【異世界の姫君/99話】

数日ぶりにルエリアと面会ができる。

その知らせはアヤを喜ばせると同時に、今後の不安も胸中に膨らむ。

何せ、アヤの滞在理由というのが、本来夜襲が起こるかどうかというところだったため、逃げ出さないようにするための処置でもあったのだ。

もう戦争は起こってしまったし、アヤはこの【姫】という役割も終えて構わないはずだ。

おそらく、ルエリアに呼ばれる事はそのあたりのことだろう。

身支度を済ませ、ピンク色のドレスを着用したアヤは、支度を手伝ってくれたリネットへにこやかに微笑む。

「今日もありがとう、リネット」
「ありがたいお言葉です。お気をつけて行ってらっしゃいませ」

扉の外にはレスターが待っていることだろう。

リネットが頭を下げてアヤを送り出し、寝室の扉を開けると――予想通りレスターが待っており、アヤに手を差し出した。

「もう支度は済んだのか?」
「はい、大丈夫です」

アヤは小さく頷いて、差し出された手のひらに、自身の手を軽く乗せた。



「遅かったな。待ちくたびれたぞ」

いつものように、足を組んで玉座に腰掛け、頬杖をついてこちらを見つめるルエリア。

騎士の礼を取りつつ、申し訳ございませんと謝罪するレスターだったが、隣で同じように跪くアヤも……同じように、表情を硬くしていた。


それもそのはず、広間には大臣はおろか、リスピア有数の諸侯達までずらっと並んでいたのだ。

アヤが連れてこられるや否や、その視線が集中的にアヤへと向けられた時には、緊張のあまり、快方に向かっているはずの体調が悪くなりそうだった。

「アヤ、気持ちは分かるが……そう縮こまらずともよい。おまえがそれだけ物珍しいだけだ」
「……はい……」

顔を上げることもままならず、アヤはガチガチに緊張している。

見ている方は楽しいらしくルエリアは目を細め、艶やかな唇の端が弧を描いていた。

「アヤ。今日おまえをここへ呼んだのは、重要な話があるからだ。およそ一週間前、おまえはこのリスピアに初めて訪れた日のことを覚えているか?」
「はい。勿論です。まるで昨日のことのように、はっきりと覚えております」

空から落ちてきたとき。中庭で初めて出会ったのは、ルエリア本人だった。

「そこで、おまえは余に重大な話を打ち明けたが……その内容をここで申してみよ」

どういう意図なのかはわからないが、ルエリアの命令とあらば従わないわけにはいかない。

アヤは頷き、エルティア戦記のことは黙っていた方がいいのかなと思いつつ、語りだした。

「私がルエリア様にお会いしたのは睡龍月の23日のことでした。そこで、睡龍月の26日に……クレイグとゴヴァンが魔族と手を組み、反乱を起こす――そうお伝えいたしました」

そこで言葉をいったん切って隣をちらりと伺うと、レスターはルエリアへ跪いた姿勢のまま、アヤへ視線を向けていた。

その視線は冷たいものではなく、見守る暖かさがあったので、アヤは言葉を続けた。

「……その戦いで、今私の隣にいる聖騎士レスター・ルガーテが皆の出陣準備や避難の時間を稼ぐため、
たった一人で戦い、命を落とすのだとお伝えもしたのです。現実はありがたいことに、生き残ってくださいましたが……」
「アヤはティレシア王家の末裔であり、予知の力を秘めていたのだ。
この力を悪用されるわけにもゆかず、余の一存で姫を客人としてほぼ全ての情報を明かさなかった。
それについては諸侯等には深く詫びよう」

ルエリアの言葉にざわざわと騒がしくなる室内。

ある者はアヤがティレシア王家と聞いて驚いており、またある者はルエリアの口から謝罪じみた言葉があったことに驚いている。

「お静かに」

トリスが右手を前へ出して皆を静かにさせると、ルエリアがそれぞれの顔を見渡しながら厳かにいった。

「姫の予知は回を重ねるごとに、正確になっていった。
そして、姫の力を狙う者も現れ……離宮への襲撃があったのも記憶に新しいと思う。
首謀者であるクレイグは捕らえたが、ゴヴァンはまだ潜伏しているようだな。
まだ捕まえることは叶わずだが……姫の力があれば、突き止めることもできるだろう」

実はヒューバートに調査を任せていたのだが、とも告げ、ちらりと涼やかな目を大臣から諸侯等に移す。

「まさかとは思うが、反逆者を匿うような奴はおるまい?
匿えば一族の領地や財産も没収の上身分剥奪――という処遇があるので、この中にそういった輩が居ないのは余も信じておる」

嘘だ。と、この場にいる全員の心が一つになる程度に、ルエリアの言葉には空恐ろしいものを感じ取れる。

「恐れながら陛下。お伺いしたいことがございます」

そして、貴族らしき格好をした中年の男性が軽く手を挙げ、意見をする。

ルエリアが無言で頷き、許可を出すと男は額に浮いた汗をハンカチで拭き取りつつ、アヤのほうへ胡乱げな視線を送りながら慎重に言った。

「陛下のお言葉を疑うわけではないのですが……
この姫君は、本当にティレシア王家の末裔なのでございますか?
王家は神の怒りに触れて滅んだとも言われておりますし、10年前の事も……。
本当に末裔なのであれば、証拠となるようなものはおありなのでしょうか?」

ぎくりと顔が強ばったアヤだが、ルエリアは心配ないというように穏やかな笑顔を向け、すぐに先ほどの貴族へ視線を送る。

「結論から言えば、その黒い目と髪以外に、形有る証拠を貴公に見せてやることしか出来ぬ。
ティレシア王家の者には、身体のどこかに王家の印が浮き上がるという。
余はそれを見て知っているが、それをここで証明することになれば、姫に恥をかかせることになろう。
あるかないかは、余と姫の信頼の出来る騎士一名とで確認を行った。結果は追々伝えるので、安心するがいい」

そうまで言われてしまえば、男にもこれ以上ここで追求も出来ない。はいと答え、再び椅子に腰掛けた。


「まぁ、姫にはそうして協力してもらったが。今後の処遇を申し渡さねばならぬ」

――来た。

アヤは身を固くして、言い渡される処置を考えながら、絨毯の上に流れる自分の黒髪を見つめていた。

ルエリアはトリスに羊皮紙の書状を持ってこさせると勿体ぶったようにゆっくりそれを開き、一同の顔を見渡した後読み上げる。


「ティレシア王家の末裔、アヤ・ヒュムカ・ティレシアスは――リスピア王家の庇護下に加わる。
よって、リスピア王国女王、ルエリア・ラファイエット・リスピアの義妹として契りを交わすことを要求する」
「……え?」

突然の申し出はアヤとって青天の霹靂だったというように、目を見開き、ルエリアを見つめて固まってしまった。

これには――文句が諸侯たちから噴出するかと思いきや、苦い顔をするものも居るというだけで、不満はあるようだが文句をいうものは居なかった。

恐らくルエリアが根回しをしたのか、何か弱みを握っているのか……ともかく、レスターがほっとした顔をしているようだから、アヤが寝込んでいる間に何かしらの悶着があったのは事実だろう。


「それについても、後でゆっくり話がある。アヤ、現状おまえに不満はあるか?」

ルエリアに話を振られて、混乱した頭でいろいろと言いたいことがあるのかを考えてみる。

(不満はないけれど。現状が飲み込めません……一体どうなっちゃってるの? 私に聞き覚えのない苗字ついていたし、義妹、とか……。
つまり、ルエリア様の妹になれって事なの? どうしよう、それは大変なこと……な気がする……)
「ふむ。不満はないようだな」

必死に色々考えているのはルエリアにも分かったが、暫し待っても答えは出ないようなので、勝手に問題ないとした。

「国民への報告も考えねばなるまいが、今は時期ではないな。それは追々話を詰めていくとしよう。
皆、ご苦労であった。それぞれの範囲で今回の戦の被害があったものは後日報告書を持って大臣に渡せ。
大臣は、早急に修復が必要な物があるもののみを余に渡せ。いいな、必要なものだけだぞ」

そうして、各自の『仕事』に戻るため、退出していく彼らを見送り……再びがらんとした、いつものような空間。


しんと静まり返った広間の中で、ルエリアは突然笑い出した。

「どうした、アヤ。久しぶりの会見で何か言い出すかと思ったが、借りてきた猫のように大人しかったではないか」
「陛下、アヤ様は何もお聞きになっていなかったのでしょう。
あれでは驚いて言葉を失うのも無理はありませぬ」

トリスが苦い顔をしてルエリアにそう進言したのだが、まぁそうだろうなとルエリアもさらっと口にする。

「おまえに話さずに物事を決めてしまったのは、致し方無いと思ってくれ。
だいいち、そんな話を持ちかけても反応できなかっただろうし、辞退するに決まっているからな」

アヤは人々が退室したこともあって、ようやく息をつくことができるというように深く息を吸って、ゆっくり吐いた。

「ルエリア様のお心遣いは大変有り難かったのですけど……これは、辞退することはできませんよね……?」

辞退出来ないことはないのだがとルエリアは言って、トリスにその場合どうなると訊いた。


「もしアヤ様が陛下のご提案を辞退されると……まず大きな欠点としては、今後リスピア王家の力は借りることはできなくなりましょう。アヤ様にとって、大きな後ろ盾を失うわけです。
次に、今滞在していらっしゃる離宮も即座に出て頂きます。こちらは陛下のご厚意で許可が降りている形でしたので、陛下の御心を無礙にして尚使用させるわけには参りません。
そして、その後は……あの諸侯たちが黙っておりますまい。
姫は類まれな美しさと能力を持っておられます。それを手に入れようと、あの手この手で……いいえ、拉致してでも連れ帰らせようとするものが出るでしょう。
その後は、言わずもがな。衣食住は安定しましょうが、望まぬ相手と望まぬ暮らしを強要されることは否めませぬ」

「…………」

そこまで言われて、流石にアヤも顔を青くした。

「理解したか、アヤ? おまえは余と出会えたことを好運に思うがいい」

どこか勝ち誇ったような顔をするルエリア。アヤも、自分の立場を考えれば拒否は出来ないのも理解できたらしい。

「今後とも宜しくお願いします……」

深々と頭を下げたアヤに、ルエリアはわかれば良い、と鷹揚に頷いた。

「では、アヤ。もう下がって良いぞ。レスターは離宮まで送り届けた後、再びここに参れ」
「はっ」

レスターがキビキビとした動作で立ち上がり、アヤに手を差し伸べると、彼女を伴って退室する。


広間を出て離宮に向かう道を歩いていると、アヤは大きなため息をついてしまったのでレスターに笑われた。

「心中は察するに余りある。だが、アヤが陛下の庇護の元にあるのは安心だ。
わたしがアヤを引き取りたいと進言したところ、城勤めで守りきれるわけがなかろうとひどく叱られた」

苦笑するレスターに、その気持ちが非常に嬉しいとアヤが感激するので、レスターは少々照れたように頬をかいた。

「……そうできれば、良かったんだが。当面ゆっくりとアヤの側にいる事はできないし、わたしとしても心配事は山積みだ」

ヒューバートやレティシスの身体は、魔法治療士の手によって傷口を塞いだものの……

今後一切の支障が残らぬように、ゆっくり時間をかけて傷内部を癒すため、見積もって二ヶ月程度の治療期間が掛かりそうなのである。

「レスター様もお怪我をされたのに、歩きまわっては……」
「うん……まぁ、そうなのだが……。もう二人の聖騎士も大怪我を負ってしまったし、ロベルトやアンジェラに護衛を任せるわけにもいかないと仰るので……ガルデル様も常にいらっしゃるのだが、神格騎士の下は我々聖騎士に護衛の任が続いている」

レスター様がその任を引き受けることになっているから、ロベルトさんはまたうるさいのだろうな、とアヤは考えて苦笑した。


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