止めたせいではないはずだが、予知はそこで途切れる。
アヤは悲痛な声を上げ、これが現実に起こることを強く拒否するように首を振った。
長い髪が顔にかかっても振り払おうとせず、その姿は更に悲壮さが際立って見える。
「落ち着け。何を視たんだ」その様子をじっと見ていたレティシスは、アヤの手首を握ったまま数回振って注意を引くと、控えめに声を掛けた。
「男の人が、飛空艇から……魔法を」震える声でアヤは告げ、レティシスが『銀髪の男か』と聞き返すと、こくりと頷く。
「やっぱり、そうか……先に仕掛けてくる……!」僅かにレティシスの声が低くなる。
さっきまでアヤと話をしている時には、あまり感情を浮かべなかったというのに今は顔に静かな怒りが浮かんでいた。
術符を握りしめながら勢い良く扉を開け放ち、周囲を確認するとアヤの手を引いて通路へと出た。
一緒に戦ったレティシスだからこそ、マジックマスターの威力は嫌というほど見てきている。
「銀髪の……ラーズはどんな魔法を使った?」アヤの説明するイメージは、彼の記憶の中にあるようだ。あぁ、と適当にも聞こえる相槌で返事をする。
「あれか……。その光は場所にかかった魔法を打ち消すときのやつ。アヤはもう一度記憶の中の色を慎重に思い出しながら、多分、と口にする。
「……黄色っぽいのなら……」黄色、と呟いたレティシスは、まずいなと零す。
「……当たってから爆発する魔法か……じゃあ、結界は壊れる。あの魔法は広範囲に有効なんだ」光の下位魔法にライトボウがあり、その上級魔法にあたるものなのだが、レティシスも詳しい派生は知らない。爆発は周囲を巻き込むので味方が使えるならば有効な技だが、敵が使うとなると防戦側には痛手である。
ため息混じりで答えたレティシスに、ついにアヤは我慢の限界に達したようだ。
自分の手首を握っているレティシスの腕をとると、ぐいと引っ張って注意を向かせた。
「――なんだよ」逆切れってどんな想像だよ、と聞いてきたが、アヤは今怒っているからそれには答えない。
「私が頑張ろうって思ったって……魔物一匹だって倒せないのは分かってる。アヤだって彼が言うことも理解できるのだが、意志としては理解できない。
(そんなことができるなら、とっくに――……)そのとき、アヤは――とある事を思い出したのだ。
天啓を得たかのように、ぱぁっと心に希望は広がったのだが、それを実行するには……勇気とこの男の協力が必要だ。
「……現実に、できればいいのね……? 私、ルエリア様に凄く叱られてしまうけど。さすがにレティシスもぎょっとして、目を大きめに開いた。しかも、戦場に出るのは自分のせいにされてしまうらしい。
「だから……もし私が役に立てたら。レティシスは皇子様とマジックマスターを皆と一緒に押し返してほしいの」私本気だから、と、アヤはレティシスを睨むように言い切った。
しかし、レティシスは当然――……気でも違ってしまったかと思うほどに突拍子のないことを言い出したアヤの言葉を了承しかねている。
「あんたのいう事は少しおかしいぞ……恐怖で頭がどうにかなったのか?そういうと、レティシスの顔が歪んだ。
「……死んだりしたら、残された者がどれだけ苦しいかわかってんのか、あんたは……!今までアヤと話していた口調とは違う。本当に、感情が入った言葉だった。
「…………だったら、それはどこにいても、何をしても同じじゃないの?アヤもつい言葉がきつくなってしまう。だが、もういい加減止まらなかった。
それに、こんなことを言い合っている時間も惜しい。
「……レティシスは、目的のためにここに来たなら……もうそれを優先すればいい。手を乱暴に振り払い、赤くなった手首をさすりながらキッともう一度だけ睨んで『さよなら』と言うと、その側を抜けて走りだした。