【異世界の姫君/52話】

アヤはその後、城門側の見張り台にもやってきて、兵士に突然申し訳ありませんと言ってから(レスターは謝る必要はないのだといったが)同じような質問をする。

城門の外側には跳ね橋がついており、城門の内側……見張り小屋の中に橋用の宝珠がある。

カギとなる宝珠を触れ合わせることで跳ね橋の上げ下げが可能になっている。

もちろんカギを持つのは当番のみとなっているし、スペアキーともいえそうな予備の宝珠はしかるべきところに保管してあるため、一般の兵士がおいそれと持って行けるようなところには置いていない。

見張り台の下を覗き込むようにしながら、城門から先……堀になっている部分や外壁の様子をじっと見て、再び遠鏡を借りると無駄とはわかっていつつも遠くを見つめている。

(……多分、ここが本でレスター様が最後に戦っていた場所……)

アヤは目から遠鏡を離すと、悲しげな顔でその景色を眺める。

この景色一帯に、レスターとは違う赤い瞳が、星の数ほどぎらぎらと輝いて見えたのだろうか。

幸い、というのか――ここからの光景に、街の姿はない。

城は山の斜面に建っており、城の右側面には小高い山が連なり、左側面から後方の平地に町が広がっている地形になっているのだ。

「攻めるにあたり、ここが一番簡単でしょう。それでも……苦労はあるでしょうが」

丸顔の兵士がにこりと微笑むと、どうしてですかとアヤは不思議そうに尋ねた。

その表情も可愛らしく映ったのだろう。兵士はさらに目じりを下げながら、こう教えてくれた。

攻め込むには険しい山を越えるか、迂回して城門を目指すか、街側から攻める必要があるのだが――街は以前の失敗から、神格魔術師の強固な結界が張り巡らされており、神格級がおらずとも、宮廷魔術師であれば結界の発動呪文を唱えるだけで張ることが可能となっている。この結界を打ち破るのは、相当に難しいらしい。

どれくらい厳しいのかといえば、この世界――エルティアの技術に照らし合わせて考えると、マジックマスターと呼ばれるイリスクラフト級の魔術師の手を借りなければならないというくらいだろう、ということだ。

「もちろん油断しているわけではありませんが、事実上まず突破はあり得ないと踏んでいます」

そうなんだ、とアヤは相槌を打ってから、確か以前の話ではその『イリスクラフト』はレティシスたちの仲間だったはずだというのを思い出した。

「……あの。マジックマスター……なら破壊できるかもしれない、というくらい強固なのは分かりました。
イリスクラフト……マジックマスターは、二人いたのでは?」
「正統なる後継者は一人のみです。
もう一人にも素質はあったようですが……行方も生死も不明です」
――そこで、アヤはなるほど、と……ようやくレスターが夜襲など信じられないという顔をしていた意味が理解できた。

こうして恐ろしく強い結界があるのなら突破など、まず――できない。

山からの侵入……いわゆる逆落としを実行しようと考えても、登りきるまでに無駄に兵力を消耗するため、余程の馬鹿か天才でなければ思いついても実行する指揮官は居ないだろう。

迂回して城門を目指したところで、弓兵や魔術師が揃えば、まず城壁に開いた壁の覗き穴から狙い撃ちされる。

騎士たちも準備が整い次第飛び出していくのだから、この狭い地形では誘いこんだら敵は逃げ場もないだろう。

「……数で押しきろうとしても、わたしとてリスピアより賜った創造宝具を守護するもの。それ相応の自信はあります」

わたしだけではなく、ヒューバート様も、何より皆がいるのだから――と言われて、アヤはそうですねと微笑んだ。

「皆で力を合わせて、この国を守っていらっしゃるのですものね」

そういわれた兵士は目を潤ませて感激しているし、レスターも僅かに照れたような表情を見せた。

「――だから、お前らみたいなのがいると迷惑なんだよ」

不機嫌極まりない男の声が聞こえて、レスターは怪訝そうに振り返る。

少し離れた場所には、腕組みしたまま憎々しげにレスターとアヤを睨みつけているロベルトがいた。

「……魔族が得意げにクリーチャーを持っているのもどうかと思うのによ。挙句世間知らずの姫様に地形の説明。気分は学者さんか? 偉くなったもんだな、レスター」
「知りたいと思うことを、わたしが知らせることができる範囲で伝える事の何が悪い。思い上がったことはしていない」

レスターがアヤの前に立つようにして言い返すと、はん、と鼻で笑ったロベルトはバカかよ、と吐き捨てた。

「女に骨抜きにされたやつが何言ってんだ。どうせベラベラ喋っちまうんだろ? その女がどこの国と通じているかわかりゃしないのにな!」
「ロベルト、無礼なことを言うな! 姫は間者ではない!!」

言葉を慎めと声を荒げたレスターを蔑むように睨んで『どうだか』と逆撫でするような声で言った後、レスターの肩越しで口を引き結んだままのアヤに視線を移した。

「じゃあ聞くけどな――あんた、どこの国の王女なんだよ?」
「え……?」

思わぬことを聞かれて、アヤは冷水をかけられたかのように体が冷えていくのを感じる。

「この近隣の国で『アヤ』なんて名前の王族は聞いたこともないね。
だが王族なんだろ? 外交で来てるんだか知らんが、どうであれ――自分の国のことくらいは教えてくれよ、なぁ姫様」

こういう場合、問われれば答えるのも当然の礼儀だ。しかも、隠し通せない雰囲気である。

肝心のレスターも、彼女の出自は気になっていたようでロベルトを窘めつつも、答える必要はないとは言ってくれない。

(ど……どうしよう……!?)

アヤの持っている中途半端な知識では、迂闊なことを言えばロベルトもそこを突いてくるかもしれない。

どういえばいいのか、アヤは顔を蒼くしながら――私は、と呟いた。


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