【異世界の姫君/90話】

人間を封じている――。


それがどのようにされている状態なのかは分からなくとも、言葉はとても衝撃的だった。

しかも、封じているのは……シェリア・イリスクラフト……恐らくマジックマスターと同じ家の者。

ならば、カインは――かつての仲間を取り返しに来た、という事では――ないのだろうか?


「ルエリア様……あの方の仰っていることは本当なのですか?
本当に、その人は魔王の力を持っているから封じられているんですか?
その他になにか……悪いことをしてしまったからなんですか?」

アヤはまだ信じたくないという気持ちを込めてルエリアへ尋ねる。

だが、女王は表情を変えずに魔王の力を持つものだからと肯定しただけだった。


「魔王は呪いのようなもの。倒したとしても今度は倒した者が魔王となる。
我々人間は、それを知らなかったのだよ。
カインを守るために、シェリアは魔王の力を半分引き剥がし弱体化させる方法を選んだのだ。結果――」
薔薇のような赤い唇を引き結んだルエリアは、目の前にいるカインを睨みつける。
「魔王の力を己の身体に抱き込んだシェリアは、激昂したそいつに殺されかけた。
それを庇って、レティシスがリスピアに連れてきた……いくつかの厄介事と一緒にな」

重傷を負ってなお……彼女は自身を封じることを願ったのだそうだ。


「そのレティシスも当然無事ではなかった。奴は当時さほど強くなかったからな。
己も傷つき、いつ死ぬかも分からぬシェリアを抱え、運良くこのリスピア領で倒れた。
そのまま二人は回収され、シェリアは封じた」

その事実に少なからず安堵したアヤだったが、レスターもそれは知らなかったようで、言葉を失うほどに驚いていた。

唯一興味がなさそうだったのは、当事者であるカインだ。

「いいように端折っているが――もう年寄りの長話はいいか?
冥土に行く前に誰かに話せて良かったな。運が良ければ後世に伝えられるだろう」

ルエリアの話が終わるのを待っていたかのように口を開き、カインは輝く長剣を向けた。

「あれは俺の能力(もの)だ。返してもらうぞ!!」
「自分自身に負けたおまえには、何一つ手にする資格はない!」

ほざけ、とカインは叫び、恐ろしいまでの闘気を解放する。

今までの対応から高潔にも見えた雰囲気はがらりと変わり、アヤですら目には見えずとも、その『気』にとてつもない禍々しさや威圧感があるのかが判った。

レスターはアヤを後方に引き、槍を斜めに構えてルエリアとカインが視界に入るよう位置を変える。

「アヤ、わたしの側から絶対に離れてはいけない……!」

顔を向けぬままだが、緊張によりレスターの声には硬さが交じる。

はい、と答えたアヤだったが、まだ話のショックが尾を引いているようだ。


争いを止めることは出来ない。もう話し合いで解決できるレベルではないのだ。

そうアヤは実感した。

先に動いたのはカインで、疾風のような速度でルエリアの元へ駆ける。

その勢いを殺さぬまま、女王の白い喉を貫こうと剣先が伸びた。


カインが間合いを詰めてきた瞬間、ベランダから飛び込んできた黒い影が二人の間に割り込む。

金属同士がかち合う甲高い音と共に、振られる剣を跳ね上げたのは――ルエリアでも、レスターでもない。

「お久しぶりですね、皇子……。僕の事を覚えていますか?」

黒衣の騎士だった。特徴的な煤色の髪が揺れ、左右の色が違う瞳でカインを見据え、微笑んでいた。

ただ、いつものような優しい微笑ではない。敵を排除するという、感情の見えない冷たい笑みだった。


「ヒューバート様……!」

アヤが安堵の声を上げる。

それに対して『遅くなりましたね』といつもの優しい声音で応じた後、ヒューバートは更に踏み込んでカインに斬りかかっていく。

二人の太刀筋は速すぎて、アヤの目には何が起こっているかすらわからない。

ルエリアやレスターは無言のまま見守っているが、彼らにははたして太刀筋のひとつひとつが見えているのだろうか。

踏み込んでは相手に返され、また別の角度から攻める――という戦いの最中に巻き込まれ、机であったものは大破し、花瓶は砕かれ部屋中にその破片をまき散らす。

レスターは飛来するそれらを槍で手早くたたき落とし、細かいものは外套をアヤの前に広げて防ぎ、当たらぬよう注意している。

神格騎士と皇子の戦いぶりはそれほどまでに凄まじく、離れていても剣気がびしびしと肌を震わせる。

「こうしてお手合わせした事もありませんでしたが……このような剣術を使われていましたっけ?」
「貴様の記憶にある『俺』ではないから当然だ」

しかし、読み合いの広さか、力の差か。

今まで防戦がちだったカインのほうが、ヒューバートを押し始めた。

今までも十分速かったはずの剣速は、また上がっていく。

「く……ッ」

あのヒューバートが歯を食いしばり、数度か剣を受け止められず、腕や顔に浅い傷を付けられる。


「神格騎士というからどのようなものかと期待したが、精々足止め程度にしかならんな……」

そうして、ヒューバートの剣を強く弾いて、武器を飛ばすと黒い鎧の上から胸を貫く寸前――……

「――アルトリオン!」

ヒューバートがそう叫ぶと、目も眩む光がカインの視界を一時的に奪う。

とっさに後ろへ飛んだカインは、ヒューバートが見慣れぬ形状の剣を手にしているのを見た。

剣ではあるのだが、妙な光を帯びている。

しかもその剣は、ヒューバートが握り直すと残像が残り、その刀身を広くするかのようだった。

「――リスピアの創造法具、アルトリオンか」

いかにも、とヒューバートは答え、その形があるようでないような刀身に触れると、そこからもう一振りの剣を引っぱり出した。

「持ち主の希望通りに形を変える……そんな剣です」

貴方に避けきれますか、と言って、ヒューバートは両手に剣を携えて再度地を蹴った。


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