王宮の中を歩いているとはいえ誰が裏で糸を引いているのかも分からず、誰が誰と通じているかもわからない状態というのは不安を生む。
アヤは背筋をぴんと伸ばし、いつものように優雅にではなく、正体を見破られぬよう心がけつつも立派に見えるように堂々と歩いている。
「――で、今度どう? デートでも」その隣では、いつもの真面目さからは到底想像できないような笑顔と馴れ馴れしい態度でアヤ――今はアンジェラとして振舞っている――へ、ひっきりなしに喋りかけていた。
通り過ぎる騎士や兵士が、アヤを見てアンジェラと認識したのだろう。
素早く礼を取る。
「アンジェラちゃん。騎士様が礼をしてるんだから、こうしてちゃんと返して頷いてあげてよ」こうだよ、とイネスのように振る舞うレスターは、騎士同士で行う礼をしてみせる。
騎士達はレスターだと気づかず、イネスまた女性を口説いてるのかよ、だとか、アンジェラ様に失礼だろ、とか言われまくっていた。
アヤはレスターがしてくれたとおりに礼の形を取ると、騎士たちに『ご苦労様』と添えてやる。
それに感激したらしい騎士たちは、嬉しそうに顔を綻ばせると一礼して足早に去っていく。
そんなに良かったのだろうか。
レスターの言葉を肯定しつつ『憧れてる人も多くいらっしゃいますよ』とリネットも頷いた。
確かにアヤも兜を脱いだアンジェラはとても綺麗な人だと思ったが、レスターが褒めちぎると少しばかり素直に同意できないような心境だった。
いくらレスターがイネスの真似をしていても、アヤにとってはレスターはレスターのままだから、彼が甘い言葉を囁き続けているのは、正直……嬉しくもあり、恥ずかしくもあった。
しかし、他の女性を褒めるのは……羨ましくもあり、寂しい気持ちになる。
こんな時に何考えているの、と自分を叱咤しつつ、あまりの情けなさに泣きたい気持ちになった。
「――でも、レスターは……姫様が側にいればそれでイイみたいだよ」ぽつりと呟く偽執事は表情を押し隠すためか、口元に手を当てて目を閉じると、若いって盲目だなあと大げさに言った。
思わぬ告白に、アヤですら顔が赤くなるのを感じる。
「へ……変なこと言うから、聞いてるこっちが恥ずかしくなったじゃないの」そんなアヤの照れ隠しっぽい態度や、この甘酸っぱい雰囲気のあるシチュエーション。
リネットも話に飛びつきたくて仕方がないのだが……涙をのんで我慢し続けている。
レスターが赤茶色の扉の前で立ち止まり、アヤに目くばせをして『自分が先に入る』という意思を示した。
内ポケットから鍵を取り出すと、鍵穴に差し込んで回す。
カチリという音がして、レスターは危険がないことを確認してからドアノブをひねった。
軋むような音もなく開いた扉。
レスターが先に入り、どうぞと言って二人を招き入れると扉を閉めて施錠する。
どことなく高級そうな(高級には違いないのだが)調度品や装飾華美にも見える家具が置かれていて、雰囲気に飲まれそうになるアヤ。
しかし、レスターは素早くカーテンを引いて目隠しを行うと、せわしなく石壁をぺたぺたと触り始めた。
「あの……」今は集中したいらしい。
家具の間に入り込んで調べてみたり、四つん這いになって床を調べたり。
(何を探しているんだろう……)ちょっと能力で探しものを手伝えるかな、と思っていると、あった、という声がした。
レスターが本棚と壁の間で何かの手順を踏むと、ガタガタと音を立てながら、反対側の石壁の一部が横にスライドしていく。
そこは通路になっていて、真っ暗闇が道を覆い隠していた。
「早く中に」本棚を元通りにすると、レスターは小走りに通路へと近づいてライトを灯す。
アヤとリネットも急いでその中に入ると、レスターもスルリと滑り込み、内側のレバーを引く。
再び石壁はせり出してきて、ぴったりと部屋と通路の入り口を埋めた。
ふぅ、とレスターがようやく一息ついた。
リネットは狭い通路を不思議そうに眺めている。
「……ごく一部しか知らない抜け道だそうだ。どの部屋に仕掛けがあるかは教えられていなかったが、この部屋にもそれが繋がっていて良かった」アヤが腰に下げていた剣を受け取るとレスターは先頭に立ち、危険がないか注意しながら先を急ぐ。
曲がり角や分かれ道に何度か出くわしたが、そのたびにレスターは壁の模様をじっと凝視して、柄の横や上にナイフを押し当てて進んでいる。
見たところで何もわからないのだが、アヤもじっと壁の柄を見つめる。
上から下まで、規則正しく並んでいる蔓草をかたどった模様だ。
これの何で判断しているのだろう……?
そんなアヤを見て、レスターも『気になるのですか?』と尋ねた。
「葉が進むべき道を示している。ナイフを当てて良く見ると……葉の大きさが同じではないところがある。レスターの説明を聞き、なるほどとリネットも感心しているようだが、アヤがレスターの役目を引き受けた場合ナイフを押し当てても判断できそうにない気がしたので、『レスター様すごい』と尊敬を乗せて口にした。
「ここへ来てから以前聞いた話を思い出しただけで、別段凄いことはしていません」思い出せなかったら大変な事になるところだったと零しながら、レスターは作業を続けて、導かれる方向へ進む。
道を曲がったところに、鉄製の重い扉があった。
扉に触れる前に罠や魔法がかかっていないか確かめるため、剣の柄でドアの把手に触れる。
何も反応がないのを試してから、レスターは把手を掴んで手前に引っ張った。
「くっ……!」鉄の扉は重量もかなりあるようで、レスターは歯を食いしばりながら腕に力を込め続ける。手伝おうとしたアヤに首を振り、一人で行う。
ギイイと重たい音を響かせながら開いた扉。
把手を離すと、手を握ったり開いてみたりを繰り返して痲れた感覚を元に戻していく。
その後中を覗き込むレスターの視界に――……見覚えのある女性が立っていた。
「よく来たな、レスター。髪を切ったほうが似合うではないか」二人を無事保護できたようだし褒めてつかわす、と――ルエリアは優しい微笑みを向けた。