【ルフティガルド戦乱/45話】

その夜、カイン達を歓迎するための宴が催された。

招待などを前もって行なっていないため、ルエリアも限られた者のみで行うつもりだったようだが――どこからか商人や貴族が聞きつけ、是非参加したいと宰相に取り次ぐ者まで現れたのだ。

「……やれ、彼らも人脈作りに奔走するとは熱心なことですな」

一通り対応した後、汗を拭きながら現れたトリスにルエリアは苦笑をもって出迎える。

「噂というのはすぐに伝わるものだな。
それに、奴等にとって自分の懐の温もりのほうが世界のことより大事なことだ。一も二もなく駆けつけよう。
だが、今回は会談のためだとし、明日以降改めて日を設けるさ」

そう言いつつルエリアはワイングラスを傾けた。

金になりそうなものには何でも食いつく精神には感心する。

貴族の会話に名が出るということは、注目されていることを示すのだからかなり重要だ。

しかし、今日これからの事を考慮すると彼らは邪魔でしかない。

ねぎらいもあってトリスへグラスに注いだ酒を勧めたが、折角ですがまだ仕事が残っているのでと断られた。

ルエリアは差し出したグラスを所在なさげに回しながら、やや離れたところよりカイン達の様子を眺める。

カインは白い上下に金の飾りを施し、白鞘の剣を帯剣していた。

温かみのある心地よい波動は、ルァンが作成した創造宝具、光剣ウィアスから流れてくるものだろう。

――あの皇子は、ルァンの祝福が薄いようだが……?

半分神の血が流れているルエリアは、慧眼というべきか――通常の人間よりも目に見えぬ『何か』を感じる力が特に強い。カインの祝福が誰から受け継ぐものか、どんな宝具を所持しているのか、そして総合的な能力はどんなものか――感覚で推し量ることが出来る。

それは熟練の魔術師や剣士が、近くにいる人物の力量を見抜くものにも似ている。

カインの隣には銀髪の青年がおり、先ほどラーズ・イリスクラフトと名乗っていたのを思い出す。

この若き魔術師からは苦手そうな属性を感じず、旧くからの魔術一族イリスクラフトの名に恥じぬ、十分な能力を備えているようだ。

そして会場を見渡してみると、紺色の服を着た赤毛の男、レティシスと……珍しい黒髪の男性、恭介が食事に舌鼓を打っている。全員一応正装もあったのだなと感心したが、宴に呼ばれても衣装選びに慌てることがありませんわ、と先ほどフィーアが言っていた。

理由を聞けば、彼女の船はかなり大型で、長期の航海を可能にする優れたものらしい。

船室も倉庫や娯楽や厨房だけではなく、船員それぞれの居室を兼ね備え、船医・航海士はもとより仕立屋まで乗せているという。仲間それぞれに数着ずつ用意してあるというならば、一体どれほどの衣装を作らせていたのか、そちらにもルエリアは興味があった。

部屋の端では銀髪の娘とフィーアが並んで座っているのが見えた。

娘は確か、シェリアと名乗っていた――そう自分の記憶を巡り、ルエリアは再度彼女に目を留める。

シェリアの足下にはルァンが足を揃えて座り、シェリアに撫でられて目を細めているではないか。

愛玩動物のような生活を送っているというのはこの事だろうと理解し、ルエリアは思わず失笑した。

そのシェリアはフィーアと並んでいるからか、大人しそうな娘のように見受けられる。

だが、その身から感じる『良くない』ものが、ルエリアに強い危機を訴えてきた。

少々長く見つめすぎたか。

フィーアと視線がかち合い、にこりと微笑まれる。

隣のシェリアの肩を軽く叩き、ルエリアの方へ向かせたため、内心ルエリアはしまったと後悔する。

「本日は、こんなにも華やかな場に私どもまでお招き頂きまして……誠にありがとうございます」

深い青色のドレスを纏ったシェリアは、フィーアに連れられてルエリアの前までやってくる。

裾を軽くつまみ、形式通りの礼を行ったところ、堅苦しいのは止すようルエリアに言われてしまう。

「礼儀は大事だが、そんなに緊張することはない。
楽にしていいぞ」
「はい……」
「そういえば、仲間は七名いると聞いたが……?」
「一名、体調が優れないということで欠席しておりまして……私達のみで」

その一名……レナードは、自分の素性が発覚しては困ると言って辞退している。

今頃は船でイルメラ達と留守番をしていることだろう。

といっても、イルメラやミュリエルもリスピアの魔術ギルドに行っているかもしれないので、彼一人きりかもしれない。そのこともシェリアは気がかりだったが、それ以上に自分がここに来ていて良いのだろうか、という懸念が払拭できないままだった。

「そうか、長旅で疲れでも出たか。リスピアは気候も穏やかで養生にも向いている。
暫くゆっくり滞在するといい」
「……はい……」

ルエリアはじっとシェリアを見つめている。

その心の奥まで入り込んできそうな瞳を避けるように、シェリアは頭を垂れると、僅かばかりの挨拶を述べて元の場所へと戻っていく。

怪訝そうな顔でシェリアを見つめていたが、お気になさらずとフィーアが微笑む。

「――シェリア様は引っ込み思案なので、自分の仰りたいことを相手に伝えられないことがございます。
わたくしの半分くらい、物怖じしない気持ちというものを差し上げたいわ」
「そうだな。王女の好奇心が半分減れば、丁度良いだろうしな」
「まあっ……! そも、陛下がじっくり見つめていらっしゃるから、シェリア様も驚かれてしまったのですわ」
「ああ、それはあるか……小動物のようで愛らしかったのでな」

あっさりとそう言ってのけるルエリアに、不服そうなフィーアが口を尖らせる。

「すまぬ、少々戯れすぎた。
王女にも可愛いらしいところがあるだろう、そう膨れるな。
さて……申し訳ないのだが、ちょっとカイン皇子をお連れしてテラスに来てくれぬか」

グラスで背後を指し示すと、フィーアは僅かに嫌そうな顔をしたが『誤解なさらないで、違いますのよ』と弁解する。

「ルエリア様とお話しできるのは大変嬉しいのです。
けれども――カイン皇子も交えてというのがちょっとばかり惜しいなと」
「相変わらず男がお好きではないようだな。
そればかりはどうにかなるものでもない。諦めて連れてきて貰おう」
「承知致しましたわ」

くるりと背を向け、歩み出すものの心持ち足取りの重そうなフィーア。

ルエリアはそのままテラスに出ようとしたところをトリスに咎められたが、内密な話があるのだと伝えてテラスにその姿を見せた。


「ヒューバート」
「はい……こちらに」

ルエリアが一言発すると闇の中から男の声がし、まだ若い男の姿が現れた。

姿を見せたというよりは、闇が人のかたちを作ったような――全体的に黒っぽい、無表情の男性だ。

鎧は着用しておらず、黒い外衣と帯剣のみという軽装。

襲撃に備えるというよりも、隠密性を重視した出で立ちのようだ。

「使い魔や斥候はありません。
この付近より忍び込もうとした者もおりませんでしたが――金を握らされたメイドを一人、別作業へ移したのみです」
「ふむ、ご苦労。そのメイドはどこから潜らされた?」
「モーガン子爵からです。
誰よりも早く有力な情報を得たかったのでしょう」
「あの息が臭い男か……何が望みだったのやら」
「モーガン子爵その人を捕まえたわけではないので真意は不明ですが……。
数カ国の王族が集まるのです。何を差し置いてもあやかりたいのではないでしょうか」
「そういうものだろうかね。
あちらを立てれば反感が置き、こちらを優先すれば不服に思われる。本当に窮屈だな」

ヒューバートと呼ばれた青年は同意するでもなくルエリアを見つめていたが、足音が近づいてくるのを感じると再び闇に溶ける。

彼の姿が消え、一呼吸置いた程度のタイミングでカインとフィーアがやってきた。

「お呼びということでしたが……」
「ああ、すまない。
他の者と一緒では聞きづらいことだ」

すると、カインはちらと後方を振り返り、仲間達の様子を肩越しに確認してから再びルエリアに向き直る。

「……ここで話して良いことでしたら」
「別の日にすると、こちらとしても諸々の調整がややこしいのでな。嘘偽りなくお伺いしたい事もある」

ルエリアの思惑を感じ取ったか、カインの相貌が僅かに細まる。

「……伺いましょう」
「昼間も伺ったが、敢えてもう一度真意を問いたい。
カイン皇子の旅の目的は何なのだ?」

改めてカインに旅の目的を尋ねるルエリア。

カインは当初と変わらず停戦の申し出だと答えた。

「皇子はそう言われるが、アルガレス帝国が出している触れ込みは、魔王の【討伐】だ。
はたして国のいうことと、本人の弁……どちらが正しいのかな」
「国が勝手に話を大きくしているのです。
我々は本当に討伐ではなく協議によって不毛な争いをやめようと申し出るつもりです。
国には状況を何度も報告しているというのに、なぜ討伐に変更されているのか、わたし自身分かりません」
「事実、魔王の部下であるアダマスを退けているそうだが? その他、数多くの魔物と交戦し、町や村などから感謝も受けたとか」
「……確かにそういったこともありました。
しかし――名を馳せたいわけではないのです」
「それはそれは殊勝な。
だが、今までもこれからも、皇子達は多くの魔物を切り伏せていくのだろう。
そんなことをしながら、魔王とは停戦を結びたい。だが、あちらに見返りは特にない。
むしろ不利益しかなかろう? 都合良くあちらが首を縦に振るかどうか……」

そう言い放つとルエリアは鼻で笑い、グラスを傾けた。

白ワインがゆっくりとグラスの縁を滑り、ルエリアの唇に吸い込まれていく。

「確かに仰るとおりではありますが……」

ルエリアの言いたいことも、自分で矛盾を抱えているのも分かっていた。

カイン自身、何度も考えたことだ。

「停戦に応じて欲しいなど、都合が良いことだとも分かっています。
だが、魔族が先に手を出した・人間達が反撃で殺傷した、だから互いに報復をし続ける……と不毛なことを引き合いに出したくはない。
奴等は、奪うことしか出来ないのだと聞きました。だが、きっと……そんなはずはない。
そういった技術がないのか、本当に何か問題を抱えているのか。
ルフティガルドのことは分からない。それでも……わたし達がたどり着けば、魔王は必ず一応は卓に応じるはずです」

とつとつと語るカインの言葉を聞いていたルエリアは、ふと、眉を顰める。

「……必ず応じる、とは? 何を根拠にそのような」

するとカイン、口を開いたが怪訝な顔で自身の口に手を置き、何かを考え込んでいる様子だった。

「……?」
「どうした。言えぬ事か」
「いえ……。ともかく魔王には、こちら側に欲する者がいるのです」

すると、フィーアはカイン様、と驚きの表情を向ける。

「まさか、あの方を交渉の材料に……」
「いや、無論渡す気はない。ないのだが……」

そう言ってカインは再び口を閉ざす。

だが、その表情には疑問のようなものが生じているため、フィーアはじっとカインの事を見つめる。

「カイン様……?」
「なんと言っていいか、自身でも思っていることがうまく言葉で表現しづらい。
……ただ、何か確信めいたものがあった気がした」

その様子に、嘘をついている様子はない。

フィーアの困惑顔をじっと見て、ルエリアはもう良い、と言葉を吐き出した。

「本日は流石に留め置きすぎた。皇子もお疲れなのだろう。
また翌日詳しくお話しをさせて貰えまいか。こちらの意見も交えて、考えてもらいたい」

そう言ってルエリアは宰相に向き直り、皇子達を頼むぞと命じ、もう結構であると話を切った。

カインとフィーアはルエリアに礼をし、広間の中へと入っていく。

暫くの後、ヒューバートは再び姿を見せた。

「……どうだった」

彼の方を向こうともせず、ルエリアはグラスを傾け、僅かに残っていたワインを飲み干す。

「……判断しかねます」
「なに?」
「言っていることは本当のようですが、肝心なところになると――思考は遮断されるのです」
「ふむ……ルァン様の祝福持ちだからか?」
「フィーア王女はそのようなこともありませんでした……そして彼女は、ルァン様より辛い任を請け負っているようです」

淡々と報告するヒューバートに、表情はない。

そこから察するに、この仕事を楽しいとも思っていないし、辛いとも思っていないようだ。

ルエリアは暫し黙していたが、分かったと了承の意を告げてご苦労だったと彼を解放する。

ヒューバートは一礼し、再び闇に溶けるようにして消えた。

もうそこにはもう誰もいない。


ヒューバートにも読めない思考がある人間など、自分以外で初めて聞いた。

それが良くも悪くも、渦中の皇子である。

だが、フィーアの思考は判るという。

ヒューバートの【眼】を妨げる条件が神々の祝福というわけではなさそうだ。

そして、皇子の『確信めいたものがあった気がする』という表現。

そこが要なのだろう。

「……どうしたものか」

そう呟き、静かになった室内を見ると、数人のメイド達が後片付けに入っているところだった。

皇子達の姿は見えないことから、トリスが彼らを離宮へと案内したのだろう。

すると、ルエリアの側にトコトコと歩いてくる羽猫――ルァン。

『そろそろ頃合いだと思うのだが』

その声に頷き、空を見上げたルエリア。

多少厚い雲がかかってしまっているものの、月の姿は隠れていない。

「では、参りましょう。よろしければ抱き上げましょうか?」
『ふふ、そんなことをしたらエリスに叱られてしまうよ』
「そうは言っても、イリスクラフトの娘は気に入っているではありませんか。
まあ、あの豊かな胸元に抱き上げられれば居心地の良さそうな場所でしょうし、神とはいえ抗いがたいのでしょうな」

意地の悪い顔をすると、ルァンは困ったように低く唸り、どう言ったものかと思案しているようだ。

『……まあ、そう解釈される他あるまい』
「ふふ、ルァン信者が見たら悲しみましょう」

すると、ルァンはそう言ってくれるな、と告げて、ルエリアの後ろを歩き始めた。



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