リスピア城の奥、女王の許可した者のみが許されるという『離宮』でシェリアは生活することになった。
『離宮』と名が付いても城のように大きな建築ではなく、規模にしてみれば……離れ屋程度のものである。エリスにより特殊な魔術を身体に施されたシェリア。
一人ではこの結界が張られた離宮外に出ることは出来ない。
護衛のためリスピア側から騎士を遣わされることになっているが、現在選定中とのことで、まだ派遣されておらず、その間、カイン達もここで過ごすことになった。
暫くリスピアに滞在する予定ではあったものの、護衛の騎士が決まれば事実上の隔離であり……別離でもある。
「……あぁ、シェリア様を置いていくなんて、わたくしもう心配と寂しさで死んでしまいそうです……」そうしていつまでもシェリアの側を離れようとしないフィーアの嘆きは重く感じられる。
身体に触れられることを嫌がってシェリアが避けているため、フィーアは側に座っているだけだが、その距離はとても近い。
瞳を潤ませ、吐息が間近に感じられるほどなので、見かねた恭介がフィーアを窘めて僅かばかり距離を開けさせる。
「男の人しかいなくなりますが、困ったら兄様を頼ってくださいね」シェリア自身もフィーアの気遣いを感じており、心からの感謝をもって彼女に接している。
共に居られず残念に感じているのはシェリアとカインだろう、というのは誰しもが理解できていたし、そのカインも今日は随分と寡黙だった。
頬杖をつき、ぼうっと部屋を眺めている。
こうして物思いに耽る彼の姿を見るのは初めてではなく、むしろ船上でもこうしている姿が割と多かったくらいだ。
恭介はレティシスを引き連れて、出かけたいとフィーアに告げる。
「どこへ行かれるのです?」恭介はそんな風に言いながら、レティシスを連れ出すと渡り廊下を歩いていたメイドに城の入り口へ連れて行って欲しいと声をかける。
メイドは恭介とレティシスの二人を訝しむように見つめたが、離宮に要人が来ていることは伝えられていたのだろう。こちらですと先を歩き始めた。
「仕事中すみません。それなら話は早くて助かります、と和やかに笑った恭介。
そんな彼らの前に、一人の若い騎士が姿を見せる。
「こんにちは。どこかへお出かけですか?」黒い長衣を纏う青年騎士は、穏やかな声音で恭介達へと話しかける。
恭介達は知らないだろうこの騎士は、宴の会場で闇の中、姿を潜めていたあのヒューバートその人である。
「こんにちは、騎士様。恭介がそう応えるとメイドは不思議そうに彼を見て、ヒューバートはそうですか、と微笑みを作る。
「――失礼ですが、観光はどなたかに勧められて……?」質問に恭介がよどみなく答え、ヒューバートはなるほどと理解した様に頷く。
「それなら、慣れぬ国では不便でしょう? 僕が道中ご案内致しましょう」偶然僕も時間が空きまして、と言うヒューバートを前に、レティシスは首を傾げた。
「騎士っていうのは兵士より階級も実力もあるんだし、そんな暇でもないんだろ? 俺達のことに構ってて大丈夫なのか?」いかがでしょう、と持ちかけてくるヒューバート。
恭介は良いですよ、と微笑む。
「正直、リスピアの大通りの名前すら知りませんでしたから詳しい方がいると助かります。こちらこそお願いしますね」メイドにもう戻って大丈夫ですよと声をかけ、彼女がそうしてくれたように恭介達を先導する。
「……いいのかな」先を行く彼に聞こえないよう小声で話しかけるレティシスに、問題ないよと恭介は応える。
「むしろ……きっと彼が今後……君達と関わる騎士なんだと思うよ」レティシスは騎士の背を見つめ、真偽を疑っているようだが……恭介には確信めいた感覚があった。
あの騎士は偶然だと言っていたが、既に此方の動向や考えを見越して動いているようだ。
「……セルテステに行くのだとぼくが言った時、あの騎士さんは『誰かに勧められたからなのか』というニュアンスで聞いてきたでしょう。怖いよね、と恭介が口の中で呟いたとき――ヒューバートはふと此方を振り返り、口元に笑みを浮かべた。
「申し遅れました。僕はヒューバート、と申します。どうぞ宜しく」恭介とヒューバートの意味ありげなやりとりを見ても、レティシスは堅苦しい挨拶だなあ、楽しく行こうぜと朗らかに笑むばかりだった。
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