【異世界の姫君/69話】

(レスター様……震えてる……)

指先から伝わる、かすかな振動。レスターの心の傷は深いのだろう。

大丈夫だから、という想いを込めてアヤはレスターの背をさする。

「ゆっくりで、いいです……。でも、一緒にいるってことを……忘れないでくださいね」
「ありがとう。わたしの事をそれほどまでに気遣ってくれるのはとても嬉しい。
わたしもそれは偽りの無い気持ちだ……だが、もう少し時間がほしい。そうして気持ちの整理もしたら、いつか……話せると思う」

それはわかる気がする。

アヤも、もし今レスターに隠していることを言えと突きつけられたら時間がほしいと返すだろう。

肩に食い込む手が、少し緩められた事にもほっとする。

先程よりは、レスターも多少落ち着いてきたのだろうか。

先ほどの怯えるような表情ではなく、僅かにいつもの表情を取戻してきた彼は、耳元で『ありがとう』と囁くと、アヤの頬と額に口付けを落とした。

心底嬉しそうな笑顔を向けるアヤを抱きしめてくれたが……彼女はそのまま二度ほど瞬きをして、どうしよう、と考えた。


(…………レスター様、裸のままだった……)

結果的に引き留めたのは自分だったが、これは、どうしたらいいだろう。

タオルを腰に巻いているとはいえ、彼はほぼ全裸。

レスター自身何も言わないが、胸に直接収まっているアヤには彼の心臓の高鳴りもはっきり聞こえる。

しかも、先ほどとは違った力加減でアヤの身体を強く抱きしめていた。

(……レスター様の纏っていた雰囲気が、変わってきた気がするん、ですけど……)

自分の心臓も痛いくらいに、どくどくと脈打っている。

これは……多分確実に、レスターへも伝わっているだろう。

「ええーと……お風呂、入る邪魔してごめんなさい……怒ってるとか、ないですか?」
「大丈夫だ」

そうだな、そろそろと言ってから……レスターはアヤから手を離そうとして……やめた。

「とても今更なんだが、わたしたちはこうして抱き合っているんだな」
「……そうです」

レスターは改めて、アンジェラの服を着たままでいるアヤを見つめた。

アンジェラは総じて動きやすさを気にしているようだから、当然スカートも短いほうを好む。

鎧を着こむせいで阻害されぬよう服も薄手だし、立派な太腿は惜しげもなく晒されている。

同僚を下心のある目で見たことはなかったが、アヤが同じものを着ていると――なぜだか、同じように見ることが出来ない。

触れてみたいだとか、人目から隠してしまいたいと感じるのだ。

「……そういえば、姫が短いスカートを履くのは二度目でしたね」
「こっちに来てからは、そうですね。レスター様に止められたのも入ると三回目ですけど、私の国ではこれくらいのスカート丈でしたら、女性は普通に履いていますよ」

短いとはいえ、ひざ丈程度である。

今時の子(アヤもそうだと思うが)が履いているスカートよりは少し長い。

しかし、レスターは『スカートは短いのが普通』発言に驚いたようで、アヤもそれを、だとか、宮殿をそれで歩くのかと捲し立てた。

その剣幕が凄すぎてタジタジになるアヤは、そうです、と答えるのがやっとだったが……レスターは目の前が暗くなる思いだった。

――アヤの身体が、女性の肌が惜しげもなく人前に晒されているとは……なんという国だ!

だから、アヤは短いスカートを履いて歩くことに抵抗がなかったのだ。

「だ、大丈夫なのか?! 触れられたりしないのか!」
「へ、平気ですよ。もっと露出の高い人もいますけど……
割と世界でも有数の安全なところらしくて。危機感がないって言われるとそうなんですけど……。
あ、当然知らない人に触られたら、警察っていう……衛兵みたいな方がいるので、痴漢は捕まえてもらいますし」

世界有数の安全地帯というのがあったのは初耳だが、ケイサツという者は、女性のスカート丈をなぜ取り締まらないのか。

特にアヤをなぜ守らないのか。

ああ、ティレシアの血筋の者だとは皆知らないからなのだろうな――

と、レスターは見当違いの想像をし……わたしが守ってあげなければ、とアヤに微笑みかける。

しかし、アヤはどんどん居心地が悪くなっていくようで、心から微笑むことはできなかった。

「こんなに魅力的なのにな……いや。何事もなくて良かったのですが、姫の国にいる男は、襲いに行くくらいの気概はないのでしょうか」
「襲うって、そんな犯罪みたいなこと……そういう事件は……まあ、あるにはあるんですけど、普通はみんな手は出しません」

常識的に考えてそういったことはまずしないという意味だが。

「いい加減にせぬか! ここで女を口説いている暇があったらとっとと風呂に入れ、この痴れ者が!!」
「はっ!!」

ルエリアの怒号とともに扉が大きく三度叩かれ、驚きつつも条件反射的にアヤを離すと、大きな声で返事をするレスター。

「アヤも、早く部屋に戻れ! たわけ!」
「はっ……はいっ! 今戻りますっ!」

急に自分も呼ばれたことで、アヤもレスターと同じく背筋を伸ばして肯定の意を見せた。

では、とレスターに視線を送ろうと思ったが、既に浴室の戸は閉まっていて、それは叶わなかったが……。

髪と着衣の乱れを直し、息を整え解錠して居間への扉を開けると……ガン、と何かにぶつかった。

「イタタ……」

そこには、頭をおさえてうずくまるリネットと、いつの間にかそこにレスター……の格好をしたイネスがいた。

ほんの数歩ほど離れたところに、両手を組んで立っているルエリアがいる。

何故かリネットとイネスの二人はグラスを手にして扉の近くに――……そこで、アヤは気づいた。

「もう! また二人は聞き耳を! どうしていつもそんなことするんですかっ! 趣味が悪いですよ!」

次やったら怒りますから、と恥ずかしさに涙目になったアヤは、文句を言って二人のグラスを没収すると、大股で居間へと向かった。


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