【ルフティガルド戦乱/30話】
「……カイン様」

リエルトより5メジエ(約5メートル)ほどの距離に立っていたカインは、無言の憤怒を示していた。

兜を着けているリエルト――彼らにとってはレナードという認識――へ大股で歩み寄り、リエルトがそれ以上言葉を発する間すら与えず、喉を掴んで壁に押しつける。

いや、押し付けるというよりも壊すような勢いで叩きつけた、といったほうが正しいだろう。

「ぐ……」

打ち付けられる痛みは、ルァンの祝福を持つリエルトにも相当の衝撃ではあったが、事情を知らないとはいえ父親に喉を潰されんばかりの力で圧迫されていることのほうが堪える。

気道を圧迫される苦しさに、リエルトはカインのガントレットを指で引っ掻くようにして緩めようと抵抗したが、カインは離す気など毛頭無いらしい。

彼らの近くにいた通行人達は、突如始まった諍いに巻き込まれるのはごめんだというように顔を背け、足早に逃げていく。

「……シェリアはどうした」

絞り出す様なカインの声は、感情を抑えているせいか凄味を感じさせる。首を締め付けているたった腕一本、抗っても剥がすことができない。

カインの後方に位置していた恭介もこの状況を見ていたはずだが、現在はそれを止めることなく必死で本の記述を追っているようだ。

上から下へ、下から上へと黒瞳は忙しなく動き、その本をフィーアは横から覗き込む。

レティシスはリエルトの言葉を辛抱強く待ち続けているが、落ち着きのない様子は次の行動に気を揉んでいるのが伝わってくる。

羽猫はあらぬ中空を見つめているままだし、唯一リエルトのことを知っているラーズはカインの肩に手を置き、ここは冷静になるようにと宥めていた。

仲間……だった彼らの様子を見つめているリエルトに気づいたカインは、まだ締め上げが足りないと踏んだらしく、ラーズの制止を振り切って指先に更なる力を込めた。

「っぁ……!」
「お止めください! 彼が死んでしまう!!」

苦しげに呻くリエルト。ラーズはカインに止めるよう強く求めたが、カインはそれに応じない。

「死にたくなければ答えろ! 貴様はシェリアを……」
「あ……あの人は、間違いなく、もう死ぬ……」

肺に残った空気を絞り出しながら声を発したリエルトに、カインばかりではなくラーズとレティシスの顔が強張る。

「……自分の胸に、長釘を刺して……だけど、オルフェオが……あの人を連れて転移して」
「オルフェオ……まさか、ベルクラフトの?」

流石に心当たりがあったらしい。ラーズは確証を得ようと聞き返す。無言のままリエルトが頷くのを確認すると、カインはリエルトの喉元から指を離した。

「シェリアを、ベルクラフトへ売るために誘い出したというのか……」

カインは悔恨の表情を浮かべているが、勿論彼の目の前で喉をさすりながら激しく咽せているリエルトに対しての感情ではない。

リエルトのほうも『違う』と――そう言いたかった。

ベルクラフトのためにシェリアを連れ立ったのではない。自分の信念を形にするために、彼女を亡き者にしようとしただけだ。

ただ、それを言ったところでカインには届かない。そして、シェリアは……。


『……良かった。本当に良かった』

そう言って、自分の頭を撫でたシェリアの顔が思い起こされ、その手の感覚がまだ自分の頭に残っているように感じる。

――何が良いものか。貴女はなぜ不条理な死を受け入れたのか。

疑問を持っても、リエルトにはその答えを得ることはできないままだ。

「結局……こんな事に、なるのか」

街の喧騒にかき消されそうなカインの呟きを聞き取ったラーズには思い当たることがあるのだろう。かける言葉も浮かばないのか、ラーズは視線を外し、唇を噛んだ。

カインとラーズの無念さがうかがえる。

あれほど気にしていたのに、自分には防ぐ手立てが本当に無かったのか。

もっとシェリアの側に居てやれば、レナードがシェリアを連れ出そうとしたことは防げた……しかし、シェリアがベルクラフトに連れ去られるのを止められただろうか。

むしろ、他に出来たこともあったはず。それも分かっていた。

それが出来ないことの言い訳になるのなら、自分はどこからやり直さなければいけないのか。

カインがそう自分自身に問うた瞬間、遠い記憶の中で笑う黒い女性の姿を浮かべた。


『はじめまして、光の加護を持つ皇子様』

頭から鼻先まで、黒いフードにすっぽりと覆われた女性の赤い唇はそう紡ぎ、自分へと歩み寄った。

『まだ――……でしょう?』

女性の言葉に頷き、自分は【それ】を願った。満足そうに笑う女性が、その指先が、ただ彼女を見上げるだけの自分に触れ――彼女は呪詛を吐き出したのだ。

もしも、その言葉に首を横へと振っていたのなら――……。


「……あんた、シェリアを殺すつもりだったのか?
それとも、ベルクラフトに引き渡すつもりで連れ出したのか? どのみち……最低だけどな」

己の記憶を遡るカインは、レティシスが発した声に反応して現在に引き戻される。

男らしい太めの眉をつり上げ、感情も隠すことなく、レティシスはまっとうな疑問をリエルトへと投げかけた。

リエルトはレティシスの事を見上げ、僅かな安堵と嫌悪を覚えた。今の自分は、誰かに……いや、カインとラーズ以外に糾弾される方が有り難いとすら思えたからだ。

だが、その反面、よりによってレティシスなのか、という嫌悪も抱きつつ淡々と返す。

「……彼女を殺す算段でした。最初から」
「ッ……!」

レティシスは反射的に拳を握り、こみ上げる感情を必死に押し留めた。『じゃあ』と更に問う。

「じゃあ、あんたが言った『長釘で刺した』のは……」
「彼女が、自らです」
「――そんなワケないだろ!!」

声を荒げ、レティシスはリエルトに摑みかかる。彼は再び目の粗い壁に押しつけられ、鎧が壁と擦れてざりざりと厭な音を立てた。

「シェリアは……カインさんのためにここまで来たんだ!
自分の命が危ない窮地だって、みんなのために防御魔法を張ったり、疲れていても俺たちの傷を癒やしてくれた!
あんたの事だって信用してたに違いないし……シェリアがこんなところで命を捨てるわけがないんだ!!」

そう怒鳴りつけるレティシスの手は堪えきれぬ怒りに震えているが、彼の想いとは逆にリエルトの気持ちは急速に冷えていく。

「……何も、何も知らない貴方に怒鳴られるいわれはない」

レティシスへの苛立ちが湧いて、彼の言葉を素直に受け止めることが出来ない。

「あるさ! 俺はシェリアの従者だ! 主人が危険な目に遭って、平静でいられるか!」

彼……レティシスは本来、リエルトの思惑とは何の関係もない。本当に善意でカインに手を貸してくれた人間だ。

ただ……彼のシェリアへの感情が、リエルトの気に障る。

最初の頃、レティシスは――シェリアと通じているのではないか。それを父が知って、あえて黙認していたのでは……そう思ったときもあったのだ。

その疑念からシェリアが瀕死のレティシスを看病する様子を覗き見たこともあったし、野営の時にも様子を伺うこともした。

だが、シェリアはカインやラーズと接するとき以外は他の者に距離を置いて接していたばかりか、カインもシェリアに対して言葉にしない優しさを見せることもあった。

シェリアもカインには甘えたそぶりを見せるし、レティシスもカインに敬意を示している。

レティシスがきちんと弁えて行動しているのも理解したが、それでもふとした拍子に垣間見えるシェリアへの感情は、主従以上のものを思わせた。

そのせいで、リエルトは無意識のうちにレティシスへ反感を覚えているのかもしれない。

「そんなに大切にしていて守れなかったのは、目を離していた自分のせいでしょう」
「誰かの大事な存在だと分かっていて……なぜ消そうと思うんだよ! あんたは大事な人を失ったことはないのか!」
「……貴方こそ、耳障りの良い言葉で自分をごまかして、心根が浅ましいと思わないのですか……!」

リエルトとレティシスの放つ言葉は互いを傷つけあい、自身の傷を抉っていく。


「もう止めなよ。こんなことをしていて、状況が改善するわけじゃない」

つかみ合ったまま口論を続けている二人を見かねて止めたのはカインでもラーズでもなく恭介だった。

キッと彼らを睨んで本の間に栞を挟むとローブの裾を翻らせて近づき、リエルトとレティシスの間に割って入ると『どうするの』と呟いた。

「シェリアさんは、まだ生きてる。ぼくは……そう断言できる。
ただ、まだかろうじて生きているというだけで……ベルクラフトは自分たちの目的のため、彼女を殺すつもりがないと思うけど、怪我の処置が終わったら彼女が無事でいられる時間も少ないはず。
……ぼく達はまだ彼らの居所も掴めていないし、今後の方針も決めていない」

出来ることは本当に限られている。そう恭介は言っているのだ。

「――魔術協会がクライヴェルグ王国にあれば、そこから住居を割り出すことが可能かと」

ラーズが思い出したように語った『魔術協会』だが、所轄『ギルド』と呼ばれている専門職業の連合だ。

冒険者ギルド、商人ギルド、盗賊ギルドなど様々な職業支店が全世界に存在している。

一定以上の条件がなければ加入することが出来ず、職種によっては厳しい条件や審査も必要。

加入することにより更なる学びや職の斡旋、仕事の仲介など様々な恩恵を受けることが可能というメリットもあって、大抵の魔術師は加入している。

かくいうイリスクラフトもアルガレス帝国内の魔術師ギルドに所属しているので、クライヴェルグにいようと関係なくギルドの恩恵を得ることが出来るのだ。

カインも頷き、近くにいた者に声を掛けて魔術師ギルドへの道を尋ねると……再びリエルトへ視線を向けた。

氷のように冷たく、見据えられた者は萎縮するような蒼の視線。

「……シェリアを見つけられなかったら……死んでいたら、オレは絶対に貴様を許さない。誰に止められようと貴様を殺す」

カインの言葉に、リエルトはハッとした顔で息を呑む。

父の目には殺意も軽蔑も込められている。その視線を受けてなお、リエルトは言葉を発さない。いや、発することが出来ないのだ。

これ以上の会話をする必要もないと感じ取ったカインは、ラーズに声を掛けてその場を離れる。

ラーズは心配そうにリエルトを見つめ、恭介に視線を向けると『後は頼みます』と一礼し、カインの後に続く。

「……ゾロゾロついていっても、邪魔になるだけですわね。レティシスさん、貴方はカイン様達の補佐を」

フィーアは逡巡し、レティシスにカイン達の後へついていくようにと助言をして送り出すと、自らは恭介と共にその場へ残った。

ここにレティシスがいれば何らかの戦闘に巻き込まれた際は頼りになるが、再びリエルトと口論が始まっては困る。

「いつまで壁と仲良くしているんです?」

フィーアは腕組みをしながらリエルトの前へ立つと、僅かにリエルトの首が動いて彼女を見上げた。

義理の母であるフィーア。だが、リエルトにとっては実の母同然。そんな彼女が、呆れたように自分を見ている。

「……僕を、軽蔑しましたか」
「はぁ? 軽蔑も何も、わたくし貴方に特別な情を抱いておりませんし……そうですわね、強いて申し上げるとするなら……素晴らしく余計なことをしてくれました」

華やかな笑顔で辛辣な事を告げてきたフィーアに、リエルトはそれもそうだと自嘲するように口角を上げた。

途端、足先に鋭い痛みが走る。

「レナード、といったかしら……わたくしの話に、笑えたところがおありなの?
その笑い顔を消すために、わたくしはこのまま足の指を一つ一つ踏み折ることも出来ましてよ。
むしろ足指ではなく背骨の一関節毎を踏み抜いて差し上げたいくらい苛々しておりますの……背骨が折れたら、どんな音が足に響くのかしら」

顔には出していないが、フィーアもはらわたが煮えくりかえりそうな怒りを持って彼に接しているようだ。

牛革のブーツの上から、ぐぐっと足指を踏みつけてくるフィーアのヒール。徐々に力が込められていくのは、言葉通りの手段に出るつもりなのだろう。

「フィーア様、待って下さい。今折ったら放り出していくしかないです。後で全身を折る楽しみとカイン様の拷問の出番がなくなりますから、今はぼくに任せて下さい」

それを余計に物騒な言葉で止めさせたのが恭介だ。フィーアは仕方がないというように足を退け、恭介にリエルトへの対処を譲る。

恭介はフィーアへ感謝を見せた後、実に穏やかな顔つきでリエルトに眼を向けた。


「じゃあ、ぼくと少しだけ話をしよう。未来の御方」
――この男、もう僕が【誰】なのかを悟ってるんだな……。

リエルトは恭介の言葉からそれを感じ取り、観念したように息を吐いた。

それを承諾と取った恭介は、悲しげに目を細める。

「……ねえ『レナード』。ぼくの勘違いだったらごめんね。君は、今……後悔してるんじゃない?」
「違う。僕はあの人を殺す気だった。最初からそうだ……だから後悔なんか……」

後悔なんかしていない。


その一言が出てこなかった。


その事実に一番驚いているのはリエルトであろう事を見抜いたのか、恭介は慎重に言葉を選びながら口を開く。

「君はさっき、路地から飛び出してきた。あれからどこへ行こうとしていたの?」
「ベルクラフトの屋敷だ。でも、どこか分からなくて……建物の紋が、イリスクラフトの物に似ていないか探してた」

リエルトの言葉を聞きながら、周辺の壁や建築物をぐるりと見渡す恭介。

なるほど確かに、立派そうな家の壁には何かしらの紋章や屋号のような文様が施されている。

「……君は、シェリアさんを調べていたのにベルクラフトのことにはあんまり詳しくないんだね。紋章を知らないんだ?」
「どういう……」

問い返すリエルトに、恭介はぱらりと本を開く。開いたページは、先ほど栞を挟んだところではなく、紙を細く裂いて栞代わりに挟んだ部分だ。

そこには風と炎を模したような紋章が描かれている。

「ベルクラフトの紋章は悠久を示す【風】に、破壊と再生を表す【火】のみが描かれている。
四大属性のイリスクラフトの紋章とは全然違うよ」
「あら、キョウスケさんよく調べていますのね」

感心したように声を上げたのはリエルトではなくフィーアの方だ。目を丸くして本当に驚いているようなので、冷やかしに発したわけではないらしい。

「ぼくは、カイン皇子とシェリアさんを……実は、本当を言えば他のことがあるんだけど……とにかく先に、その二人を助けたいってずっと思ってた。
今、その時なんだ……ここが分岐で……出来なかったら、きっともう彼女の……アルガレスの未来を変える機会はない。
君が少しでもシェリアさんを殺そうとしたことを後悔しているなら……未来を変えたいと願っているなら、ぼくに力を貸して欲しい。君となら、きっと――」
「……未来を変えられる、とでも」

リエルトが苦しげに吐き出した声に反応したのか、羽猫はぴんと耳を向ける。

猫の眼は彼を捉え、誰もがリエルトの言葉に注視する中、彼は口元を掌で押さえつつ、俯いた。

吐き気がこみ上げそうな紅い世界と、見知った人々の骸。凄惨に殺害された両親と祖父。そしてそれらの元凶、血臭のする変わり果てた生みの親。

「……君がその本で見ていた【未来】って何? 今あの人を救えば、生かしておけば……また僕の知る未来に戻るのでは?
僕の家族は惨殺されて、またあの人が僕に『殺しに来い』と囁く現実が来るのか! そんなもの、もうたくさんだ!!」

拒絶を示すリエルト。恭介は一瞬、心に傷を負った彼を説くことが出来るのかと不安を覚えた。

しかし、彼とわかり合うには、自分の知っている事実を教えるしかないのだ。


「……実を言うとね、僕の持っている本に書かれた内容は、旅の終わりまでじゃなくて。
時折、皇子の事が書かれていてね……だから、アルガレスで起きる事も書かれてる。
君のいた世界と、ぼくの知ってる未来はほぼ同じだ。
本で見たシェリアさんは、君が9才か10才になったときアルガレスへやってきて、君以外のアルガレス王家の者を惨殺していった。
だけど、カイン皇子もただ無為に十年間過ごしたわけじゃない。
持ちうる全ての人脈と自らの足でシェリアさんを探し回った。それでも、巧妙に彼女は隠されていた。
カイン皇子がなぜシェリアさんを懸命に探し続けたか、君には分かるかい?」

恭介は答えに行き着いて欲しいというように優しい瞳でリエルトを見つめ、既に答えを知っているフィーアは鼻を鳴らす。

「……ベルクラフトに連れて行かれるシェリアさんを、カイン皇子が自分で面倒を見るって言ったから……その責任感に」

おずおずとリエルトがそう答えると、フィーアは心底馬鹿にしたように『はっ』と吐き捨てる。

そのタイミングは異様に早く、どうやら彼女にとってリエルトの答えは想定通りだったようだ。

「貴方真面目に考えてますの? そんな義務感のみで、アルガレス王家に子供なんか出来るわけがないでしょう」
「……えっ?」

リエルトが聞き返すと、恭介はくすぐったそうに肩をすくめ、自らの人差し指同士をくっつけて『こういうことだよ』と照れた。

「それなりに致していれば割と子が出来る我が豊穣のアーディと違って、太陽神ルァンは結構ピュアなんですの。
真に愛し合った者同士でないと、子を授かれないとか。
この政略結婚が多い王族のなか、アルガレスに子供が生まれない理由の一つってそこではないかしら」
「にゃー」

フィーアの説明に何故か羽猫も同意するかのように間延びした声で鳴き、新たな真実を知ったリエルトは動揺し、兜の中で僅かに頬を染めていた。

カインは本当に、シェリアを好いているということか……?

「二人とも互いのこと、そして子供のことを凄く大事に思ってる。
リエルト皇子は、すごく二人に愛されているんだ。産まれるべくして産まれた人だ」

恭介の言葉に、猫も再び鳴いて尻尾を揺らす。

猫が何を知っているのか、はたまた適当に鳴いただけかは彼らに知る術もないが、リエルトは言葉を失い、頬を熱い涙が伝うのを止められなかった。

その時、リエルトの脳裏に、彼が所持していた手帳の走り書きが浮かぶ。

『許さない』

カインの去り際の言葉。

そして、アルガレス王家に子が産まれにくい理由。かけられた呪い。

全てが合致した後、導き出した答えに――リエルトは震える。

「あぁ……なんて、こと……貴方の本は、父の……」
「うん。書いている人は別みたいだけど、そう……なんだろうね」

リエルトの所持している手帳は、カインが旅に出ているときに書いていた日記。

形見であり、過去に行く際、足取りを知る手がかりとして持っていったものだ。

つまり――未来には書き上がっている、現在のカインが残していた手記。

それは、恭介の所持している【ルフティガルド戦争】の内容をカインの視点で書いた物に相違ない。

「許さない、とカイン皇子は僕に告げた。
僕が誰であれ、彼が一番守りたいのはシェリアさん……」

カインは、未来のリエルトがここにいることを知らない。しかし、リエルトがこうして手を下す前――つまり、歴史を変える前にもシェリアは何者かに連れ去られている。

その日……手記の日付は明日になっているが、手帳には【何がいけなかったのか!】【どこにいる】【返してくれ】【許さない】そう書かれていたはず。

「でも、じゃあ誰に……いや、誰か他の人物も、彼女を狙って……?」
「それは、まだわからない……けれど、ぼくたちがシェリアさんを奪還しようと動けば、相手もきっと妨害してくる。
あと、これだけは覚えていて……君が彼女を殺そうと思う度、現在のリエルト皇子の不幸に一歩近づいていく。
君がシェリアさんを殺してしまったら、リエルト皇子はレナードというこの世の存在ではない自分を恨むだろう。
そして現在のリエルト皇子が真実を知ったとき――アルガレス王家は滅亡の危機を迎える。
【亡国の呪い】……君たち王族にかけられている呪いは、とても強力なものだ」

アルガレス王家の呪いのことまで知っている――!

深い知識を持つ恭介へ驚愕や畏怖を覚えると共に、改めて彼が本気で未来を変えるためにこの世界へ来たのだと実感するリエルト。

「……レナード……いや、もう隠すことはない。未来のリエルト皇子。
君たちの呪いを解く第一歩を踏みだそう。
まず――ぼくらは、ぼくらのためにシェリアさんとカイン皇子の未来を、変えよう」

そうして差し出される恭介の手は、今まで聞いたどんな言葉よりも、誰よりも――力強かった。



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