【ルフティガルド戦乱/32話】

魔法国家クライヴェルグの、王宮へ続く大通りから南側の繁華街に向かったカイン達。

建物の色や軒先に下がっている看板は違えど、同じような形の建物がいくつも並んでいる。

注意深く看板を確認しながら進んでいくと、ひときわ大きな煉瓦造りの館……【魔術ギルド】クライヴェルグ支部が見えてきた。

「あれで、いいのか?」

レティシスはラーズにそう尋ね、彼が頷くのを見てから改めてカインへ視線を送った。

いつもの落ち着き払った様子とは違い、硬く引き締められた表情から悲しみと焦燥感が伝わって、レティシスにも伝播しそうなほど。

こんなカインを見るのは初めてだ。

しかし、仲間……いや『元』であろうとも婚約者であったシェリアの命がかかっているのだから、それだけ心配なのは当然――なのだろう。

一刻も早くシェリアを探さねばならないのに、まずはベルクラフトの場所を得るという遠回りからしなければならない。

これで、もし……シェリアがベルクラフトにいなかったら? 別の場所だったら? そう思うと、レティシス自身も『なぜ、一緒にいられなかったのか』と、今日の行いを悔やむ。

だが、確実であろう場所から聞いていくしかない。

無事でいて欲しいとレティシスは願いながら、魔術ギルドの前に着くと改めて建物を見上げる。

外観はシンプルで古いデザインであるにもかかわらず、そこに風格のような物を感じるのは、この魔法都市の中でも一目置かれる魔術師が出入りしているからだろうか。

建物に取り付けられている窓の数も多いが、その一枚一枚が大きく、光や風が多く入るようにと配慮した設計。

一見品のある屋敷のようにも見えたが、よく見れば厚い硝子をはめ込む銀枠には魔法文字がびっしりと記されている。

それにより施設内の魔力効率向上だけではなく魔術で防犯性も強化しているのだが、魔術知識のないレティシスには分からない。

「……わたしが聞いて参ります。お二人はそこでお待ち頂いても構いませんが……」
「一緒に行く」
「お……俺も」

ラーズが扉に嵌まっている宝珠に手をかざすのを見つめながらカインは共に行くと告げ、レティシスもその後から同意し、三人は魔術ギルドへ入館する。

長いこと入り口を守っているであろう鉄製の重厚な扉は、宝珠の輝きに同調するかのようにギギギと軋みながらもゆっくり開いていく。

室内に入った瞬間、ラーズは歩みを止めて空間を見上げた。

後ろを歩くカインやレティシスには見えていないが、ラーズの目には様々な精霊達が、所狭しと飛び回っているのが見えている。

昆虫の翅のようなもので飛ぶ妖精、黒い塊のような精霊、そして形の定まらない、ふわふわと揺れ動く魔力塊……。

そういったものが暮らせる良質かつ濃密な魔力で魔術ギルドの室内は満たされ、魔術師にとっても心地よい場所になっている。

もっとも、ここに工房を作って魔術の研究をするとなれば、余程ギルドに貢献するか魔力に磨きをかけなければならないだろう。

「いらっしゃい。旅の方……どのようなご用件かな」

通路の先、魔法金属で作られた受付カウンターから、ローブ姿の年老いた男性が三人に声をかけてきた。

ラーズが腰のポーチから護身用の短剣を取り出し、鞘に収めたまま宝珠を老人へと見せる。

その宝珠は四大元素――火、水、風、土――のシンボルが組み合わさるように描かれており、イリスクラフトの紋章として有名なものだ。

それを見た老人は、一瞬目を大きく見開いた後、ラーズの顔をまじまじと見つめ、ベルクラフトの関係ですかなと声を潜める。

「ええ。屋敷の場所を知りたい」
「……争いに発展するようなことはないでしょうか」
「事情を詳しくお話しすることは出来ませんが、争いになる可能性は高いと思います」

正直に答えたラーズに、老人は目を伏せ、深いため息をついた。

「両家は因縁深いことも存じていますが、クライヴェルグで魔術の旧家同士が争う。その被害は甚大になりましょう。
我々魔術ギルドとしても、ギルド員の私怨で破壊行動や人命が失われるようなことがあれば信頼に関わる。
ましてや――他国の王族と共に行動されて、その活動に関わるなら。クライヴェルグに火種を持ち込むとしか思えないですな」

国家間にあっても様々な情報は当然魔術ギルド内で交換されているのだろう。

話しぶりからしても、イリスクラフトの嫡子とアルガレス帝国の皇子カインが共に行動しているだけではなく、ブレゼシュタット王女のフィーアが共にあることも知っているに相違ない。

それを老人は暗に指摘し、総合的にラーズの申し出を呑むには危険だと判断したようだ。

「……こちらには人命と、誰かの一生を左右する運命がかかっている。どうしても、行動せざるを得ないのです。
もし我々を行かせられないというのであれば……被害を最小限に抑えるため、魔術ギルドに協力を申し出たい。
それならばどの程度、ギルドは我々に協力してくださいますか」
「なんと……あなたがたに協力しろと仰るのですか」
「わたしは組合員です。他国での活動に支障があれば、ギルドを最大限に頼るものでしょう。
そしてギルドは、優秀な人材が所属していることも誇りでしょう。今、そのうちの一人が失われようとしている。
もはや魔術的価値のないベルクラフトを保護するために、我々イリスクラフトを拒絶するか……イリスクラフトに協力し、恩を売りながらも被害を低減させる。どちらが特でしょうか。
一時的にはギルドも巨額の出費を支払わなければいけないでしょうが、その場合、費用はイリスクラフトが捻出します」

ラーズの提案に、ギルドの老人はむぅと唸る。そして、ラーズの後ろに控えているカインも口を開いた。

「オレからも――」「いいえ。その必要はありません」

カインの言葉を途中で遮り、ラーズはかぶりを振った。なぜだと更に問い詰めようとするカインに、ラーズは目を伏せる。

「父の言うことが本当ならば……帝国とシェリアの繋がりはもうありません。
皇子が掛け合えば、王はクライヴェルグとの国交という名目で支払って下さるでしょう……が、条件を突きつけるのは目に見えています。
それがどのような条件であれ……あなたとシェリアにとって有意義なものではないし、何より……これはイリスクラフトの問題……いえ、わたしと母の、たったひとつの約束のためでもあります」
「約束?」

その問いにラーズは答えず、曖昧に微笑むと再び老人へ向き直り、いかがでしょうかと答えを促す。

老人はラーズやカイン、レティシスをそれぞれ見つめ、しばしの間を置いて……根負けしたかのように先ほどよりも大きくため息をついた。

その後、近くのギルドスタッフを呼びつけ、二言三言耳打ちする。すると、スタッフの男は小さく頷いて、早足でどこかへと去って行ってしまった。

「……別室で話を行いましょう。こちらに」

ゆっくりと席を立ち、カウンタの後方にあるいくつかの部屋……恐らく密談室などであろう場所へ、ラーズ達を案内する。

レティシスはラーズのほうを伺い、彼が進むに合わせ隣に並ぶ。

「なあ……あんな、出費は負担するみたいな事言って大丈夫なのか? ラーズさんところも、当主が実権握ってるんだろ?」
「ええ。ですが、わたしにも多少の資産はありますので……その範囲で賄うことが出来るかと」
「え」

平然と言ってのけるラーズに、レティシスは絶句する。

イリスクラフトという家柄が凄いらしいというのは知っていたが、魔術師が、しかも当主ではなく嫡子が莫大な資金を溜め込んでいるものなのだろうか。

「じゃあ、シェリアもそれなりに……?」
「いえ、資産があるのは当主とわたしだけです」
――いつも、シェリアは親父から何もして貰えないんだな。

後継問題はそんなに大事なものなのだろうか。ラーズも、シェリアも同じ血を分けた子供なのに。

シェリアをベルクラフトに譲ること推奨し、そして喜びも生活していくためのものも与えない。

レティシスは、ほんの少しばかりルドウェルや貴族の家柄へのこだわりに憤りを覚える。

「……あんたたちには悪いけど、俺、家柄とか後継とか、思惑ばっかりの貴族に生まれなくて良かった。
自分に子供が出来たら、愛情を持って、のびのび過ごせる環境にしたい。嫌なものから、守ってだってやりたいよ」
「…………」

ラーズからもカインからも返事はない。

貴族や王族には、庶民には分からない苦悩もあるだろう。レティシスに、何が分かると感情のままに怒鳴りたい気持ちだってあるだろう。

だが、彼らはそうしない。そうしたところで何も変わらないからなのか、或いは――自分もできることなら、という想いもあるからか。

一同は沈黙のまま、開かれたドアをくぐっていく。




その頃、リエルト達は街を抜け、西の森へと向かっていた。

「ちょっとキョウスケさん、本当にこっちの方角で合っているんですの!?」

フィーアは顔に向かってくる小虫を鬱陶しそうに手で払いのけ、不機嫌そうな声音で恭介へと尋ねる。

「ええ。方向『は』合っているはずです。ちょっと人が通る道じゃないところに入ってしまっただけで」
「そのようですわね、思いっきり獣道ですものね!」

ぷんぷんという擬音語が似合いそうな程度に怒っているフィーアの後ろをレナードがついて歩き、羽猫は彼らの頭上で軽やかに木々の枝を伝い、ぴょんぴょんと渡って移動する。

「……そういえば、あの猫。僕たちについてきている」
「シェリア様と貴方が姿を消した後、カイン皇子を呼んだのもあの猫のようです」

やや棘のある口調でフィーアがそう教えてくれたが、その言葉にリエルトは表情を引き締める。

「なぜ、猫がついてくるかは分かりませんが……時折、何か……監視されているような気がします」
「監視……」

恭介はそう呟きながら今までの行動を顧みる。

猫はシェリアによく懐いていたが、他の誰かに懐くことはなかった。だが――……恭介は知っている。かの本に、猫を拾った記述がないことを。

「……リエルト皇子。君の持っている、父上の手帳に猫を拾った記述はありましたか?」
「いえ。そのような些細な描写はなかったような。船に乗るときも棄てろと言っていましたし、動物はあまり好きではないかも」
「そうですか……」

そうして会話を終わらせつつ、恭介は猫を見上げた。

すると猫も恭介を見下ろし、首を傾げたようにも見えたが、すぐに小さい身体をしなやかに伸ばし、次の枝を渡る。

――あの猫も、また、何者かの差し金なのか?

時空を越えてやってきたというのか、使い魔か。敵か味方か分からない。

もしも、イリスクラフトやベルクラフトの使いならば、こちらの行動は相手に筒抜けだ。既に行動を予測しているかもしれない。

いや、使い魔ならば、全ての行動が分かる。だから、シェリアが船を下りた瞬間にベルクラフトが行動したとすれば――タイミング的なつじつまも合う。

あの猫は危険なのでは? 袋に押し込めるか、いっそのこと命を奪うか……そう考えたときのことだ。


『わたしが気になるのかな、星見の青年』

頭の中に声が響き、思わず恭介は呻いて頭を押さえる。

「キョウスケさん? どうなさいました?! まさか……」

歩みを止めてしまった恭介に、フィーアは不安そうな声を上げた。

「いえ、シェリアさんたちの事じゃないです……今、頭に……」

声が、と続けようとした恭介の前に、羽猫が舞い降りた。

「やれやれ、もう少々話しかける時期を見るつもりだったが、こうして勘ぐられて殺されそうになるのでは困る」

羽猫は笑うように喉をぐるると唸らせ、驚きに目を丸くする恭介達を面白そうに見据えている。

「喋ってますわよ、あの猫」
「お待ち下さい、使い魔かもしれません」

身構えるフィーアとリエルトに、羽猫は『控えよ』と厳かに言ってその場へ座る。

前肢をそろえ、すっと伸びた白い背は、神々しさすら感じさせた。

「わたしは、君たちの敵ではない――アルガレス王家に縁ある存在だ」

えっ、と意外そうな声を上げるリエルトと、不思議そうな顔で羽猫を眺めているフィーア。

恭介はアルガレス王家の事を多少は知っていたが、羽猫を遣わせるような人物は思い浮かばない。

「長々と話す時間も惜しかろうが、わたしがここにいる理由だけでも話しておこう。
この世界には、本来あってはならない幾つもの力が働いている……恭介、リエルト。君らはこの時代の人間ではない。
そして、もう二人……この世界にいてはならない人物がいる。
その全てを、あるべき場所に還さねばならぬ。それゆえ、わたしは創造神に遣わされた」

――創造神。

フィーアは背筋に電撃が走るような衝撃を覚え、思わず羽猫の前に跪いた。

「あぁ……、創造神の遣わされたアルガレスに縁のある方とは、貴方はまさか……!」

その言葉に、リエルトもハッとした様子で片膝をついて頭を垂れる。

ようやく理解した恭介も雰囲気的に屈まねばならないような気がしたが、彼に信じる神はない。どうしようかと考えあぐねていたところ、猫は小さな口を開いた。

「……君たちが歴史を変えようとしていることは知っている。本来、歴史を変えてはならないものだ。
だが――君たち以外にも、度々世界の歴史を変えようと動く者がいる。わたしは彼らを処罰しなければならない」
「処罰……って、ぼくらも?」

恭介とリエルトは返答を待ったが、猫は目を閉じ、何かを考えている。

「わたしにも、時の神でさえも、どの運命が本来あるべきだった姿か――不明瞭だ。
かの娘……シェリアには幾つもの思惑と歴史が絡み合い、運命の分岐が数限りなくある。
そして君たちが、シェリアを助けたいという気持ちは理解している。
今のわたしが君たちをどうするかは、まだ答えられぬ」
「貴方ですら考えあぐねているとはいえ、この数時間で運命は決まってしまう。
どうか、シェリア様の救出を容認して頂きたいのです」
「……君の願いは、ここにいるものの総意だとして、だ。
アーディの祝福を持つフィーア王女、君に問おう。
君の持つ封印の秘術は、後々に必ず必要となる。
どのような犠牲が出ようとも感情を押し殺し、多くの人類のために理性を持って執行すると誓えるか?」

犠牲という言葉の重みに、フィーアは唇を噛みしめる。

【多くの人類】を救うため……いわゆる、【正義のため】と、聞き心地の良い言葉に置き換えられること。

それを、自らの意志ではなく、要となるときに指示で打ち込まねばならない……ということだろう。

封印の秘術。それは、魔力と力場さえ伴えばアーディの祝福を継ぐ彼女も扱うことが出来る。

猫の形をしていようとも、この存在が尋ねる犠牲の意味は――自分の想像を超えたものか、心を潰されるほどの苦悩だろう。

「わたくしは……この力を振るうに相応しい状況である、と貴方が判断すれば最善を尽くします」
「その言葉に偽りはないか」
「ございません」

フィーアがまっすぐ猫を見つめると、長い尾をくゆらせて猫は『宜しい』と口にした。


「――我が名は太陽神ルァン。アーディと親友ラエルテの遠い子孫達に、幾許の力を貸そう」


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