【異世界の姫君/74話】

ルエリアが離宮から王宮へ戻る時『これより多忙ゆえ、夜の謁見は不要である』と言っていたため、夜はアニスも交えて女性同士の会話で盛り上がる。

レスターとイネスは明日の事について、顔を突き合わせて話し合っていた。

暫くして離宮の扉が叩かれる。油断せぬように扉へ近づいて何者かと尋ねると、ヒューバートだという応答があった。

どうやら、今しがた用事を終えて帰ってきたらしい。レスターの後ろから顔を覗かせるアニスに、ヒューバートは笑顔を向ける。

「ああ、アニス様……こんばんは。少々ご無沙汰しております」
「いいえ。ヒューバート様のお噂は良く耳に届きます。ご多忙だと思いますが、どうぞ無理をなさいませんように」

アニスとヒューバートはお互い言葉を交わし、その後アヤに向き直ると昼間は大変だったようですねと労ってくれた。

「ヒューバート様こそ、いつもお仕事の合間にお声をかけに来て下さって……ありがとうございます」
「礼には及びませんよ。リネットの事を見に来ているという点もあるし……姫にちょっとしたお願いがあります」

彼も同じく眼の力を持っているのに、そのヒューバートからこうして『お願い』されるとは珍しい。余程の用件なのだろう。

アヤは数度瞬きして、なんでしょうか、と姿勢を正した。


するとヒューバートは神妙な顔をして、ロベルトを探してほしいという旨を伝える。

当然、アヤはロベルトさんがどうかしたのですか、と訊いた。

アヤ自身、レスターにひどい言葉ばかりを浴びせているロベルトの事は好きではなかったが、探して欲しいと言われれば理由くらいは聞いておきたい。

「実は……ロベルトの姿が昼頃から見えないのです。
それに……陛下からお伺いしましたが、姫の予知を信じるとすると、クレイグもこの城周辺にいるのでしょう?
もしも先の襲撃でロベルトが傷ついていたり、万が一囚われているようなことがあれば、大変危険なんです。
僕も探してはいましたが、誰も知らないようですし、目撃情報もありませんから……」

魔法での探知も考えたのだが、術者が知っている人物・あるいは捜索対象の使っていた物などが必要になる。

何も手がかりがなく、正確に場所を割るには……アヤの力が必要というわけか。

「普段から派手な格好ときつい性格なのでよく目立つのですが、見つからないとは確かに妙ですね」

同僚だからか、普段そうおもっているからなのか。割と毒めいた事を吐きながらレスターも眉根を寄せる。

レスター様のお気持ちも分かりますと苦笑しつつ、ヒューバートの依頼をアヤは承諾した。

ロベルトのことを思い浮かべると気は進まないが、それは私情であって、何か危険なことに巻き込まれていては大変だ。

「そういう事でしたら協力させていただきますが……うまくできるかどうか」

今日集中の仕方を習ったばかりですから、と言ったアヤに、アニスが大丈夫ですよと微笑みを向ける。

「わたくしがサポート致します」

アヤの側に座って手を握ってくれるアニス。ほっそりとしている手だったが、手を重ねたところから温かさが伝わってくる。

よろしくお願いしますと嬉しそうに頷いた後……アヤが眼を閉じ、アニスも目を閉じて誘導しようと試みていた。

「姫。集中する前に……申し訳ないですが、僕も力を使わせていただいて良いでしょうか。細かい手がかりからでも、何かが分かるかもしれません」

ヒューバートは、心を読んでいいかと聞いているようだ。それに対してアヤは集中している間なら構いませんと頷く。


「――……そう、ゆっくり意識を沈めてください。呼吸も長めに。見ようとしたい事柄を、ゆっくり心に流していく感じに……」

アニスの声は、アヤがメディテーションし易いように導いていく。指導の通りに耳を傾け……まずはロベルトの居場所について探ることにした。

また、スイッチが入るような音が、身体の内部で聞こえた。これが、アヤにとって『自分から視る』ときの合図になるのだろうか。


映ったのは石壁で囲まれた部屋。昼間、クレイグらしき人物がいたのと同じような外観のものだった。

ロベルトは椅子にだらしなく座っている。いや、座っているというよりも、崩れ落ちる一歩手前というべきだろうか。

両の手足はだらしなく投げ出され、辛うじて椅子に引っかかっている……とも言えなくない座り方。

眼は焦点が定まっておらず、天井を見つめているようだった。

(……ロベルトさん……!?)

一瞬、アヤはロベルトが死んでいるのではないかと思った。

それを読んでいたヒューバートにも緊張が走ったが、よく視ていると指がぴくりと動いたので死んでいるわけではないと安堵した。

(でも、この部屋。もしかして昼間と同じ部屋にいるのかな……?
ううん……もう少し、離れた所から見ないと、これじゃ場所がわからない……)

アヤは集中を維持しつつ、更に場所の特定できる手がかりを、と念じる。

ヒューバートは多少のもどかしさを覚えつつも固唾を呑んでアヤをじっと見ているのだが、アヤの心を読んで同じように場所の特定を急いでいるのだろう。

集中を散らしてしまったのか、負荷が大きかったのか。アヤの見ていた映像はぷつりと途切れた。

「あっ……!」

せっかくここまで頑張ったのに、と不満そうな声を上げたアヤだったが、立ち上がりかけた途端、視界が揺れる。

「……あ、れ?」

立ちくらみのように視界が一瞬暗くなって、血が下がるような感じ。思わず背もたれに深く身体をもたせると、息を吐く。


「――姫、不慣れなうちは、精神力の消耗や反動の疲労が激しいので……そう長くは持ちません。
ましてや、今日だけでも複数回使わせてしまったようですから……すみません。僕がご無理をさせて……」

ヒューバートが謝罪しながら、十分参考になったとアヤに伝えた。

「リスピア城で石壁づくりのあたり……なら、範囲も狭い。その地下。だいたい場所の特定ができました。感謝します」

マントを翻したヒューバートは、挨拶もそこそこに部屋を出ていく。

「……本当にお忙しいみたいですね、ヒューバート様……」

残念そうな顔で見送ったリネットは、アニスに肩を預けるアヤを見つめてから……ふと思った。

「今日は、この部屋から出ないほうがいいんですよね?」

レスターにそう訊くと、彼も判断に困ったようだが……安全を考慮すると出ないほうがいいなと頷いた。

「……じゃあ、お部屋の振り分けをしないといけませんね。お部屋はアヤ様の寝室を除外して三つ。
わたしは今日、アニス様と一緒のお部屋で寝ますから、お二人は一部屋ずつ使ってください」

と、入口側の部屋二つを指で示した。が、イネスが不満そうな顔をする。

「イネスは~、怖いからぁ、レスターと一緒のお部屋で寝ますぅ~」
「ふざけたことを言うな。吐き気がする」

レスターの眼が剣呑な雰囲気を放っていて、イネスは『レスターこわーい』と泣き真似をするので、気持ち悪いと怒鳴って軽くすねを蹴った。

「同じ室内とはいえ、その……姫はお一人で大丈夫ですか?
まだ目も万全ではないのでしょう。リネット殿の介助など必要なのでは?」
「大丈夫ですよ。眠るだけですから」
「それは……そうかもしれませんが……」

ニコッと微笑むアヤに、レスターはぐっと言葉を詰まらせた。

「お一人にするのも、わたしが不安というか……勿論アニス様の結界は強固なので心配は要らないはずですが……」

アヤに言うというよりも無理やり自分に言い聞かせるような口調だったので、イネスは分かるよ、と理解あるオトナの対応を示す。

「まあ一番近いお部屋で明日もがんばろうな、レスター」
「…………ああ」

暗い表情でレスターも頷いたが、明日、という単語を聞いたアヤはどきりとした。


(夜襲が起こらなければいいのに……)

だが、その願いはもう叶わないかもしれない。なぜなら、ロベルトはクレイグに捕らわれているか――協力しているようだし、今日も離宮に襲撃があって、自分が狙われていた。

だからまだ兵士たちも警備や警戒を怠らないし、明日もそれは続くのだろう。

そして万が一クレイグを捕獲したとしても……なんだか安心できない気がした。

「アヤ、そんな顔をしないで。明日何が起ころうとも、わたしは必ず生きて戻ってくる」

レスターが優しい微笑みを向けたので、アヤはこれ以上彼を心配させるまいと同じように微笑んだ。

「もちろんです」

胸にこみ上げる切なさや不安はあったが、今はその言葉を信じよう。


おやすみなさいとレスターとイネスに告げると、アヤはリネットに案内されて寝室に入る。

多分、戦闘は回避できない気がする。

だとするなら――明日が本当に、最悪のものにならないよう……力を尽くすことを固く誓ったのだった。


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