、どうしますか? 僕はここにいますので、君たちは気の済むまで泉を調べると良いでしょう」

そう告げると一歩下がるヒューバート。

後方で彼らの様子を観察することにしたようだ。

「どうすればいい?」

レティシスが困惑気味に尋ねた。

すると、恭介はうーんと小首を傾げてから『レティシスさんから泉に手を突っ込んでみて』と促す。

「え、俺?」
「そうだよ。
僕が先にやって倒れて、レティシスさんにも変化があったら、ヒューバートさんはぼくたち二人を担いで運ばないと行けないからね」
「すっかり出来る前提なんですね、キョウスケさん」

本気にしているのかいないのか、ヒューバートは呆れたような声音で言葉を投げかける。

しかし、恭介はそれに笑みで応じるだけ。

「さ、レティシスさん」

再び急かされるように促され、レティシスは泉の前に片膝をつくと肘元まで袖をたくし上げ、緊張の面持ちでそろそろと右手を泉へと浸す。

「う……冷た……」

指先から徐々に伝わるのは、水が刺すように冷たいということだけ。

恭介はこの泉に特別な力があるようなことを話していたのを思いだし、レティシスは目を閉じる。


――もしも、自分にも何か特別な力があるのなら。

大事な人を守れる何かがあるのなら……教えて欲しい。


祈るような気持ちでレティシスは泉に向かって念じ、その様子をヒューバートと恭介は真剣な表情で眺め、状況に変化が起こるのを待つ。


だが。


いくら待てども、レティシス及び水面に何かが起こる気配はない。

目に見えて落胆した様子で、レティシスは泉から手を引き立ち上がる。

「……誰かの隠れた素質を引き出す、ってわけじゃないのか……残念だな」
「そういったものなら、閉鎖したところで結界を破ってでも力を得ようとする人々が増えたかもね」

恭介がレティシスの肩を軽く叩いて労いながら大丈夫だよと言った。

「レティシスさんは、ここで力を引き出されなくても……きっと、君は自分自身の才能で強くなれる。
誰かに与えられた力では、才能を伸ばせない星の人なんだ」
「そういうのもあるのかな……だとしたら、努力は怠らないよ。
俺にはそれくらいしかないからな……」

濡れた右手をタオルで拭きながらはにかむレティシス。

慰めたつもりもなかったが、彼は素直に聞いてくれた。

助言になったのならば幸いだろう。

そして、恭介は入れ替わるように泉の前に進むと両膝をつき、自らの気を抑えるように目を瞑る。

それはこれから起こる事に対しての心の準備にも見えたし、泉へ敬意を示すようでもある。

無言で瞼を開くと恭介は泉に手を差し入れ、息を長く吐いて、ぴくんと身体を震わせる。

「――……どなた、です?」

恭介が、小さな声でそう呟き、腕を組んだままのヒューバートが前のめりに姿勢を変えた。

「な……どうしたんだよ?」

その態度に思わずレティシスが問いかけた瞬間、水面がまばゆい光を放ち始めた。

「……!?」

あまりの眩しさから咄嗟に顔を覆ったヒューバートとレティシスだったが、恭介は光に飲み込まれてしまったようだ。

「う、ああっ……! ぼく、は……!」

悲鳴に近い恭介の声に、レティシスは目を瞑ったまま這うようにして恭介の方へと手を伸ばす。

「キョウスケ!!」

手に触れた服の裾を掴むようにして引っ張ると、光の奔流は徐々に弱まって消えてしまった。

「大丈夫か、おい!」
「――……まさか、本当に」

レティシスとヒューバートの緊迫した声に重なるように、恭介はこの瞬間『何か』によって自身の運命を告げる声を聞いた。



『――お前は【観測者】となるのだ。
この固く結ばれてしまった運命の糸を解きほぐすまで――……』


その意味を考える間もなく、恭介は意識を失い、気絶してしまった。



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