カインは怒りを押し殺した様子でルエリアに問う。
こうなることを予測していたルエリアは、想定通りの雰囲気に重い息を吐く。
あの話し合いから一夜明け、翌日の昼頃に使者を送ってカインたち一行を謁見の間へ呼びつけ、シェリアをリスピアで預かると明言した。
ルエリア自らがシェリアに何かを感じ取った――ということにして話を続けていたが、カインはこうしてルエリアの意を探ろうとしている。
「……その娘、闇を抱えているだろう。ルエリアが扇で示したのはルァンやエリスたちと口裏合わせを行った、シェリアのことなのだが――それがなくとも、シェリアの異変は半神半人であるルエリアにも感じられていた。
「アルガレスから何か口添えがあったのでは」ルエリアの言葉に唇を噛みしめるカイン。
国を犠牲にすることは出来ない。
だが、守りたい人を守ることも長く生かす事も出来ない。
自分が皇子という立場でなければ、ただのカインという人物であったなら、きっと当初の目的など捨て去っただろう。
そう、皇子であろうとカインという個人であろうと、出来ないことだらけなのだ――彼の拳は硬く握られ、小刻みに震えて口惜しさを物語っていた。
シェリアはカインの打ち震える拳を見つめ、辛そうに眉を寄せた後……意を決したように口を開いた。
「……ルエリア女王。私から、お願いしても宜しいですか」振り返ったカインににこりと微笑んで、シェリアは『今まで黙っていたんだけど』と続ける。
「自分で……日に日におかしくなっていくのがはっきり分かるの。シェリアは自分の胸元に手を置き、衣服の上から塞がらぬ傷をなぞる。
「目が覚めたら自分がいなくなっていそうだから……もう、寝るのが嫌なの。その言葉を聞いたカインは強い衝撃を受けた。
……いや、カインだけではなかった。フィーアも、ラーズでさえも驚いた表情でシェリアの言葉を聞いている。
「……魔族の食事も詳しくは知らんが、肉は生きていたものか、かなり鮮度の良い生の状態のものしか口にしない。だが、この世には魔族の混血もいる。
そんな彼らは、人間達と同じような食生活を送っている。
魔族にそれが出来ず、混血では出来るのは――混血であろうと出来ないものもいるのだろうが――何故なのかは分かっていない。
魔族のことを語るルエリアの静かな声に、レティシスは首を横に振って弱々しく『嘘だろ』と呟いた。
「シェリアは、まだ人間だ……!」シェリアが興奮して言い返すレティシスを宥め、いいんだよと繰り返す。
「レティシスがまだ私の事人間と思ってくれるのは、本当に嬉しい。その言葉が口を突いて出そうだった。
迎えに来たのに、永遠の別れが来るのではないだろうか。
或いは、迎えに来たら間に合わぬのではないか。
不安ばかりが胸をよぎり、レティシスは嫌だ、と絞り出すような声でシェリアを見つめる。
「なら、俺……」一緒にいる、と一番言いたいのは自分ではない事に気づき、レティシスは口を噤む。
言いよどんだレティシスの緑の瞳と、それを見守るカインの蒼い瞳がかち合った。
カインは言葉を発さず、その瞳は不安そうにレティシスとシェリアの間を数回行き来し、やがて目は伏せられた。
「……なんで……」カインに文句をいうつもりで口を開いたものの、それ以上言葉を継げず、重苦しい雰囲気に耐えきれなくなってレティシス自身もまた視線を逸らす。
カインもシェリアも……ただの一言も『こわい』と言ってはくれない。
その一言で、自分は精一杯支えてやれるのに。
「――レティシスさん。貴方もここに残ってくださる?」フィーアがさも面倒くさそうに、そう言葉をかける。
「……え?」驚いたのは、そう告げられたレティシスのほうだ。
「だって、貴方シェリア様の剣なのでしょう。シェリアにやんわり微笑んだ後で、突然矛先をレナードへ向ける。ギルドの二人を除くカイン達全員がこの場に呼び出されたので、彼は拒否することが出来なかったのだ。
「えっ……まあ、ほどほどには……」てきぱきと決めてしまうフィーアに、レティシスは困惑しきりだったが……もういいか、という苛立ったルエリアの声で話し合いは中断される。
「その男も一緒に置いておくのは構わんが、女一人を守れるくらいは強いのか」フィーアとルエリアの女性二人にこき下ろされ、レティシスは反論したいがそうできない無念さに歯噛みする。
「……ルエリア女王。そう発したのはカインだ。
ラーズも、レティシスも、レナードでさえもカインのほうへと視線を向ける。
「余にそれを問うか、アルガレスの皇子。ルエリアがアイオラの名を出した途端、カインは恐怖にも似た表情を浮かべた。
その顔を見逃さなかったルエリアだったが、敢えて見なかった風を装う。
「『できるかどうか』は問題ではない。それを『しろ』と命じている」そう言われて、カインは傍らのシェリアに目を向けた。
ルエリアの言葉は現状正しい。
そして、シェリアも暫くは――生きていられる。
「……わかりました。アイオラのことは自分の悲願でもあります。カインはそう誓いの言葉を述べ、シェリアの事をルエリアに任せる決断をした。
アイオラを倒せば全て終わると、自分に言い聞かせながら。
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