翌朝、カイン達は指定された部屋へ向かうと、そこには既にフィーアと恭介の姿があり、彼らを迎え入れてくれた。
「おはようございます。皆様予定時刻ぴったりですわね」この部屋に足を踏み入れたとき、フィーアはメイドに茶を淹れるよう手配していたためこちらを向いていなかったが、指示出しを終えるとすぐに振り返り、カイン達と一緒に来たシェリアの具合を伺っている。
「怪我の具合はもう良いのですか?」フィーアはシェリアに礼を述べられ、宜しいのですよと柔らかな態度で応じているが、一番の重傷だった恭介や他の男性陣のことは全く見ていない。
「……キョウスケも、怪我はもう……?」心配顔のレティシスを安心させたかった恭介は、大丈夫アピールをするように胸を反らしたのだが、傷口が痛んだらしく、すぐにしかめっ面になる。
「お馬鹿さんですわね……。貴方は深手を負っていたのですわよ?呆れたような顔でフィーアは恭介を見やるが、レティシスはそういうものなのか、と目を丸くする。
「ラーズさんやシェリアは、瀕死の俺を五日くらいで大方治してくれたけど」金額の件はカインがそれで良いって言ったからだ、と、レティシスは喉元まで言葉が出かかったが――辛うじて彼女の言葉に引っかかりを覚えたようだ。
「そういやなんで、20ソラリスのことまで知って……?」レティシスをからかうような口ぶりのフィーア。
各人の目の前に運ばれたティーカップの中で、ピンク色の茶がゆらゆらと水面を揺らし、部屋の風景を溶かす。
皆に茶を配り終えたメイドは一礼し、部屋を出て行くと重厚な木製の扉を閉めた。
一番恭介の素性を気にかけているカインも先ほどから口を開かない。部屋に流れるのは静寂ばかりだ。
恭介は順に皆の顔を見渡す。
この館の主であるフィーアが進行役ではなく、恭介が場を取り仕切るような態度を見せる理由は――ついに彼の秘密が明かされるからだと、皆は口に出さずとも理解している。
「たくさん話したいこともあって……でも、どこから話せば良いか、凄く迷うんだ。そう告げる恭介も明るい口調はいつもと変わらないが、緊張した面持ちを隠せないままだ。
自分のことだけではなく彼らに関わることも話そうというのだから、どんな反応があるのか、あるいは口にしてしまって良いのかと悩むのは当然なのかもしれない。
茶で口を湿らせた後、恭介は深呼吸を一つ行い、ぼくが、と話し始めた。
「ぼくがヴォレン大陸へ来たのは、だいたい十年前のことだ。カイン達にとって『公務員』というものがどのような存在なのかは想像もつかないだろうとも考えたが、恐らく脇道にそれるのでややこしいと感じた恭介はそのまま続ける。
「あの日……ぼくは普通に、東京の世田谷区にある自宅で本を読んでいただけなんだ。好きな本を。苦笑いしながら、恭介はあのときの自分を振り返る。
何もかもが不明で、何がどうしてこうなったのかも分からない。産まれたときから黒いのだから、これがなんなのかすら知る由もない。
一番先に来た感情は、恐らく……戸惑いでは無く恐怖だったのだと思う。
「本当に何も分からなかった。どういうわけか黒は稀少との事だから、自らの髪を切り売りして食料や路銀に換えた。
さほど切らずとも大変な額になったものだから、価値を知った後では、金額交渉も出来るほどになった。
衣食について困る事はなかったが、定住はできず転々とするしかなかったそうだ。
「……確かに『全てを話してくれる』と聞いたが……その苦労話は、オレたちに必要な話か?」まだ続くのかと悪態をついたカインへ、隣のシェリアが小さく首を横に振った。
そんなことを言うなという意味なのだろうが、一部始終を見ていた恭介はごめんねと苦笑する。
「それもそうだね。少し端折っていこう。話しながら右目をさする恭介は、複雑そうな表情を浮かべていた。
「そこで得たぼくの能力は――近い未来を『視る』こと。いわば【予知】っていうやつだよ」にわかには信じがたい話にカインは眉を顰めたが、言葉で意見をはっきり口にしたのはレナードただ一人のみ。
「未来がわかるなんて怪しいものです」静かに、しかし強い意思を込めた口調で恭介はレナードへ告げるが、当の仮面の男は納得できかねる様子で口をへの字に結んでいる。
重くなりそうな雰囲気の中、そういえば、とラーズが昨日のことを思い出した。
「……近い未来、と言いますが……シェリアが倒れた事を言い当てましたね。あるいは、事前に予知していたというのか……ラーズはその質問も恭介へと投げかけ、答えを待つ。
「そうだよね、疑問に思われても不思議じゃない。実は、過去の事象が分かったのだけはぼくの力じゃないんだよ」恭介は机の上に、いつも所持しているあの緑色の本を置いた。
「この本は、ぼくが手に取ったとき……ただの物語が載っていただけなんだ」本の表紙を撫で、恭介はふっと笑う。
「この本……『ルフティガルド戦争』という題名でね。悲しくも美しいヒロイックファンタジー。恭介は真面目な顔でカインを見据え、静かに告げると彼を指し示した。
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