【ルフティガルド戦乱/3話】

翌朝、カインは城の礼拝堂で魔除けの儀式を受け、王より細身の長剣を預かった。

その刀身はまっすぐかつ片刃だが、先端の三分の一ほどが両刃となっているものだ。

横には白鞘が並べ置かれており、陽光をその身に受け、刀身は光剣の名にふさわしくきらきらと輝いている。

「光剣【ウィアス】……太陽神ルァンの創造法具(クリーチャー)にしてアルガレスの宝剣。これをお前に渡そう」

必ず剣と共に戻ってくるように、と言いながら、アレスは両手に持った剣を、カインへと差し出す。

「……必ずや」

受け取った剣は、見た目に反してなぜか重く感じる。

「信じる力が、強さになる――それがウィアスを授かったとき、太陽神ルァンから初代ラエルテ王へ伝えられた言葉だそうだ。
同じ名を持つお前も、もしかするとその言葉の意味を理解して使いこなすことができるかもしれんな」
「……約束はできませんが、その努力は致しましょう」

同じ名を持つとはいえ、自分の場合は家系図の『目印』でしかない。初代に出来たことが自分に出来るかどうかは、また別である。

カインは受け取ったばかりの剣を腰に差し、頭上につけている儀礼用の銀冠を両手で外すと、剣が乗っていた布の上へと置く。

「――では、王。アルガレスに一日も早い安寧を」
「うむ」

そうして、カインは王へ背を向け、礼拝堂を後にする。

ラーズやシェリアと無事に合流し、王宮の皆にしばしの別れを告げ、カインたちの姿はアルガレス城から離れていく。

シェリアの表情が暗かったのが気になったが、尋ねれば何でもないと気丈に振る舞われた。城門前で馬を借り受け、手綱を引きながらの移動。

彼らを笑顔で、あるいは心配そうに見送る兵たちの姿も、徐々に小さくなっていった。



しかし、その旅は初日から順調ではなかった。


馬上から巨大な魔物の影を目撃した時は気のせいかと思った。

しかし、嫌な予感が払拭できなかったため背丈ほどもある草をかき分けるようにしながら、道なき道を進んでいったカイン達が眼にしたのは、全身を血で塗りたくったような肌の色をした巨人。

三メートルはゆうにある筋骨隆々とした巨躯。

腕や足、背中や腹部といった箇所は硬そうな金の剛毛で覆われ、額には一角獣を思わせるような白い長角が生えている。

獲物を睨む瞳は魔族の証である赤い色。

白目の部分は血走っていて赤く充血し、この魔物が興奮状態であろうことが見て取れる。

「亜人の一種である巨人族、ではなかったようですが……魔族の巨人種が、このような場所に出現しているのは驚きました」

声を潜めるラーズに、カインは木々に身を隠すようにしながら『ああ』と短く返す。

「……あの巨人に人間が挑んでいるようだが……、不運としか言いようがないな」

彼の目に留まっていたのは巨人だけではない。

赤い巨人が蹴散らさんと腕を振るっている先には、一人の男性がいたのだ。

先ほどから聞こえていた交戦の気配は、恐らくこの状況から判断するに、あの男性と巨体の魔族で間違いないだろう。

男は顔半分ほど隠れてしまう銀色の兜を着けており、鼻から上は見えない。

唯一見えている口元は苦しそうに開かれ、白い歯はしっかりと噛みしめられていた。

鎖鎧を纏う肩は大きく上下し、鎖鎧の上に着込んだ青い長衣も同じように揺れる。

巨人の爪は鋭く、まるで鋼の様に硬い。男の平剣とぶつかり合っては、硬質な音がこの一帯の空気を震わせる。

様子を見守っているカインらの耳にも音の振動は伝わってきた。

「カイン様……あの男性、巨人の攻撃をひたすらに防御しているだけのようですが……」

剣で爪を受け流した後に、逃げようと思えば逃げ切る事は不可能ではなさそうだ。

だが、この仮面の男は敵に背を見せるでもなく、その爪をひたすらに剣で受け続けている。

巨人の体に無数の傷がついているのに対し、男の方は目立った傷が無いことにもカインとラーズは注目した。

「何故逃げない? 彼は囮でもしているのか……?」
「ねえ見て、あそこに誰か……倒れてる」

何か見つけたらしいシェリアがそっと指で示した方向。

巨人の剛力によって薙ぎ倒され、周囲に散らかされるように飛ぶ草木の片を避けつつ、カインは視線を彼らが交戦している場所の逆の方――つまり巨人の背中より後方――へと向けた。


そこには赤髪の男がうつ伏せの状態で地面に倒れていて、指一本すらピクリとも動かない。

どれほどの傷を負ったのかは分からないが彼の服にまで血が滲んでおり、腹部周辺を赤く染めていた。

「酷い出血……あの状態では生きているのか、死んでいるのかまでは分からないけど、このままじゃ……」

シェリアが言うとおり、時間が経てば経つほど仮面の男の状況はおろか、倒れている男の命も尽きることは、この年若い皇子にも魔術師にも分かりきっている事であった。

仮面の男も、この怪力魔族を相手にしていたせいで体力の限界が来たのだろう。

巨人の恐るべき力を秘めた拳の一撃を受けた剣は、衝撃に耐えきれず刀身は砕け散る。

粉砕された剣を投げ捨て、仮面の男性は数歩下がったが、やはり逃げ出そうとする気配はない。

どんな策があるのか、今度はその身一つで巨人の攻撃を引き付けるようだ。

倒れた男以外に仲間がいるのか、それとも……意識を回復し、起き上がってくるのを待っているのか。どちらにしろ――無謀であるし、仮面の男性が倒れるのも時間の問題だと思われた。

「……ラーズ、あの男がどのような者だとしても、今は丸腰だ。そして怪我人もいる」

カインの口調は有無を言わさぬ響きが込められていて、ラーズも異論はなかったのだが……あったとしても、この皇子は今耳を貸さないだろう。

「では、あの青年と巨人の間に氷柱を展開します」

ラーズはそう言いながら右手首の腕輪に触れる。

触れたそばから光の粒子が溢れ出し、細長く伸びたかと思うと身の丈ほどもある銀の杖に姿を変え、ラーズの手の中に納まった。

「ああ。出来れば魔法の槍であの魔族を刺し貫いても一向に構わないんだが」
「そうですね……カイン様が引きつけてくだされば」
「巨人にはいい思い出がないが、やれるだけやってみよう」

剣の柄に手をかけて要望を述べたカインの言葉を聞きつつ、ラーズは巨人から目を離さない。

「カイン、私も――」
「危ないから、兄の側を離れるなよ……ラーズ、そちらは頼んだ」

自らも加勢しようというシェリアをラーズの側へ押しやり、カインは剣をそろりと抜き、飛び出すタイミングを計っている。

シェリアはそっとカインへ風の精霊の加護を付与し、ラーズは杖に自らの魔力を集中させ、短い詠唱で術を完成させた。

巨大魔族の目に映るのは、自分を見上げる徒手空拳の人間ただ一人。太く赤い腕が、仮面ごと男を叩きつぶそうと大きく振り上げられたところで……ラーズは杖を振りかざす。

大地から突如生えた巨大な氷柱は、巨人の足を突き刺して地面へと縫い付け、振り下ろそうとしていた腕までもを貫いた。

「ガァアアアッ!!」

わけもわからぬまま刺される冷たい痛みに吼える巨人と、急に出現した氷柱を交互に見やった仮面の男。

「早くそこに転がっている怪我人を連れてこの場を離れろ! 見殺しになどできないのだろう!」

草叢から飛び出したカインは、男にそう告げると光剣を閃かせて巨人へと斬りかかる。

緩慢な動作で振り返った魔族は、急に現れた人間に訝しむ様子を見せたが――怪訝そうな表情は瞬時に歪められた。

ラーズの放った氷柱は巨人の動きと判断を鈍らせるに十分だったし、その隙にカインの剣が、魔族の腿を易々と切り裂いたためだ。

「早くしろ!」

仮面の男は、突然現れたカインの姿を唖然としたように見ていたが、カインにもう一度急かされると、弾かれたように赤毛の男の元へと駆け寄って行った。



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