【異世界の姫君/85話】

眩しく輝く金色の胸当てを纏ったルエリアは、雨を吸って重くなった髪を後ろに払って――もう一度アヤへと言葉を投げる。

「おまえには避難しろといったはずだ。言葉の意味がわからぬはずはあるまい? なぜここに来た」

それ相応の理由があるのだろうな――言葉に出さずとも、女王の眼はそう告げている。

その瞳を見据え、アヤは唾を飲み込んでから……口を開いた。

「私にも、お手伝いをさせてください……! 武器は振るえませんが、放たれた魔法なら防げるかもしれません……!」

そう、アヤが思い出したのは――昨日離宮を訪れるとき、強襲にあってエリスに祈りを捧げた時のこと。

リネットを庇いながらだったが、確かに魔法は彼女たちに当たることなく消失していった。

それを思い出して、アヤはここに来たいとレティシスに協力を要請したのだ。

「――エリスの力を使おうというのか。浅はかな娘だ……まぁいい、アヤだけ登ってこい」

呆れた顔をし、目の前にかけてある木製の梯子から執務室まで上がれと命じる。

アヤはレティシスを振り返ったが、彼は呼ばれていない。手の甲をひらひらと動かし『行ってこい』と合図を送られる。

恐る恐る、慣れない仕草で手をかけて梯子を登ろうとするのだが……

ドレスが雨のお陰でますますもって重いのと、身体に張り付く部分が多く動きづらいので、思うように登れない。

「……おまえはなんと手のかかる娘か……。
レティシス、姫を抱えて上がってこい。ここへ下ろしたらおまえは戦闘に参加せよ」

苛立った口調のルエリアに、恥ずかしさと申し訳なさに俯くアヤ。

レティシスにとっては、何のためにここへ来たのか教えてもらってもいないので、ただただ疲れだけを感じる。


「…………あんた、俺に迷惑をかけたいだけだろ」

じろりと睨むと、アヤの身体を梯子から引き剥がし――……荷物を肩に担ぐ要領でアヤを抱きかかえ、落ちないように彼女の足を掴んだまま片腕で梯子を登り始める。

「きゃ……?! 何するの、離してっ!」

足をばたつかせ、離せといってレティシスの背中を叩くが、彼は舌打ちして『一緒に城外に落ちたくなかったら、暴れるな』と静止する。

アヤだって、ドレスでなければこんな手間はかからないし、レティシスに――荷物のように肩に担がれ、この戦闘中に兵士たちの視線を浴びているのは恥ずかしい。

そして同時に、何故だかレスターへの後ろめたさが胸に湧いてくる。

(レスター様に見つかっていないのが……せめてもの救い……)

どうか兵士さんたちからお話が行きませんように、と心で必死に念じ続けるアヤを執務室のルエリアに押し付けたレティシス。

「その女、うるさいし生意気だしとんでもないぞ。
戦争中は柱にくくり付けておいてくれよ。あんたの条件を飲めないほうが、俺には辛い」
「そうしておこう。こちらも退屈はせぬようだしな……存分にその腕を振るってこい、レティシス・エッジワース。
おまえの働き次第で……というあの条件は守ろう」

ルエリアの含みのある言い方に対しても、当然そうしてもらうからな、と念押しし、レティシスは何のためらいもなく石造りのベランダから階下へと飛び降りた。

「危ない……!」
「平気だ。奴らはそれくらい平然と行う」

ルエリアは平然としているが、アヤが急いでベランダから身を乗り出して恐々下を伺うと――レティシスは既に、次々と敵を切り倒しているところだった。


「――さて、アヤ?」

つい彼の戦いぶりに見入っていたが、ルエリアの静かな声がアヤを呼ぶ。

一呼吸置いた後、ばつの悪そうな顔をしながら振り返るアヤが見たのは……腕を組んで、眉を吊り上げていたルエリアの不機嫌そうな顔だった。

「いいか。おまえを避難させたのは身の安全を確保すると共に、余計な事をしないよう考慮したのだ。
レティシスに離宮へ行くよう指示していたのも、おまえに確認したいことがあると言っていたことと――何より、おまえがどこかに出歩かないよう想定して置いていた」

それがまさか一緒に出てくるとはな、と、自分の読み誤りもあって――ルエリアは『ここ数日、いらぬことに気を回すことが多くてかなわん』と述懐する。

「ごめんなさい……。私にももしかしたら、って考えたらどうしても、じっとしていられなくて……」
「そう……さっきの話だが、おまえにかけられたエリスの加護。一体どう使うつもりだったのだ?」

ルエリアは頭ごなしに押さえつけるような叱り方はしない。そういう態度をとる時には、相手に落ち度があるときだけだ。

「はい……マジックマスターが放つ、ええと……ライトボウ? の上位魔法を私が盾になることで防げないかと……。
その他も、魔法だったらなんとかなるかもしれません。でも、弓矢や剣は防げないかもしれないので、レティシスに……」
「なるほど。あながち発想はおかしくないが……
マジックマスターの魔法や威力を相殺するとなると、おまえでは無理だ。
エリスへの祈りと加護を疑えば、威力は弱まる。恐怖で集中が途切れても同様だ。
魔法を消し飛ばせたとしても……衝撃で後方に吹き飛ばされるぞ。
防具も着けていないのに頭でも打ったらどうする。魔法を無効化出来ても、巻き起こった爆風や衝撃の余波は防げないのだぞ」

身体を硬い壁へしたたかに打ち付ければ、それだけでアヤは気絶したり、すぐには起き上がれぬほどの激痛を与えられることになる。

「それに、エリスの加護を使えるのは余も同じ。おまえがわざわざ出向かずとも、余は魔法も剣戟も防ぐ事はできる」

ああ、そうか……と、ついアヤは落胆してしまう。ルエリアはエリスの娘なのだ。当然アヤでは比較にならぬほど強い。

そんなアヤの頭に手を置き、ルエリアは『我が国の兵を守ろうとする、その気概だけは大変に嬉しく思う』と微笑みを見せた。

「役に立ちたいというならここに居ろ。もう避難させる時間もないようだしな。
よいか、魔法が飛んできたら自分の力で身を守れ。物理的なものは――」

ルエリアはそこで言葉を切った。

少しの間を置いて周囲を見渡した後、フッと鼻で笑う。


「――まあ、できる限りは守ってくれるだろうよ」

どこか他人行儀な言い方だが、アヤは深々と頭を下げた後

「よろしくお願いします。戦争が終わったら、お城の修繕は手伝います」

と言って、ルエリアに『賃金は出さぬぞ。これから莫大に金が要るのだ』と笑われた。


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