【異世界の姫君/95話】

ルエリアの命令もあり、レティシスに背中を押されつつ、顔を青くしたアヤはレスターの側へと向かう。

救護を妨害するためにカインが剣を振るってくるかと思いきや――予想に反して襲いかかる気配はなかった。

カインにとって、ヒューバートやレスターの生死など目的ではない。

それゆえ、いてもいなくても同じ……むしろ、いない方がやりやすいということか。

予知ができるアヤはカインにとって必要のはずだが、カインは彼女ではなくその隣にいるレティシスに射るような視線を向けていた。


「ラーズを帰したのも貴様か。
10年前と同じように……まだ俺の妨害をしようというのか、レティシス」
「あんたの妨害をしているわけじゃない。
当時から俺の進むべき目標は変わっていないだけだ」

言いながらレスターの腕を掴んで引っぱり立たせ、ヒューバートにも追い立てるように手で『行け』という素振りをするレティシス。

アヤに向き直ると、約束は守ったぞと気だるそうに言った。


「……必ず、カインは止める。
だからあんたは、そいつらをちゃんと面倒みてやれよ。
リスピアとあんたを守ってた騎士様たちだからな」

そうさらっと言うレティシスも、あちこちに負傷しているようだ。

「……はい。
レティシス……ありがとう、ほんとに……」
「ふん。あんたの為にやってるワケじゃないから、礼なんて要らない」

アヤの礼を適当に流し、またなと言って背を向ける。

レスターの意識はしっかりあるのだが、大腿部の傷は深いようで、上手く力が入らず歩けないようだ。

「……部屋の外まで、一旦出よう。残念ながら僕らは邪魔にしかならないから」

そんな彼に、同じく怪我をしているヒューバートが肩を貸す。

ヒューバートですら血の気のない青い顔に、言い尽くせぬ悔しさを滲ませていた。

慌ててアヤが城内に通じる扉を開きに行って、戻ってくるとどちらに手を差し伸べるべきか迷い……出血の具合を見た。

「……姫、僕はまだ大丈夫です。
どうか反対側からレスターを支えてやってください……」

アヤの躊躇いを察知したらしいヒューバートが助言し、頷いたアヤはレスターの体に手を添えて、ゆっくり部屋を出ていった。


それを見送ったルエリアは、カインの握っている光剣を見つめながら口を開いた。


「――アルガレスの創造法具であり、王家に伝わる光剣【ウィアス】
リスピアの創造法具を作成したのは月の女神エリスだが、アルガレスの創造法具を作ったのは太陽神ルァンだった」

カインは答えず、視線を投げるだけだ。

「光剣の能力は、周囲の時が止まったかと思うほどに自分が速く動くことが出来た、と記憶しているが。
己と同等の力を持った分身を作り上げることができる――という能力ではなかろう?
どうあれ、うちの騎士たちはおまえに手傷を負わせることすらできぬ体たらく……また鍛え上げねばなるまいな」

そこまで言って、ルエリアはカインへ剣を向けた。

「分身を斬ろうが、本体を斬ろうが……どちらでもおまえの身体に傷がつくというのに」
「そこまでわかっていながら、手を貸さなかったのは我が身可愛さか?」

カインの問いに、ばかめ、と言い放ったルエリアは――ふっと目を細めた。


「余に命を預け、懸命に応えてくれる兵たちだ。愛でぬわけがあるまい。
だからといって余が何でも手を出していたら身体が追い付かぬ。
それに、男の矜持もあろう?
兵は捨て駒ではない。命を無駄に散らさせぬ程度の配慮はしているつもりだ……」

そう言った女王の表情は僅かに翳る。


いくら女神と勇者の娘とはいえルエリアとて万能ではない。

救ってやれぬ兵たちも多く出てしまった事だろう。

それを嘆かぬほど薄情ではないが、一国を預かる身として表情に出してしまえば、兵の士気も落ちよう。

ヒューバートはともかく、レスターも良く耐えた。

二人を退かせたのも無駄に命を散らす必要がない事と――レティシスが来れば、勝てる算段はあったからだ。

ルエリアは再びいつものように余裕を持った顔つきに戻り、カインを見据えた。



アルガレス帝国は、旧い血筋を脈々と受け継ぐ王族である。

遥か昔に、太陽神ルァンより受けた――いわば、祝福のようなものがある。

それは子孫である彼にもあるはずなのだが……ルエリアは不可解そうに眉を寄せた。

前に顔を合わせたときには、確かにそれは『あった』のだ。


「……おまえはどうなっている。なぜその身にあるはずのルァンの祝福を感じぬ?」
「…………答える必要はない」

魔王となってしまったから消えるようなものではないはずだ。

ルァンが消したということは考えにくい……。


「おまえ――そうか、ルァンの祝福も魂から分離したのか!
はは、それは傑作だ。神から見放されてもなお、その剣を自力で使うとはたいしたものだ!」
「――黙れ!」

カインはルエリアに疾走し、瞬時に彼女の側面から剣を振るうと同時、即座に分身してルエリアの背後に回ると淡く発光する剣を恐ろしい速さで横に薙いだ。

ほぼ前後から同時に繰り出される攻撃を、ルエリアは上半身を逸らして躱し、背からに迫る攻撃を後ろ手に構えた剣で受け止めた。

憎々しげに自分を見つめるカインに、ルエリアは自分の考えが間違っていないのを確信した。

「……シェリアもよくやったものだ。だが、ではその力もどこに消えたものか……」
「貴様が考えを巡らせる事でもない」

もう一度、カインは黙れと言って剣に力を込めるが、踏み込んできたレティシスの剣を躱すために後方へ飛び退いた。

着地した彼を、更にレティシスが追って剣を交わらせる。

数撃と剣をかち合わせつつ、二人の視線は幾度も強く、憎々しげに絡み合う。

「――正直、俺はあんたを……生かしておきたくはない。アイオラとあんたのせいで、シェリアが……!」
「口を開けばシェリア、シェリアとうるさいな……俺があれを刺した時に、殺してやると叫んでいたのが懐かしいな。
力を解放できた暁には、亡骸を貴様にくれてやる。その様子じゃまだ好きなんだろう? 離さないよう抱いて寝るといい」

カインの嘲笑に、ぐっと感情を堪えたレティシスは唇を噛んで睨むに留める。

「あんたは……最低だ」

カインの攻撃を受け止め、素早い一撃を見舞うレティシス。

剣先がカインの頬をかすめ、薄く切り裂くと、斬られていないカインの分身からも同じ個所に血が滲んだ。

「ひとの女を奪って逃げるような奴に最低と罵られると思わなかったな」
「都合良いときだけ『自分の』って言ってんじゃ……!」
「わかりやすい挑発に乗るな!」

ルエリアから小突かれ、レティシスは口を尖らせながら気持ちを切り替える。

「素直に応酬するなんてバカだな。おまえではあの小僧と口論しても勝てんぞ」
「……うるさいな!」

冷ややかに指摘されたのも割と気恥ずかしいので、レティシスは咳払いをして剣を構え直した。


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