【異世界の姫君/51話】

――アヤの予知では、夜襲が起こる……?

レスターは言葉を失い、辛そうな顔をしているアヤを見つめたまま、次にかけるべき言葉を考えていた。

しかし言葉は出てこず、アヤの話も信じたくはなかった。

だが、彼女が嘘をつくはずはない。

そう思っていても、自国に降る厄災というのは一つでも少ないほうがいい。

「……それは、明日必ず起こるのですか」

しかし、アヤはどっちともつかぬ返事をした。

「私が見たものはそうだったというだけで、必ず起こるのかは私にも断言できません。
でも、そんな怖いこと起こしたくはありませんから、何かできることはないかと思うとじっとしていられなくて……」

本の中ではそうなった。

だから本の通りなら起こるかも――というだけである。

しかし、それをいってしまうのはいたずらに危機感を煽るだけだし、今でさえレスターは怒っているような顔をしているので、言い出せないというのもあった。

「……アヤの予知が当たった事はありましたか?」

そう言われ、アヤは口元に手を当てて記憶を遡る。

アヤがこちらに来てから、本の通りになったことはあるのだろうか。

23日には何があったらだろうか。

その日が思い出せないなら次の24日は?

「……レスター様は、24日から私と行動されていたので訓練には出て……おられない?」
「はい。
常にご一緒の行動ですので、そのあたりは姫もご存知かと思いますが……」

レスターの言葉にアヤは大きく頷いて、本の記述と比べてみる。

出番はそんなに多くはないにしろ、レスターの行動だけを文面から拾っていった事もあったので、記憶に残っている部分はいくつかある。

その24日は、朝の訓練が終わった後に、食堂で同僚と話しているはずだ。

だが実際アヤがこの身で体験したのはリネットに起こされた時、レスターが血相変えて駆け込んだ事だった。

それにレスターの朝食はどうだったのかといえば、ルエリアの謁見の際にも食堂には行かず、

結局アヤと一緒に摂っていたので兵士たちが集まる場所には……恐らく風呂にしか行っていない。

レスターだけでなくヒューバートはどうだったかとも考えてみたが、彼の場合は朝の訓練も出ているし、

恐らくレティシスにも一日一度は会っているのだろう。

記述とあまり変わったところは――……。

「あ。ヒューバート様は、昨日私と話した後にお出かけになってましたね。
私が知っているのは……出かけなかったはずです」

天気も荒れているのかもしれない。

違うと感じたことを次々あげていくと、レスターの顔から険しさが消えたのはいいのだが、逆に疑わしかったのか眉根が寄せられていた。

「あまり気にすることではないものが違っているようですが……その程度の相違点しか無いのであれば、そこまで行動する必要などないのでは?」
「私は気になります!」

レスターが事もなげに言ったので、アヤは思わず声を荒げてしまった。

「だって、もしかしたらレスター様が……大怪我をしてしまうかもしれないんですよ。
それじゃ済まないことだって考えられます。
確かに立証出来るようなこと、何もないけど……当たるか当たらないかを黙ってみているのは嫌です! 怖いんです!」

怖いといった瞬間、ぼろっとアヤは大粒の涙を零した。

レスターははっとした顔でアヤの頬に手を置いて、すまないと謝った。

「イネスさんやルエリア様がそうなっちゃったら、レスター様だったらどうするんですか。
私なら絶対後悔します。気をつけて対処すれば、なにか良くなったりするかもしれないじゃないですか。
助かることだってあるはずです。だから、人から見てどうでもいいって思われてもいいです。
でも、レスター様だけには、そう思ってほしくない……」
「悪かった。また不用意に傷つけてしまった……わたしも考えを改めます。だから泣かないでください」

両腕でアヤを包み込むと、背中をポンポンと叩いた。

腕の中でアヤはぐすぐすと鼻をすすっている。

「考えを押し付けたりしたくないですけど……、たとえ調査をして何ひとつ変わらなくても、安全点検くらいにはなるんじゃないでしょうか」
「アヤはつまり、わたしたちの事を考えて調査をしているんだな……」
「自分の為でもあります」
「……そうだな。軽率だった」

気も回らなくて、なおかつ辛くあたってしまったのを詫びるレスター。

しかし、彼らが佇む城壁には、もっと厄介な男の姿があったのだ。

(ふぅん……。
あの女、予知があるとかあの魔族や陛下に言ってやがるのか)

壁の影に隠れながら聴力を向上させる魔法を使って、彼らの会話を聴いていたロベルトは、気配を消しながらそっとその場から離れる。

しかも、夜襲が起こるかもしれないなど馬鹿げたことを言って、レスターも情にほだされて正確な判断ができないようになっているのだと思ったロベルトは、だからアイツは信用ならないんだと心の中で罵り嘲笑した。

(……まあ考えによっちゃ、あの女を数日どこかに閉じ込めておけば、捜索するため勝手にレスターはあちこち動くだろう。夜襲なんざあるわけがない。数日経って何事もなければ、女を陛下の前に引きずり出して罪を引っかぶせることも出来るな)

レスターの信頼も、アヤの能力も否定できるのであれば願ったり叶ったりだ。

思わずニヤリと口元を歪めたロベルト。

今後の計画を想像しながら踵を返して宮殿に向かって歩き出したが、長く伸びる紫の髪は、蛇を思い起こさせるように妖しく風に揺らめいていた。


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