ルエリアの命令もあり、レティシスに背中を押されつつ、顔を青くしたアヤはレスターの側へと向かう。
救護を妨害するためにカインが剣を振るってくるかと思いきや――予想に反して襲いかかる気配はなかった。
カインにとって、ヒューバートやレスターの生死など目的ではない。
それゆえ、いてもいなくても同じ……むしろ、いない方がやりやすいということか。
予知ができるアヤはカインにとって必要のはずだが、カインは彼女ではなくその隣にいるレティシスに射るような視線を向けていた。
言いながらレスターの腕を掴んで引っぱり立たせ、ヒューバートにも追い立てるように手で『行け』という素振りをするレティシス。
アヤに向き直ると、約束は守ったぞと気だるそうに言った。
そうさらっと言うレティシスも、あちこちに負傷しているようだ。
「……はい。アヤの礼を適当に流し、またなと言って背を向ける。
レスターの意識はしっかりあるのだが、大腿部の傷は深いようで、上手く力が入らず歩けないようだ。
「……部屋の外まで、一旦出よう。残念ながら僕らは邪魔にしかならないから」そんな彼に、同じく怪我をしているヒューバートが肩を貸す。
ヒューバートですら血の気のない青い顔に、言い尽くせぬ悔しさを滲ませていた。
慌ててアヤが城内に通じる扉を開きに行って、戻ってくるとどちらに手を差し伸べるべきか迷い……出血の具合を見た。
「……姫、僕はまだ大丈夫です。アヤの躊躇いを察知したらしいヒューバートが助言し、頷いたアヤはレスターの体に手を添えて、ゆっくり部屋を出ていった。
それを見送ったルエリアは、カインの握っている光剣を見つめながら口を開いた。
カインは答えず、視線を投げるだけだ。
「光剣の能力は、周囲の時が止まったかと思うほどに自分が速く動くことが出来た、と記憶しているが。そこまで言って、ルエリアはカインへ剣を向けた。
「分身を斬ろうが、本体を斬ろうが……どちらでもおまえの身体に傷がつくというのに」カインの問いに、ばかめ、と言い放ったルエリアは――ふっと目を細めた。
そう言った女王の表情は僅かに翳る。
いくら女神と勇者の娘とはいえルエリアとて万能ではない。
救ってやれぬ兵たちも多く出てしまった事だろう。
それを嘆かぬほど薄情ではないが、一国を預かる身として表情に出してしまえば、兵の士気も落ちよう。
ヒューバートはともかく、レスターも良く耐えた。
二人を退かせたのも無駄に命を散らす必要がない事と――レティシスが来れば、勝てる算段はあったからだ。
ルエリアは再びいつものように余裕を持った顔つきに戻り、カインを見据えた。
アルガレス帝国は、旧い血筋を脈々と受け継ぐ王族である。
遥か昔に、太陽神ルァンより受けた――いわば、祝福のようなものがある。
それは子孫である彼にもあるはずなのだが……ルエリアは不可解そうに眉を寄せた。
前に顔を合わせたときには、確かにそれは『あった』のだ。
魔王となってしまったから消えるようなものではないはずだ。
ルァンが消したということは考えにくい……。
カインはルエリアに疾走し、瞬時に彼女の側面から剣を振るうと同時、即座に分身してルエリアの背後に回ると淡く発光する剣を恐ろしい速さで横に薙いだ。
ほぼ前後から同時に繰り出される攻撃を、ルエリアは上半身を逸らして躱し、背からに迫る攻撃を後ろ手に構えた剣で受け止めた。
憎々しげに自分を見つめるカインに、ルエリアは自分の考えが間違っていないのを確信した。
「……シェリアもよくやったものだ。だが、ではその力もどこに消えたものか……」もう一度、カインは黙れと言って剣に力を込めるが、踏み込んできたレティシスの剣を躱すために後方へ飛び退いた。
着地した彼を、更にレティシスが追って剣を交わらせる。
数撃と剣をかち合わせつつ、二人の視線は幾度も強く、憎々しげに絡み合う。
「――正直、俺はあんたを……生かしておきたくはない。アイオラとあんたのせいで、シェリアが……!」カインの嘲笑に、ぐっと感情を堪えたレティシスは唇を噛んで睨むに留める。
「あんたは……最低だ」カインの攻撃を受け止め、素早い一撃を見舞うレティシス。
剣先がカインの頬をかすめ、薄く切り裂くと、斬られていないカインの分身からも同じ個所に血が滲んだ。
「ひとの女を奪って逃げるような奴に最低と罵られると思わなかったな」ルエリアから小突かれ、レティシスは口を尖らせながら気持ちを切り替える。
「素直に応酬するなんてバカだな。おまえではあの小僧と口論しても勝てんぞ」冷ややかに指摘されたのも割と気恥ずかしいので、レティシスは咳払いをして剣を構え直した。