【ルフティガルド戦乱/23話】

翌朝、カイン達は指定された部屋へ向かうと、そこには既にフィーアと恭介の姿があり、彼らを迎え入れてくれた。

「おはようございます。皆様予定時刻ぴったりですわね」

この部屋に足を踏み入れたとき、フィーアはメイドに茶を淹れるよう手配していたためこちらを向いていなかったが、指示出しを終えるとすぐに振り返り、カイン達と一緒に来たシェリアの具合を伺っている。

「怪我の具合はもう良いのですか?」
「そんな……怪我、というほどでもありません。
あの部屋から、気を失った私を引っ張ってきてくれたと聞きました。
あなたに危険が及ぶかもしれなかったでしょうに、本当にありがとうございます、フィーア様……」

フィーアはシェリアに礼を述べられ、宜しいのですよと柔らかな態度で応じているが、一番の重傷だった恭介や他の男性陣のことは全く見ていない。

「……キョウスケも、怪我はもう……?」
「え? あ、うん。王宮の治療師が治してくれたからね、普通には生活でき……ッ……」

心配顔のレティシスを安心させたかった恭介は、大丈夫アピールをするように胸を反らしたのだが、傷口が痛んだらしく、すぐにしかめっ面になる。

「お馬鹿さんですわね……。貴方は深手を負っていたのですわよ?
傷口付近を軽く塞いだだけだから、完治まで十日ほどかかるでしょうと治療師も言っていたのに。
そんな簡単に体力も傷も回復しません」

呆れたような顔でフィーアは恭介を見やるが、レティシスはそういうものなのか、と目を丸くする。

「ラーズさんやシェリアは、瀕死の俺を五日くらいで大方治してくれたけど」
「……イリスクラフトと通常の魔術師を同列に考えるなんて、愚か者も良いところですわね。
しかも、そのお二人に治療していただいて、20ソラリスで済んでいるんですの? その五倍は取って構いませんでしょうに……」

金額の件はカインがそれで良いって言ったからだ、と、レティシスは喉元まで言葉が出かかったが――辛うじて彼女の言葉に引っかかりを覚えたようだ。

「そういやなんで、20ソラリスのことまで知って……?」
「ふふ、わたくし自身の能力で知ったわけでは無いのですけど……それにしても貴方の狼狽ぶりは滑稽ですこと」

レティシスをからかうような口ぶりのフィーア。

各人の目の前に運ばれたティーカップの中で、ピンク色の茶がゆらゆらと水面を揺らし、部屋の風景を溶かす。

皆に茶を配り終えたメイドは一礼し、部屋を出て行くと重厚な木製の扉を閉めた。

一番恭介の素性を気にかけているカインも先ほどから口を開かない。部屋に流れるのは静寂ばかりだ。


「さて……」

恭介は順に皆の顔を見渡す。

この館の主であるフィーアが進行役ではなく、恭介が場を取り仕切るような態度を見せる理由は――ついに彼の秘密が明かされるからだと、皆は口に出さずとも理解している。

「たくさん話したいこともあって……でも、どこから話せば良いか、凄く迷うんだ。
なるべく順を追って話すつもりだけど、少し長くなるから、先に謝っておくよ」

そう告げる恭介も明るい口調はいつもと変わらないが、緊張した面持ちを隠せないままだ。

自分のことだけではなく彼らに関わることも話そうというのだから、どんな反応があるのか、あるいは口にしてしまって良いのかと悩むのは当然なのかもしれない。

茶で口を湿らせた後、恭介は深呼吸を一つ行い、ぼくが、と話し始めた。

「ぼくがヴォレン大陸へ来たのは、だいたい十年前のことだ。
……この世界では15歳で成人だというけど、当時12歳だったぼくは、本当に何も知らない子供だった。
この世界の同い年の子はみんなしっかりしているのに、ぼくは特に人生の目標も無く……せいぜい、大人になったら公務員になろうと思ったくらいだった」

カイン達にとって『公務員』というものがどのような存在なのかは想像もつかないだろうとも考えたが、恐らく脇道にそれるのでややこしいと感じた恭介はそのまま続ける。

「あの日……ぼくは普通に、東京の世田谷区にある自宅で本を読んでいただけなんだ。好きな本を。
それなのに、ぼくは気がついたら見知らぬ街の地面に座っていた。
『黒だ』『黒い人間だ』と騒ぐ人々に気がついて、顔を上げたら――家の面影は一切無い場所だった。
ここが一体どこなのか、なぜ外国人だらけなのか……意味が分からなかったよ」

苦笑いしながら、恭介はあのときの自分を振り返る。

何もかもが不明で、何がどうしてこうなったのかも分からない。産まれたときから黒いのだから、これがなんなのかすら知る由もない。

一番先に来た感情は、恐らく……戸惑いでは無く恐怖だったのだと思う。

「本当に何も分からなかった。
言葉だけは通じたけど、みんなぼくを見て喚いていた。
誰かが騒げば更に人も集まってきて、また視線が増える。自分一点に注がれることがだんだん恐くなった。
手元にあるのはお気に入りの本のみで、金目のものも所持していない。
耐えきれずその場から走って逃げ出したけど、頼る人も何もなくて、髪が黒いだけで注目されて……しばらくは泣いてばっかり。
甘い言葉をかけられて危うく売られそうになったりと、人の悪意に何度も遭った……もちろん、悪いことばかりでも無かったけどさ」

どういうわけか黒は稀少との事だから、自らの髪を切り売りして食料や路銀に換えた。

さほど切らずとも大変な額になったものだから、価値を知った後では、金額交渉も出来るほどになった。

衣食について困る事はなかったが、定住はできず転々とするしかなかったそうだ。

「……確かに『全てを話してくれる』と聞いたが……その苦労話は、オレたちに必要な話か?」
「カイン」

まだ続くのかと悪態をついたカインへ、隣のシェリアが小さく首を横に振った。

そんなことを言うなという意味なのだろうが、一部始終を見ていた恭介はごめんねと苦笑する。

「それもそうだね。少し端折っていこう。
……ブレゼシュタットにやってきたぼくは、ある伝承の残る村に年単位で滞在できる事となり、その村の巫女に聖なる場所へ案内され……不思議な力を得たんだ」

話しながら右目をさする恭介は、複雑そうな表情を浮かべていた。

「そこで得たぼくの能力は――近い未来を『視る』こと。いわば【予知】っていうやつだよ」
「予知だと……?」
「何を根拠にそんな嘘を」

にわかには信じがたい話にカインは眉を顰めたが、言葉で意見をはっきり口にしたのはレナードただ一人のみ。

「未来がわかるなんて怪しいものです」
「ぼくはこの能力で得た事に関して、何度も酷い事件を見た。嘘はつかない」

静かに、しかし強い意思を込めた口調で恭介はレナードへ告げるが、当の仮面の男は納得できかねる様子で口をへの字に結んでいる。

重くなりそうな雰囲気の中、そういえば、とラーズが昨日のことを思い出した。

「……近い未来、と言いますが……シェリアが倒れた事を言い当てましたね。
あの時、シェリアが倒れた事は経過からいって『過去』だったのではないですか?
貴方の能力が『予知』ならば、時間的に矛盾が発生しています」

あるいは、事前に予知していたというのか……ラーズはその質問も恭介へと投げかけ、答えを待つ。

「そうだよね、疑問に思われても不思議じゃない。実は、過去の事象が分かったのだけはぼくの力じゃないんだよ」

恭介は机の上に、いつも所持しているあの緑色の本を置いた。

「この本は、ぼくが手に取ったとき……ただの物語が載っていただけなんだ」

本の表紙を撫で、恭介はふっと笑う。

「この本……『ルフティガルド戦争』という題名でね。悲しくも美しいヒロイックファンタジー。
ぼくは、この本が読み物として好きだった。あ、もちろん、今も好きだよ。
主人公は、カイン・ラエルテ・アルガレス……そう――あなただ」

恭介は真面目な顔でカインを見据え、静かに告げると彼を指し示した。



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