【異世界の姫君/79話】

明らかに態度のおかしい同僚を正面から見据えたレスターと、虚ろな眼差しを向けるロベルト。

見ている、というよりは視界に入れているだけ、というほうが適しているようだ。

そして再び、ロベルトが身を低くしてレスターへと疾走する。

視線の弱さとは逆に、ロベルトの剣は空気を切り裂きながらレスターを断とうと唸りをあげた。

上から振られる剣を右へと払えば、ロベルトの放った銀の一閃は耳の側をかすめ、当たった髪先を宙へ数本散らす。

ロベルトが次の攻撃を放つための体勢を整える前に、レスターが肩からロベルトに体当たりをして大きくのけぞらせる。

バランスを崩しながらも、ロベルトはレスターへ剣を突き立てようと腕を伸ばすが、まっすぐ伸びた剣先は、レスターのガントレットに弾かれ、軌道をあらぬ方向へと変えて止まった。

――許せ、とレスターは謝罪の言葉を呟きながら、ロベルトの肩を掴んでそのまま地面に引き倒し、今しがた剣を弾いた左手でロベルトの頭部を掴むと、短く呪文を唱えた。

「精神治癒!!」

何者かに術をかけられて精神が束縛されているのであれば、この術で回復するはずだとレスターは考えたのだ。

レスターの手のひらが青白く発光し、ロベルトを薄い光のヴェールが包み込む。

びくりと大きく身体を震わせた暁色の騎士は、レスターの手首を掴んで引き剥がそうとし――急に脱力した。


ゆっくりとロベルトの顔から手を離したレスターは、彼の手から剣を奪い取ると、その位置から手を伸ばしても届かないであろう床の継ぎ目に突き立てた。

「……ロベルト……」

倒れたままの騎士の顔を覗きこむと、その青い目には光が戻っていた。

だが、覗きこんできたレスターと眼が合うと『ジロジロ見てんじゃねえよ』と、いつも通りの悪態をつくところから始めた。

「よかった……正気に戻ったんだな」
「…………クレイグはどうなったんだよ」
「夜更けにヒューバート様が捕縛なさった」

アヤが場所を調べたのだ、というのは飲み込んだ。なぜなら、ロベルトがアヤに対して悪態をつくかと思うと黙っていられなくなりそうだったからだ。

「陛下も、皆も……お前が姿を消してからどうしたものかと心配している。無事で……何より――」
「……ふざけんなよ」

不機嫌なときに出すような低い声音で、ロベルトはレスターに言い放った。うまく力の入らない身体――多少弱っているらしい――を無理やり起こし、よろめいてレスターの胸ぐらを掴んで外套ごと握りこむと、もう一度ふざけるなと大きな声を出した。


「何が……心配だ。何が『無事でよかった』だ……!
王国の反逆者が真後ろに立ってるのもわからねえで、捕まって記憶まで覗かれて!!
よりによって、お前なんかに助けられてんだぜ……?
その果てにゃ、お前なんかにまで同情されてよ!! バカか俺は!! 魔族なんかに何が分かる!!」

痛烈な心の叫びとともに数度がくがくと揺さぶられる。

かけてやる言葉もなければ、弁解するようなこともない。

複雑な心境と当惑した表情を浮かべたまま、剣を更に強く握りしめるだけしか出来なかった。

「どんな気分だ……? いつもお前をバカにしている俺を助けた気分は。
さぞかし楽しいだろ? また陛下から褒めてもらえるしなぁ……」
「……わたしはそんな事を考えてお前を助けたわけでは――」
「黙れ!! レスター、お前は最初からそうだった。いつもいつも……何でもないみたいな顔してやがる。
魔族の分際で、士官学校に堂々と居た時からお前は気に入らなかった。しかも、そこには陛下のツテもあったらしいじゃないか。
どういうコネがあったのかは知らないが、当時、お前は噂になってたんだぜ」

面白くなかったが――とロベルトは苦々しい顔をしたが、ルエリアが口添えをしたなどと聞かされたことがなかったため、レスターにとって今更ながら初耳だった。

しかし、その回想にふける時間もないまま、ロベルトの言葉が続く。

「精々魔族は周囲から白い目で見られると思っていたのに、
品行方正な振る舞いと陛下の御力もあって……お前は尊敬までされていた。
そして王宮に勤めるようになってから、今度はクウェンレリックの授与。
いつも……いつもお前ばっかり気に入られるのは何でだ!!
俺は国と陛下のために尽くしているのに、同じように民を守って。戦にも出て国に仇なす者や魔族を血祭りにあげてきた!
聖騎士にもなったんだぞ!!
それなのに、どうして俺ではなくて――魔族が聖槍の守護者なんだ! 何もかもおかしいだろ!!」

その言葉は、ロベルトの内心……彼なりにため込んだ本心の現れと知ったレスター。

次々に出てくる罵りや恨み言は、レスターの心に容赦なく突き刺さる。

「しかも、お前はそんな名誉ある槍を賜って感動の言葉すらない。
お前は一体どういう意図で受け取ったんだよ!?
しょうがないからか?! 格好良く見せたいからか?!
答えろ、レスター!! お前は何のために生きて、何のためにこの国を守ってんだよ!!」

魔族の分際で、と吼えるようにはき捨てたロベルト。

そう。レスターもどうして自分が、と思った時期もあった。

この存在に一番不釣り合いな槍だと。


眉を寄せた苦しげな表情を浮かべ、レスターはロベルトを見つめた。

敵意を剥き出しのまま、自分の胸ぐらを離そうともせず詰問してくる赤い騎士。相変わらず魔族、魔族といってくる。

だが、もしも……混血ではなかったのなら、こんなことを言われなくて済んだのだろうか。

子供の頃に感じたあの苦しい思いは、いつだって離れてはくれなかった。


ただ、心には立派な騎士になるという願いと、見知らぬ恩人への感謝の気持があるのみだった。

国を守って死ねるのなら本望だ……そう思って暮らしていた。

だから……『夜襲で命を落としてしまう』と聞かされた時、静かにそれを受け止め、納得した部分もあった。

それが、数日前までのレスター・ルガーテだったのだ。

もしも……出会わなければ。もしも、レスターが護衛に選ばれていなかったのなら、その考えは微塵も変わらなかっただろう。


『私はレスター様の側にいたい。
レスター様が辛いなら、一緒に辛いことも分かち合って、少しでも減らしたい。
楽しいことがあるなら、もっと喜んでもらいたい……!』

自分の前に現れてから、たった数日でかけがえの無い存在となってしまったアヤ。

傍らでアヤが笑っていてくれるなら。何も自分には力がないと言いながらも彼女は、レスターの心をすっかり変えてくれた。

そして、彼女と共に生きていたい、と思うようになったのだ。


『死にたくない……!』――皮肉にも、その思いは瀕死の傷を負った際、口をついた言葉と同じだったが。

「わたしがクウェンレリックの守護者となった際は、身に余る名誉に言葉もなかった……
同時に、なぜ守護者に選ばれたのがわたしなのだろう、とも思った。
だがわたしはまだこの槍を完璧には使いこなせず、拒まれているのではないかとも感じている。
……わたしは魔族の血が流れていようがなんだろうが、もう関係ない。
陛下以外に守りたい者ができて、わたしの心を強くしてくれた。
もう迷わない。誰に何と言われようが……愛する者のためにも、この槍の守護者として恥じない働きをするつもりだ……!」

力強く言い切り、レスターは剣呑な視線を向けてくるロベルトを真摯に見据えた。

「……偉そうに、何様のつもりだよ……」

そういうところが、ますますもって嫌いだ。

そう言って疲れたような顔をしているロベルトは、魔族風情が、とうなだれた。

「……精々頑張んな。お前が落ちぶれるのを楽しみにしてるぜ……」

相変わらず言葉も悪くて、一向に反省の色がないようにも見えるのだが……

蚊の鳴くような声ではあったが、確かにロベルトはレスターに『助けてくれた礼だけは言っといてやる』と告げて手を離した。


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