【ルフティガルド戦乱/47話】

「……ルエリア女王。真意をお伺いしたい」

カインは怒りを押し殺した様子でルエリアに問う。

こうなることを予測していたルエリアは、想定通りの雰囲気に重い息を吐く。

あの話し合いから一夜明け、翌日の昼頃に使者を送ってカインたち一行を謁見の間へ呼びつけ、シェリアをリスピアで預かると明言した。

ルエリア自らがシェリアに何かを感じ取った――ということにして話を続けていたが、カインはこうしてルエリアの意を探ろうとしている。

「……その娘、闇を抱えているだろう。
それ以上旅を続けていけば、呑まれるのは時間の問題だ。
よって、女神エリスの力で魔に落ちるのを遅らせようというのだ。だから、こちらで預かる……そう申している」

ルエリアが扇で示したのはルァンやエリスたちと口裏合わせを行った、シェリアのことなのだが――それがなくとも、シェリアの異変は半神半人であるルエリアにも感じられていた。

「アルガレスから何か口添えがあったのでは」
「カイン皇子。
現在余の国にはアルガレス帝国よりそのような話や、引き渡しの要請など本当にないよ。
おまえたちが魔国ルフティガルドを目指すのなら、達成せんとする目的を忘れたわけではあるまいな?
この娘を覚醒させることを気にして歩くよりも、はるかに負担の軽い提案だと思うが」
「……シェリアの体調が回復する兆しがあるのなら即座に頷きもします。
だが、女神の力を持ってしても……除去することが出来ないならば、なぜ置いていけると思われますか」
「神が出来ぬのならば、他の誰なら除去できるのだ?
皇子、一体何を頼る気でいる。
国を背負うのならば青臭い理想ではなく厳しい現実を直視して選べ。なす事を為せ」

ルエリアの言葉に唇を噛みしめるカイン。

国を犠牲にすることは出来ない。

だが、守りたい人を守ることも長く生かす事も出来ない。

自分が皇子という立場でなければ、ただのカインという人物であったなら、きっと当初の目的など捨て去っただろう。

そう、皇子であろうとカインという個人であろうと、出来ないことだらけなのだ――彼の拳は硬く握られ、小刻みに震えて口惜しさを物語っていた。

シェリアはカインの打ち震える拳を見つめ、辛そうに眉を寄せた後……意を決したように口を開いた。

「……ルエリア女王。私から、お願いしても宜しいですか」
「――シェリア……何を言って……」

振り返ったカインににこりと微笑んで、シェリアは『今まで黙っていたんだけど』と続ける。

「自分で……日に日におかしくなっていくのがはっきり分かるの。
あの日から毎日夢を見る。
最初は小さかった黒い染みが段々大きくなって、私の前に立ちふさがるの。
夜に眠りについて……そんな夢を見て、次の日の朝目が覚めて、それを繰り返して。
白かった部屋がね、黒い物に段々覆われてるの。
私が逃げられる場所が少なくなってきて、もう黒い物は厚い壁となって目前に迫っている。
――その壁の中に、私じゃない私が居る。まだ眠っているけど、きっと私が壁に触れたら、入れ替わってしまう。
もう戻ることは出来ない。そんな気が、するの……」

シェリアは自分の胸元に手を置き、衣服の上から塞がらぬ傷をなぞる。

「目が覚めたら自分がいなくなっていそうだから……もう、寝るのが嫌なの。
最近殆ど起きてるよ。怠さとかも気づかないふりをして、できるならみんなと一緒にいたい。
でも、もう……出来そうにない。食事が……みんなと同じ食事が、少し前から摂れなくて。
パンを食べても、お肉を食べても、野菜を食べても、食感は分かるけど……味の、違いが分からない。
身体が受け付けなくて、吐いてしまうの」

その言葉を聞いたカインは強い衝撃を受けた。

……いや、カインだけではなかった。

フィーアも、ラーズでさえも驚いた表情でシェリアの言葉を聞いている。

「……魔族の食事も詳しくは知らんが、肉は生きていたものか、かなり鮮度の良い生の状態のものしか口にしない。
水分も他生物の体液や魔力を含んだものしか飲めぬとか。奴等が他の生命を奪うことしか出来ぬのはそういうことだ」

だが、この世には魔族の混血もいる。

そんな彼らは、人間達と同じような食生活を送っている。

魔族にそれが出来ず、混血では出来るのは――混血であろうと出来ないものもいるのだろうが――何故なのかは分かっていない。

魔族のことを語るルエリアの静かな声に、レティシスは首を横に振って弱々しく『嘘だろ』と呟いた。

「シェリアは、まだ人間だ……!」
「もうそれが終わりの時期に来ているといっている」
「シェリアは魔族なんかじゃない!! この人は、きちんとした人間だ!」
「レティシス、いいの、落ち着いて……ありがとう」

シェリアが興奮して言い返すレティシスを宥め、いいんだよと繰り返す。

「レティシスがまだ私の事人間と思ってくれるのは、本当に嬉しい。
うん……私はきっと頑張れる。だから、ここで待ってることにしただけ」
「待つって……」
―― 一体【何】を待つんだよ。

その言葉が口を突いて出そうだった。

迎えに来たのに、永遠の別れが来るのではないだろうか。

或いは、迎えに来たら間に合わぬのではないか。

不安ばかりが胸をよぎり、レティシスは嫌だ、と絞り出すような声でシェリアを見つめる。

「なら、俺……」

一緒にいる、と一番言いたいのは自分ではない事に気づき、レティシスは口を噤む。

言いよどんだレティシスの緑の瞳と、それを見守るカインの蒼い瞳がかち合った。

カインは言葉を発さず、その瞳は不安そうにレティシスとシェリアの間を数回行き来し、やがて目は伏せられた。

「……なんで……」

カインに文句をいうつもりで口を開いたものの、それ以上言葉を継げず、重苦しい雰囲気に耐えきれなくなってレティシス自身もまた視線を逸らす。

カインもシェリアも……ただの一言も『こわい』と言ってはくれない。

その一言で、自分は精一杯支えてやれるのに。

「――レティシスさん。貴方もここに残ってくださる?」

フィーアがさも面倒くさそうに、そう言葉をかける。

「……え?」

驚いたのは、そう告げられたレティシスのほうだ。

「だって、貴方シェリア様の剣なのでしょう。
カイン様は旅立たねばならない。ラーズ様も主を守るのだから随伴でしょう。
で、キョウスケさんは後でお伺いします。けど、わたくしも一応カイン様と一緒でなければ、国家的な意味で示しが付きません」
「……でも、レティシスまでここに残ることになったら……戦力的に」
「大丈夫。『レナード』さんが魔法も銃も出来るでしょう」

シェリアにやんわり微笑んだ後で、突然矛先をレナードへ向ける。ギルドの二人を除くカイン達全員がこの場に呼び出されたので、彼は拒否することが出来なかったのだ。

「えっ……まあ、ほどほどには……」
「だから今後は貴方に頑張って貰うことにしましょう。いないよりはずっと良いです」

てきぱきと決めてしまうフィーアに、レティシスは困惑しきりだったが……もういいか、という苛立ったルエリアの声で話し合いは中断される。

「その男も一緒に置いておくのは構わんが、女一人を守れるくらいは強いのか」
「脅威に打ち勝てるか……といえば、兵士よりは役に立つくらいでしょうか」
「なんだ、それは『役に立たない』というのだぞ。そんなものこちらで騎士を付ければ済む話だ。
要らん。持っていけ」
「くっ……」

フィーアとルエリアの女性二人にこき下ろされ、レティシスは反論したいがそうできない無念さに歯噛みする。

「……ルエリア女王。
本当に、シェリアを……オレ達が戻るまで守ってくださいますか」

そう発したのはカインだ。

ラーズも、レティシスも、レナードでさえもカインのほうへと視線を向ける。

「余にそれを問うか、アルガレスの皇子。
この娘を預かると確かに言った。だが、皇子、おまえが本気でルフティガルドに行き、厄災を取り除くならば――という前提条件を以てしてだ。
おまえが目指すのは、魔王との調停のみではない。アイオラという魔女を打ち破ることだ」
「――……!」

ルエリアがアイオラの名を出した途端、カインは恐怖にも似た表情を浮かべた。

その顔を見逃さなかったルエリアだったが、敢えて見なかった風を装う。

「『できるかどうか』は問題ではない。それを『しろ』と命じている」
「……アイオラを討ち滅ぼしたとして、この国にも利はあるのですか」
「他国が我が王国の利について考察することではない。
少なくとも、その間この娘は人の姿と精神を保っていられる。
そして何より、厄災が取り除かれれば皇子には不利益もないはずだが」

そう言われて、カインは傍らのシェリアに目を向けた。

ルエリアの言葉は現状正しい。

そして、シェリアも暫くは――生きていられる。

「……わかりました。アイオラのことは自分の悲願でもあります。
必ずや……討ちましょう」

カインはそう誓いの言葉を述べ、シェリアの事をルエリアに任せる決断をした。

アイオラを倒せば全て終わると、自分に言い聞かせながら。



前へ / Mainに戻る / 次へ



コメント 

チェックボタンだけでも送信できます~

萌えた! 面白かった! 好き!
更新楽しみにしてるよ