ヒューバートの創造法具【アルトリオン】は――敵にすると非常に厄介なものだった。
厄介だというのは創造宝具全てにいえることではあるが、アルトリオンは格別である。
持ち主が剣を振れば、その軌道にそのまま剣の刃が出現するようなものなのだ。
刃を避けても片手に持っているもう一対の細剣が突き出され、そちらも直線上――ある程度までは伸びる。
アルトリオンの刃幅はもとより、長さも自在に変わるのだ。
さしものカインでさえ、剣士としての勘がうまく働かなくなるのは好ましくないようでアルトリオンを弾きつつ、延びたり広がったりするデタラメな剣を睨みつけた。
「どうせ、まだ細分化できるのだろう?」さらりと肯定してなお、その一対の剣を巧みに操ってカインを壁に追いつめていく。
胸の前で両手を組み、祈りを捧げるような形にしつつアヤは闘いの行く末を見守っている。
先程は押されていたのでどうなることかとレスターを仰ぎ見たものだが、彼は大丈夫だという顔で頷いてくれた。
そして、今はこうして再び勢いを持っている。やはりリスピアの神格騎士というのは、肩書きだけではなく圧倒的な強さを持っているようだ。
だが、カインも手立てがなく防戦を続けているわけではなかったようだ。
細剣での突きを手甲で外側に弾き、間合いの内側へと入り込む。
ヒューバートの瞬時の判断――逆手に持ち替えての薙ぎ払いを、カインは剣で易々と受け止めた。
即座に屈むと膝を曲げ、素早く相手の軸足を蹴って払う。
がくりと体勢を崩しかけたヒューバートは腕の力で跳ね上がり、体勢を整えると間合いを離すために後方へ着地する。
素早く顔を上げた先……カインは剣を構えて目を閉じていた。
余裕ですねと軽口を叩こうとした瞬間、ヒューバートの表情が凍り付く。背後に恐ろしい気配が瞬間的に現れたのだ。
レスターがそう叫び、槍を握り直すと加勢に走った。
背後を振り返ったヒューバートが見たものは……そこにいる、カインの姿。
「なん――」前にいるはずのカインは、彼の後ろに回り込んでいた。
ヒューバートの踏み込みのおおよその幅、剣速、特徴……そういったものを判断し、これで状況を一気に覆すつもりだろうか。
レスターは、背後で剣を受け止めたヒューバートの正面へ滑りこむように割って入り、カインの一撃を槍で受け止める。
相手は片手で、自分は両手で槍を握っているというのに、ぎしりと力に押された。
「――これが、アルガレス帝国の創造法具、光剣ウィアス……の能力……!」そう言ってカインが驚嘆しているレスターの槍を弾くと、二人のカインは薄い笑みを向けた。
「……!!」アヤは悲鳴を出さぬよう両手で口を押さえ、深い恐怖を抱く。
ヒューバートが負傷しなかったのはレスターの手助けによるところも大きいが、これでレスターが負傷してしまうのかと心配したからだ。
しかし、レスターは臆する事なくヒューバートと並び立った。
その言葉に小さく笑った後、ヒューバートは真剣な面持ちで『危なくなったら下がってね』と忠告しつつ、カインを見据えた。
未だ傷ひとつ付けられず、悠々と彼らの前に立っている。
人類にとっての英雄は魔王になった。
「……一体、あなたにとって救世主であるのと、魔王であるのは……どちらのほうが幸せだったんでしょう」哀れむでもなくヒューバートが口を開くと、カインはどちらでも同じだと言った。
「救世主として人間たちに祭り上げられたとて、俺に世界は――いや、誰がやろうとも、世界に平和は訪れない。俺は俺だけの目的を叶えようとするだけだ、と言った。
アヤは辛そうな顔でカインに問いかける。
すると、金の髪をした青年は……黙って彼女に視線を向けた。
「あなたたちの事情は何も知りませんが……。そこまで言ったアヤは、カインが急に殺気立つのを感じた。
その気配はレスターにも伝わり、ヒューバートと共にアヤを守るようにカインの前へと立ちふさがる。
だから、あの女を殺して力を戻す――と感情の籠もらぬ口調で告げる。
それが、かつての仲間に対しての態度なのだろうか。
カインの視線や言葉の端々に恐ろしさを感じたが、なぜだか、アヤはシェリアという会ったこともない女性に感情を寄せているようだ。
そして、悲しくて仕方がないという顔で目を伏せた。
「……どうしてですか。カインは静かに問うのだが、アヤはそれに対して口ごもる。
「…………私に人を殺すことは……できないと思います」呆れたようにカインが尋ねたところで、レスターから『いい加減にしろ』と槍を向けられた。
レスターがもしもここで、カインに殺されてしまったらどうなのか――実際にここで起こり得る事柄なだけに、アヤはそれを思うだけで、恐怖と辛さに胸が張り裂けそうになる。
アヤがレスターを守ってあげたいと思う気持ちは確かだ。
ただ、武力を持っていないというだけ。
日本に生まれて育ち……戦争はしない、人を殺すのはいけないこと、という法の内容を何も疑うことなく過ごしてきたのだ。
自衛隊に入隊したのであれば、防衛に対する考え方や価値観も少しは変わったのかもしれないが――争いはできるだけ避けたいという性格もあり、それが許される環境だったから、こうしてやってこれた。
最初からこの世界に生まれていたとしたら、きっとこの考え方ではなかったのだろう。
「もしも剣を握るだけで……傷つけずに威嚇だけでいいのなら。それだけで大切な人を守れるならそうするでしょう……。カインはアヤの考えが理解できないらしく、首を横に振って『優しすぎるお姫様だな』と侮蔑した。
「――でも。そうなっても、大事な人には生きていてほしいから、逃げて、って言います。そっと、アヤはカインを睨み付けるレスターの横顔を見つめた。
冗談ではなく偽らざる気持ちだった。
勿論、レスターが一人でも生きたいというならば、この身を盾にしても構わない。
しかし、アヤの言葉を聞いていたカインは辟易したような顔をしている。
「殺されるためだけにいるようなものだな」敵が『仲間だけでも見逃してくれ』と乞うたとしても、むざむざ逃すわけはないのだ。
それはカインだけではなく、恐らくルエリアやヒューバートたちでさえ同じようにするだろうし、そう考えているに違いない。
「……つくづく。女というのは理解しがたいな。何か思うところでもあったのか、カインはアヤを視界から外す。ルエリアのことではなく、外を気にしたようだ。
少々意外ではあったが、ラーズが負傷したのであれば、ここを早々に片づけてしまわなければいけなくなったようだ。
カインは再び――自分の前に立っている騎士たちを見つめ、遊んでいる時間はなくなった、と告げた。
どうする、と言い終わらぬうちに、騎士たちは無言のまま絨毯を踏みしめて左右に散り、同時に疾走しカインへ武器を振るう。
双方の攻撃を受け止めたカインは、死に急ぐ愚か者どもが、と口にした。
カインは厳かに告げ、海の底より深い蒼の瞳で彼らを捉えた。