【異世界の姫君/53話】

「私、は……」

自分の国は何処だと言われても、この世界の地名すらロクに知らない。

何とかしなければならないと思えば思うほど、アヤの頭の中は何も考えられなくなる。

「……姫。お答えできかねるなら……無理に回答する必要はない。
あなたは我々よりも身分が高い方であるし……だいいち、陛下とのお約束に背くことはない」

困りきっているアヤを見かねたレスターが助け舟を出してくれるが、まだロベルトは諦めていないようだ。

「身分の高い方、ねェ……随分いい子ぶってんじゃないか、レスター?
そりゃ、お前みたいに魔族の血が流れた奴より、本物の姫様なら身分はずっと高いかもしれないよな」

その言葉にムッとしたのは、やはりレスターではなくアヤのほうだった。

「どうしてそんな酷いことばかり言うのですか? ロベルトさんには、人の痛みがわからないんですか?」
「……ふざけたことを言う姫様だな。
そういうあんたこそ、一体なんなんだ? 本当に王族……いや、人間か?」

眼の前にいるのが姫だろうと誰であろうと、ロベルトの口の悪さは変わらない。

王族でも人間でもないかもしれないなあと言いつつ、レスターの側にやってきてアヤの髪や目を睨みつけるように眺めた。

「黒が出る人間なんか、ごく稀にしか存在しない。
しかも体全体に出るような奴なんて一握もいるはずがないんだ、っていうのはお前だって知ってんだろ?
ところがこの女はどうだ。髪も目も、眉もまつ毛も黒い。これ人間が自然に出せるものじゃないだろ」

化物同士お似合いじゃないか、とロベルトが笑ったところで――

「――この不敬者めが……。余の賓客を愚弄するか!」

突如、威厳ある女性の声がした。

驚いてロベルトが振り返れば、ぎろりとロベルトを睨むように見据えたルエリアがいるではないか。

「……へ、陛下!?」

慌ててロベルトやレスター、兵士たちがその場に跪く。数秒遅れて、アヤも同じくしようとするとルエリアは側に来るようアヤへ言いつける。

なぜルエリアがこんな所に、とも思ったが――脳裏で、ヒューバートがルエリアに話しかけ、女帝は眉をひそめて立ち上がった……ところまでの映像がアヤの脳裏に浮かんでいた。

(……あれ?)

その場面の記憶もないが、妄想にしてはあまりにも鮮明だったため言葉も聞き取れそうだったが、ルエリアに早くしろと急かされてしまったため、跪く騎士たちの側を通り抜けてルエリアの横へ立つと、ルエリアがロベルトに向かって話し始めた。

「ロベルト、おまえの態度は最近目に余る。レスターに嫉妬するのも大概にしておくといい。
家柄はお前が上でも、心根はレスターに遠く及ばん。他者を傷つける事を平然と行うようなお前に宝具など任せられるわけがなかろう」
「…………お言葉ですが、陛下。レスターの何をそれほど評価されているのですか」
「才能の他にひたむきな努力と、それなりに善良な性格であったことだが」

その質問にも、ルエリアは眉ひとつ動かさずあっさり答えた。

しかも、ここまで褒めておいて『レスターの事はいいとして』まで言われている。

「おまえ、アヤを化物だと愚弄したな……? なるほど確かに、ここまで黒き娘は今まで見たことがなかろう。
しかも多数の祝福まで持っているから余計に恐ろしく感じる奴もあるだろうな。
どの国に属しているか気になるのも、人のサガ……というべきか。誰かに漏らさぬというのなら、特別に教えてやらんでもないが」

その提案に思わずロベルトは顔を上げ、本当ですかと好奇に彩られる表情のまま尋ねた。

「無論だとも。何度も言うのは面倒だしな」

腕組みしたままそう答え、心配そうなアヤにフッと笑いかけたルエリア。

その笑みは美しくて頼もしいのだが、一体どう言いくるめるつもりなのだろうか……。

「では……申しませんので、姫の事を是非拝聴したく存じます」

あれだけ傍若無人だったはずのロベルトは、主君であるルエリアにはとても丁寧である。

きちんと忠誠を誓っているのか、それとも肚の中で何かあくどい事を考えているのだろうか。

ルエリアは首肯すると同時に、アヤの腰に手を回して自分の胸に引き寄せる。

「アヤはな、神も多数住んでいたことがあるティレシア王家の末裔だぞ」

この言葉には、ロベルトだけではなくレスターでさえ言葉を忘れ、目を見開いて二人を凝視していた。

「……へ、陛下。失礼ながらその証拠は……おありですか」

ロベルトが震える声でそう尋ねると、ルエリアはむろんあるから置いているのだろうと不敵な笑みを返す。

適当な名前を言ったのかと思いきや、ティレシア、と呟いてロベルトばかりではなくレスターまでもが驚いている。

アヤが発言しようと口を開けば、ルエリアはアヤの脇腹を軽くつねって発言させない。

黙っていろというサインだと知って、アヤは許可が降りるまで貝のように固く口を閉ざすしかなかった。

「し、しかし……その王家の者なら、この国では……いえ、例えアルガレス帝国であろうと……!」
「そうだな。しかし、子供に罪はなかろう。
あの王家といえば神の寵愛を受けし王族。夜神の恩赦の果て、末裔が黒の呪いを持っていようと何ら不思議はない。
それに、ずっと外の世界を知らぬ暮らしだったため、世間知らず甚だしいが……素直な良い育ちだぞ」

そう言われたのが信じられないのか、ロベルトはアヤを睥睨(へいげい)していたが――

「陛下が仰るのであれば、その姫は『そう』なのだとして。
やはり俺は、10年前の事件に関わっていた存在も、その姫が許容されている事にも納得がいきません……」

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