【ルフティガルド戦乱/4話】

「……仲間ではない? どういうことだ?」

魔物との交戦を終え、アルガレス帝国の西、ラウトレー領にあるザルツグリューネ村へ怪我人を担ぎ入れたカイン達。

そこで、カインから『君の仲間は助からないかもしれない』と告げられた仮面の青年――レナードというらしい――は、助けて貰った礼と共に、赤毛の男は仲間ではないと告げたのだった。


「自分も彼が倒れていたところを発見したのです」

つまり、レナードもカイン達と同じように、負傷者を見過ごしておけずにやって来たというわけだ。

「君は瀕死の見知らぬ男を、自らの命の危険すら顧みず助けた……というのか? 物好きな……」

怪訝そうな問いにもレナードはこくりと頷きつつ、唯一見える素肌である口元は弧を描いていた。

「ええ……まぁ。
そう言われると否定できませんが、見知らぬ人を助けに走ったのは、貴方達も同じだと思いますよ」
「確かにそうだ。しかし君は少々無謀ではないだろうか。
武器はない、後ろには退けない。あの後どうするつもりだったんだ」

諌めるわけではないけれどと、カインはあの時の事をそう指摘すると、レナードはお恥ずかしいと言いつつ苦笑する。

「武器は、ないわけではなかったのですが……普段使っているものが折れてしまったんです」

後は扱えない剣しかなくて、と、彼は荷物袋に入っている細長いものを指す。確かにその形状は剣に見えなくもない。

白い布に巻かれたものは半分以上は袋の中に納められているが、おおよその長さを目測すると1.3フェーツ(フェーツはこの世界の単位。約1.3メートル)ほど。

カインが持っている剣と大体同じくらいの大きさだろう。しかし、レナードの剣の事はさしたる問題ではない。

「君の連れではないとすると……彼はここに置いていくしかない、か」
「しかし、手当をしているのは……貴方のお連れの方ですよ」

死んでしまえば寺院に埋葬を任せても構わないだろうが、まだ助かる可能性はある。

ラーズも回復魔法は使えるのだが、深い怪我を負い、生命の危機に瀕しているような者、あるいは著しく衰弱している場合に魔法をかけると、生命力を削ることにしかならないため使用するには危険だという。

回復魔法にも様々あるが、外傷治療に関わる魔法は身体の機能を短時間で急速に発達させるため、傷口を魔法で塞ぐことは可能だが、体組織の活性化を急激に促すため体力を多少消耗させる。対象者への負担が大きいものなのだ。

しかし、魔法医療士の資格を持つシェリアは違う。自身の体力を媒介にして、相手に回復魔法をかけることが出来る。

その二人で、赤毛の男を治療しているというのだから、どちらかといえばカイン側が世話を焼いているに過ぎない。

「全くだ。彼には悪いが、足止めを食ってしまうな」

まだ出発したばかりだというのに、ややこしいことになってしまった。

「仕方ない、数日の間……怪我の経過もあるだろう、こちらで面倒を見よう。君は気にせず旅を続けてくれ」

カインはそう告げてレナードの側を離れようとすると、銀兜の剣士は首を横に振る。

「そうはいかないのです……カイン『皇子』」

レナードが小さく呟いた言葉は聞き逃せなかった。

無関心であったカインの瞳は驚きに見開かれ、注意深く男へと向けられる。

「オレは確かにカイン、という名だが……どなたかと勘違いしているのでは?」

そう言ったが、レナードは間違いないと首を横に振る。

「くすみのない金髪に、色の変わる青い瞳。相違ないかと思いますが」

カインの手が剣の柄に伸びる前に、レナードは『少々お耳に入れてほしい事がございます』と恭しく頭を下げた。

「宿泊者が我々のみとはいえ、廊下では仔細を憚られますので……話の出来る部屋に」
「……わかった。聞こう。部屋は既にいくつか借りていたはずだ」

レナードを先に歩かせ、カインは階段を上る。



予想はしていたが、宿の部屋は存外に狭い。

一人なら快適に過ごせるのだろうが、二人……それもほぼ初対面の男二人だ。居心地の悪さたるや筆舌に尽くしがたい。

室内に入る際、カインは注意深く部屋内部を観察し……足を踏み入れる。

「ご安心を。初めて来る場所ですし、罠を仕掛ける暇すらありませんでしたので、貴方に悪意も敵意も無いと断言します」

レナードは荷物を置き、二脚あるうちの一脚をカインへと薦め、自らも腰を下ろすと……懐から、筒状に丸められた羊皮紙を取り出した。

「……依頼者や内容全てを明かすことはできませんが、僕はとある貴族より貴方がたと同行するよう告げられました」

そうして、羊皮紙の一部分だけを広げてカインの方へと記述を見せる。

カインが手に取ろうとするのを避け、ご容赦くださいと謝罪もした。

「……依頼人は言えないのか」
「はい。その方との誓いを破ることになります。僕にとっては、守らねばならない約束なのです」
「ここで怪我をすることになるとしてもか?」

言いざま、カインは光剣を抜き放つとレナードの喉元へと突きつける。

感情を隠し、無表情のまま剣を突きつけるカイン。レナードが動こうとすれば、この剣は迷いなく血に濡れるのだろう。

しかし、自分の命が危うい状況になっても、レナードは慌てることなく静かに口を開く。

「たとえ皇子の命であろうとも、告げることはできません」

カインはじっと相手の様子を観察していたが、兜に覆われたその表情を読み解くのは難しい。

「依頼者の名も内容も明かせないというならば、貴様の正体くらいは言えるだろう? 兜を脱いで顔を見せ、名を告げろ」

すると、レナードは逡巡した後……出来ませんと力なく答える。カインもそれには不満そうに片眉を上げた。

「なぜ」
「……理由も申し上げられません」
「勝手に動向を申し出るだけではなく、理由や素性何もかもを告げられない? ふざけているのか?」
「滅相もない!!」

レナードは否定の意を見せたが、カインの表情は硬い。

貴様の言葉と行動全てが、信じるに値しないものだ――と如実に語っている。

「同行しようなど、こちらから願い下げだ。どこへなりとも行け」

吐き捨てられた拒絶と共に、その剣はレナードの喉元から離れて鞘へ戻った。

「……では、勝手についていくというのは構わないでしょうか。どうしても、動向を注視しなければならないのです」

それでもレナードは食い下がる。

「断る。どこの誰ともわからない輩に――」

背中は到底任せられん。カインがそう言いかけた所で、二度、部屋のドアが叩かれた。

「カイン様、わたしです。宿の主人がこの部屋の鍵を渡したというので……」

ラーズの声だ。カインはレナードを一瞥した後椅子から立ち上がり、部屋の扉を開ける。

緊張気味なラーズの表情はすぐに現れ、カインが出てきたと分かると幾分その表情を和らげた。

「あなたもいらしたのですか? 丁度良かった」

部屋の奥にレナードの姿を見たラーズは、レナードへ柔らかめな口調で赤毛の男の容体を説明し始める。

「まだ治療が終わったわけではありませんが……骨折は有れど、幸い内臓は傷がついていません。
そのため傷口を縫合し、失った血液を補うために増血を助ける術を施し、薬も投与しています。あとは意識を取り戻せば大分――」
「彼は、この男の仲間ではないそうだ。むしろ、我々の方へと用があるらしい」

カインが冷たく言い放つと、ラーズが真面目な顔でどういうことなのかとどちらにともなく説明を求める。

レナードはカインに話したことを再び、ラーズにも聞かせるが……イリスクラフトの次期当主には引っかかるところがあるらしい。

「レナードさんと言いましたか。カイン様に話せないけれど……逆にわたしになら話せること、などはありますか?」
「オレに話せないのに、ラーズに話せることなど……」
「いいえ、あなたにならお話しできることがあります」

力強く首肯した男に頷きかけるラーズ。しかし、カインのほうは解せないらしく、首を横に振った。

「なんだというんだ。貴様、言っていることが矛盾だらけでは? なぜ国の皇子には話せず、公爵のラーズには話せる?」
「……申し訳ありません」

そして、出るのはその言葉。

やはりカインの質問にも答えることはできない。本当に申し訳なさそうなレナードの様子に、カインは不服そうな顔をしたままだ。

「カイン様、先ほど怪我人を入れた部屋にシェリアがいます。
意識のない病人とはいえ、年頃の男と二人きりなど女一人では心細いでしょうから……側にいてやってはくださいませんか」

お願いしますと告げるラーズだが、そのままレナードとの密談に持ち込む気なのだろう。

確かにこうでも言わなければ、自分から動かなかっただろうとカイン自身も自覚はしていたので、了承の返事をすると部屋を出る。

ドアを閉めるとき、納得のいかない憮然とした様子だったのも、致し方ないのだろう。

「――では、納得のいくご説明をしていただけますね?」

足音が遠ざかっていくのを確かめつつ、ラーズは部屋に鍵をかけると消音結界を張り、静かな物腰でレナードを促した。



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