【異世界の姫君/64話】
「陛下? ……なぜこのような場所へ?」
「なぜだと? 我が城で客人を狙った襲撃があったのだ。奴等を野放しにしてはおけないが、客人の様子を確かめるのは当たり前だろう。
イネスがアンジェラを借りていったのは知っているが、おまえたちが余の前にやってくれば違う対処法を施してやったというのに……
お陰で、ここまで足を運ぶ用事ができてしまった。光栄に思えよ」

レスターは驚きつつも急いでルエリアの前に片膝をつき、労いに感謝の意を示している。

そして、ここはどの辺りなのかとアヤも尋ねた。

「ここは城からは少々離れた――倉庫街の一部だ。寂れているし、倉庫自体も数は多いため隠れやすいしな。
余が何故ここにいるかというのは、トリスとヒューバートが『この道をおまえたちが使うのではないか』と進言したからだ。
ごく一部しか襲撃を知らないとはいえ、人の口に戸は立てられぬ。噂はちらほら広まりつつあった。
被害が及んでは困るので、楽団はおろか音楽会を楽しみにしていた貴族たちも帰らせた。宴の準備までしていたというのに、非常に残念だ」

どうやら、ルエリアは先回りしてアヤ達が到着するのを待っていてくれたようだ。

しかも『迎えに来てやらなければ、おまえたちは城の状態が分からんだろう』とまで言っている。

女王もそれなりにアヤを心配しているようだし、予定が消えてしまったので暇でもあるようだ。

城からもまだいくつか他の倉庫に道が伸びているはずだ、と答え……音楽会はとても残念だったのだろう。次の予定は早くに行いたい、と、ぼやいていた。


「イネスやアンジェラの事は気にしなくて大丈夫だ。
既に数人騎士や魔術師を向けたゆえ、今頃はイネスがレスターの真似事に忙しいだろうよ」

身代わりになってくれたアンジェラは大丈夫だろうか。

窮屈な思いをしていないだろうか……と考えてから、ここは倉庫――先程『視た』内容を話さなければと思い至った。

「あの、お二人に聞いていただきたいことがあります!」

アヤが若干大きめの声を出すと、静かにせぬか、とルエリアにたしなめられる。

「兜くらい取れ」
「あ……ごめんなさい」

ルエリアに指摘され、慌てて兜を脱いだ。

取り去ると、汗をかいた顔にひんやりとした空気が気持ちいい。

その様子を、レスターは優しげな表情を浮かべて見つめている。

「……あの?」

何か、とアヤが尋ねると、レスターはなんでもないと笑った。

「やはりアヤは綺麗だ、と思っただけです」

突然そんなことを言ってくるので、アヤは照れつつも『ありがとうございます』というのがやっとだった。

「そういうことは後にせんか……で? アヤ、なにが視えたか」

呆れ顔のルエリアはレスターをじろりと見てからアヤに視線を移した。

アヤも神妙な顔で頷いて、視た人物の特徴や言葉などを思い起こしながら、曲解がないように伝えていく。

ルエリアの表情は特に変わらなかったが、アヤが話し終わるのを待ってから、ふむと声を出した。

「左頬に火傷の痕があるのは……クレイグか。
まだ城内に潜伏しているというのであれば、これはいよいよ、囲まっている者の存在も洗い出しが必要だな。
おまえの力は過去や未来の会話まで聞き取れるのか。なかなかのものだ」

ルエリアは良い力を持ったな、と言ってくれたのだが、まだ自在に操れるようにはなっていないと答えれば、ではそうしろという実にあっさりした答えが返ってきた。

「さて、余はそろそろ城に戻る。おまえたちを待っていたのだし、ここで一緒に数時間過ごすつもりはないぞ」

なんだったら、一緒に城へ戻るか? と振ってくれたが、レスターは『姫やリネット殿が安全にいられるような場所であれば』と口にする。

「安心できる場所は、おまえが作るのだよレスター。そのための護衛だろう」
「仰るとおりです。申し訳ございません」

再び頭を垂れたレスターだったが、やはり城に戻る事をためらっているようだ。

それを見逃さず、ルエリアは言い含める。

「城に戻るほうが都合はいいぞ。貸してやるのは水の離宮だから、若干宮殿には近いし、今度は奴等風情で太刀打ちできぬ強固な結界を張っておいてやる。
ただそうすると、解除しない限りは閉じ込めるのと左程変わらぬ。レスターにとってはそのほうが動きやすくなるだろう?」

つまり、アヤとリネットの身の安全はきちんと保証されるというわけだ。

それならば、とレスターも納得して頷く。

「あの……ヒューバート様は……ご一緒ではないのですか?」

リネットがキョロキョロしているのを見て、ヒューバートの事を案じているのかと思ったアヤは女帝へ尋ねた。

すると、リネットの表情が明るくなったので――やはり恋人の事を探していたのだろう。

「ヒューバートは、別件で動かしている。神格騎士とはいえ、余の側にはさほど長い時間居ないのだよ」

ルエリア様の護衛というので、ずっと一緒だと思っていました――そうアヤが口にすると、ルエリアは露骨に嫌そうな顔をする。

「なぜそんなレスターみたいな真似をさせなければならんのだ。常に一緒では窮屈で仕方がないだろう」

ルエリアの言葉に同意するところがあるのか、アヤも笑っている。

「……姫。もしや、ずっとそう感じておられたのですか……?」

笑い出したアヤを見て、ショックを受けたのだろうか。

レスターは眉を寄せて困惑していた。

「いえ、私はレスター様と一緒にいることができて嬉しいですよ。
ただ、ルエリア様はお一人で過ごす時間が取れないのがご不満のようでしたから、それで……可愛らしいなって」

女王に向かって可愛らしいとは無礼なやつだ、と相変わらずアヤもルエリアに叱られているが、その声音は怒っているわけではない。

「まあ、いい。話を戻すが、クレイグや手先のものが城に潜んでいる以上、早急に関係者を捕縛する必要がある。
それと、アヤの命を惜しまぬような話もしているのだから口封じを行いたいのだろう……一服盛られる危険も考慮せよ。
当面の間は、食事や飲水にも気をつけることだ。城に帰還次第、アンジェラには役目を解除させる。
聖騎士の職務もあるのに、いつまでもおまえの役を演じさせるわけにはいかぬ」
戻る間に、アンジェラが襲いかかってきた敵をねじ伏せていればいいが、襲撃も人気の少なくなる夜まで控えるだろうなとルエリアは予測し、アヤに『おまえは集中などを学んで貰う必要がある』と言い放つ。

「つまり、勉強の時間だ。講師を呼んでおく」

リネットもよく知っている講師だと教えると、まさか、とリネットは表情を明るくした。

「そう。アニスだ」

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