【異世界の姫君/86話】

城門前では、レスターがクウェンレリックを振るい勇猛果敢な戦いをしていた。

彼の槍は、広範囲の敵にも対応できるよう工夫されているものだ。

衝撃波を飛ばして遠くの敵からの攻撃を阻止したり、炎や氷といった魔法のようなものも出せるため、相手の弱点やそのときの地形によっては有利に運ぶことも出来る。

しかし、レスターはその愛槍に若干の変化があることに気がついた。

(なぜか……いつもより軽く、手に馴染む。
それに……身体の底から力が湧いてくるようにすら思う。
もしやわたしを認めてくれたのか、クウェンレリック……?)

もちろん槍は返事をしない。

だが、レスター自身がこの槍を、こんなに扱いやすいと思ったことはないのだ。今回が初めてである。

身体の一部となったその槍で、飛びかかってくる魔物の胴を気合いとともに貫く。

引き抜いた拍子に槍も彼の身体にも血液が付着したが、すぐにこの豪雨によって洗い流された。

戦場での雨は視界も足場も悪くなるので嫌いだが、身体に付着する血液を見て気分が悪くなることだけは少なかったため、それだけは利点だった。

騎士が血を厭うなど、それも戦場で具合が悪くなるなど情けないにも程があると思っているのだが……。

少しずつ、治していきたい――そう思っていた矢先に赤い髪の男が魔族を切り倒しながら、レスターの側へとやってきた。


「……あんたが、レスター・ルガーテ?」

尋ねながらもレスターの横に並び、視線は敵を見据えたままだ。

「……何の用だ。こんな時に自己紹介をしている暇はないぞ、レティシス」

一度会っているだろう、と言いながらも……なぜレティシスがここにいるのか気になったレスター。

その疑問に応じるかのように、あんたのお姫様が人の言うことを聞かなくて困るから保護者に押しつけてきた、と漏らした。

事情を一方的にしか知らないレスターは、レティシスの物言いを気に入らなかったのだが……。

レティシスがぼやいたという事は――アヤが怒ったか嫌がったか、ともかく何かしら彼に対して宜しくない態度をとったようだったので、心の中は密かに嬉しかったりする。

同僚の勝手な賭けにも胸を張って『そら見たことか』と言えるのだ。

「……アヤに無礼は働いてないだろうな」
「あいつの方からこっちが迷惑をかけられてる。
リスピアの事をなんにも考えてないだろう、とか言われたぞ」
「実際そうじゃないのか。少なくとも、十年前からまだ迷惑はかけ続けられているそうだし」

冷たく言いながら真正面から飛んでくる矢を避けるレスター。

矢は狙いをはずれ石壁の間に刺さり、その体を揺らしている。

「それはいいが……レティシス。アヤはどうした? まさかまだ離宮に?」
「ああ、それなら女王の執務室にいるぜ。避難している時間もないし、女王が引き取って面倒を見ている」

その途端、レスターの顔に怒りの色が見え、レティシスを敵意に近い目つきをして睨みつける。

「……貴様、アヤをむざむざ危険な場所に置いたというのか……!
アルガレスが攻めてきて、一番に狙われるかもしれんところだぞ!!」

しかし、レティシスはその怒鳴り声にも動じない。

「だから、この場所替わってやるからあんたが執務室に行けよ。護衛騎士なんだろ」

非常にあっさりした回答だった。

激怒していたレスターの感情は一瞬で収まる。

「……それに、悪いけどあんたより俺の方が動ける。
俺は目的のために女王に活躍するところを見せつけなけりゃいけない。
悪く思うなよ。今の俺は傭兵だからな……報酬目当てに働くのさ」

行け、とレスターに叫ぶように言って、レティシスは剣を巧みに振るう。

その後ろ姿に、レスターはどう答えようか迷って……唇を噛みしめた。

確かにアヤのところには行きたい。しかし、それは私情だ。何より城の騎士でもない者にここを任せてよいものか――……。

「行けって! だいたいあんたがここに居ても、俺は魔物を一匹だって逃さないつもりだ。一緒にいても出番はないぞ!」

その言葉に、レスターは頷いて『では任せた』と言うと……上の階の者に合図し、縄梯子を下してもらった。

それを掴むと慣れた要領で階上にあがってきて、縄梯子を畳みつつ城壁の様子を見つめるレスター。

「なに……?」

イネスまでもが戦闘に参加している。

実際イネスが闘えたかなどは知らなかったし、謎の号令を飛ばすだけなのでこれが戦いと呼べるものなのかはわからないが……

ともかく、それで敵を撃破しているようなので遊んでいるわけではないのだろう。


女王の執務室を仰ぎ見れば、ルエリアが石造りのベランダに立って周囲に檄を飛ばしているが、時折彼女めがけて魔法や弓が放たれた。

しかし、矢は結界により威力も速度も弱められているので難なく弾いたり躱すことができるし、魔法に至ってはその結界のおかげで彼女の元まで届くことはない。万が一届いたとしても、髪の毛一本に触れることは叶わないのだが。

そしてルエリアは、レスターの姿を認めると……ふっと笑った。

指先で手招きされると、彼は恭しく一礼し……急ぎ執務室へ続く梯子まで走って、再びそれを上る。

着地して『参上いたしました』とルエリアに跪いて頭を垂れれば、その髪からは雫が滴る。

「レスター、今一度命じたいことがある」
「はっ」

そうして、ルエリアは肩越しに振り返る。

「そこのボケ姫だが、リネットがいてくれぬ今、余とおまえが面倒を見るしかない。
なんでも、普段こうして猫を被っているから……レティシスはこっぴどく引っかかれたようだぞ」

ルエリアの言い様に、思わず噴き出したレスターは『怖い子猫ですね』と言って、赤くなっているアヤを優しく見つめる。

「なんだ、アヤは猫を被っていたのか?」
「……そんなこと、してない、つもりですけど……ちょっと……うー、だいぶ、文句を言ってしまっただけで……」

だが、思い当たることはあるのかそれ以上は言わず、すみません、と返してきた。


(よかった。レスター様がちゃんと無傷で、私の前に立っていてくれている……。
まだ戦争はこれからだけど、あの大群に囲まれて無事だったのはすごく嬉しい)

既に涙腺が危険な状態なのだが、まだ泣くわけにはいかない。

イネスには、自分の心が弱くなるからと格好いいことを言ったくせに、結局は――……正直、嬉しくてたまらなかった。今すぐ抱き着きたくなるほど、愛しくてたまらない。

「レスター様、お願いします。どうか……足手纏いだとは承知していますが、私を守ってください。私も出来る限り、邪魔にならないようには……しますから……」

どう邪魔にならないようにすればいいのかは不明だが、レスターも頷いた。

「死ぬときは一緒だ」

はい、と即答するアヤにに、ルエリアはつい突っ込んでしまう。

「……美談なのか不吉なのかわからん会話をするな。――まあ、死ぬ可能性はあるのだが」

そう言って、ルエリアは至極真面目な表情で空を睨み、低い声を出した。

「来たぞ。空が光った……!」

言った直後。青白い光の帯は城に向かって放たれる。

アヤが小さな悲鳴を上げ、レスターが後ろ手で庇ったが、城を守る結界が放たれた光を拒んで赤く輝いた。


しかし。その魔法は――レティシスが言う『魔法効果を打ち消す』ための魔法。

これは究極的な魔法とされ、一般の魔術師には高等すぎて使うことは叶わない。

使えるものは、とある一族――イリスクラフトだけだと言われている。

けたたましい音を立て、事実上破壊できないとされた結界は――ガラスのように崩れ去った。


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