謁見の間に通された二人は、それぞれ決まった礼の形を取ると、軽い挨拶を交わし――アヤは本題に入った。
予知で見た内容を歪曲しないよう気をつけながら伝え、話をしている間ルエリアの両脇に立っているガルデルとトリスは、真剣にアヤの言葉に耳を傾けていた。
「――……以上が、私の視た内容です。一刻も早くルエリア様にお伝えしなければいけないと思いまして……お伺い致しました」今日はルエリアでさえ金色の胸当てとガントレットで簡易的に武装をしている。
常に体にフィットするようなロングドレス姿に見慣れていたため、このいでたちには緊張感を更に強められた。
「では、ルエリア様たちには既に……襲撃を行おうとする者たちがお分かりなのですか」まあ、内乱を起こすというのだから何かしらあるのだろう。しかしルエリアは手に持っていた扇をアヤに向け……『一つはおまえだ』と言った。
レスターも驚愕の面持ちで隣のアヤを振り返る。当のアヤは、愕然として放たれた言葉を幾度か頭の中で繰り返す。
しかし、レスターは『ロベルトがはたしてそのような行動に出るのでしょうか』と呟いた。
「ロベルトは確かに一癖も二癖もありますが、人数を集めて意趣返しするような男とは思いません」あの襲撃の首謀者は判明したようだが、それはともかく――クレイグ達の欲するものの『ひとつは』アヤのことだという。
では――『まだ』狙われるようなものがあるというのか。
「ルエリア様。私が狙われている……のはわかりましたが、それは彼らにとって、おまけのようなことなのでしょうか。ぼそぼそとトリスが釘を刺してきたが、煩わしそうな顔で分かっているとルエリアは答える。
女王は椅子に背を沈め、アヤたちの反応を見つめる。レスターは神妙な顔のままだし、アヤは悩んでいるようだが核心部分の情報は与えていないので答えが出ないらしく、首をひねっていた。
「いくら余の客人であろうとも、国の機密をおまえに漏らすわけにはいかぬ。トリスが口を挟んだのを面倒くさそうに払いながら、ルエリアは適当すぎる相槌を打った。
「――我等が負ければ、世の中は終焉を迎えると言っても過言ではないぞ」大げさに言っているわけではないのが、両脇についた男二人の表情や、ルエリアの表情がニコリともしていないことから本気で言っているのだと悟ったアヤ。
改めて感じる『異世界』の空気と、今まで感じたことのない重圧がのしかかってきた。
息苦しさに顔を背けたくもなったが、アヤはぐっと堪えて声を絞り出す。
アヤの表情を見て、そうか、おまえはあまり情勢を知らないのだったな、と納得したルエリア。
レスターに視線を投げると『レティシスにまつわる昔話はしたのか』と聞き、レスターも『魔王を倒したあたりまでです』と返答した。
その名前には聞き覚えがある。確か、軍事国家で……あちこちの国に宣戦布告をしたとかだ。
気色ばんだレスターが語気を荒げ、ルエリアはそうだと頷いた。
皇子は魔に掴まれてしまったのだよ、とルエリアは淡々と、興味が無いかのように答えた。
「……アヤ。魔王を倒した勇者はどうなると思う。世界で一番恐れられている存在を倒したやつを、人々が手放しで喜ぶと思うか?その場を重い静寂が包む。
(どういうこと……? 魔王を倒したら、その人が魔王になっちゃうってことなの……? じゃあ、じゃあレティシスも――)はっと気づいたアヤは、レティシスもそうなっているのですかと震える声で尋ねるが、あいつは大丈夫だという返答にほっと息を吐いた。
「イリスクラフトのほうはどうだか知らんが、あの皇子だけだ。呆れ果てたようなルエリアの表情。しかし、その眼には静かな怒りのようなものも伺える。
「そういうわけでアヤ。これから戦争が始まる。おまえは力もないのに歩き回られては迷惑だ。ルエリアの命令に、レスターは一瞬言葉を詰まらせる。
しかし『……承知致しました』と押し殺した声で答えた。
これで、レスターは離れて戦地へ行ってしまうのかと不安に思ったアヤだが、お願いがございます、とレスターは顔を上げて主人であるルエリアを見つめた。
アヤをそこまで見届けてからにしたいと、レスターは申し出た。