自分の国は何処だと言われても、この世界の地名すらロクに知らない。
何とかしなければならないと思えば思うほど、アヤの頭の中は何も考えられなくなる。
「……姫。お答えできかねるなら……無理に回答する必要はない。困りきっているアヤを見かねたレスターが助け舟を出してくれるが、まだロベルトは諦めていないようだ。
「身分の高い方、ねェ……随分いい子ぶってんじゃないか、レスター?その言葉にムッとしたのは、やはりレスターではなくアヤのほうだった。
「どうしてそんな酷いことばかり言うのですか? ロベルトさんには、人の痛みがわからないんですか?」眼の前にいるのが姫だろうと誰であろうと、ロベルトの口の悪さは変わらない。
王族でも人間でもないかもしれないなあと言いつつ、レスターの側にやってきてアヤの髪や目を睨みつけるように眺めた。
「黒が出る人間なんか、ごく稀にしか存在しない。化物同士お似合いじゃないか、とロベルトが笑ったところで――
「――この不敬者めが……。余の賓客を愚弄するか!」突如、威厳ある女性の声がした。
驚いてロベルトが振り返れば、ぎろりとロベルトを睨むように見据えたルエリアがいるではないか。
「……へ、陛下!?」慌ててロベルトやレスター、兵士たちがその場に跪く。数秒遅れて、アヤも同じくしようとするとルエリアは側に来るようアヤへ言いつける。
なぜルエリアがこんな所に、とも思ったが――脳裏で、ヒューバートがルエリアに話しかけ、女帝は眉をひそめて立ち上がった……ところまでの映像がアヤの脳裏に浮かんでいた。
(……あれ?)その場面の記憶もないが、妄想にしてはあまりにも鮮明だったため言葉も聞き取れそうだったが、ルエリアに早くしろと急かされてしまったため、跪く騎士たちの側を通り抜けてルエリアの横へ立つと、ルエリアがロベルトに向かって話し始めた。
「ロベルト、おまえの態度は最近目に余る。レスターに嫉妬するのも大概にしておくといい。その質問にも、ルエリアは眉ひとつ動かさずあっさり答えた。
しかも、ここまで褒めておいて『レスターの事はいいとして』まで言われている。
「おまえ、アヤを化物だと愚弄したな……? なるほど確かに、ここまで黒き娘は今まで見たことがなかろう。その提案に思わずロベルトは顔を上げ、本当ですかと好奇に彩られる表情のまま尋ねた。
「無論だとも。何度も言うのは面倒だしな」腕組みしたままそう答え、心配そうなアヤにフッと笑いかけたルエリア。
その笑みは美しくて頼もしいのだが、一体どう言いくるめるつもりなのだろうか……。
「では……申しませんので、姫の事を是非拝聴したく存じます」あれだけ傍若無人だったはずのロベルトは、主君であるルエリアにはとても丁寧である。
きちんと忠誠を誓っているのか、それとも肚の中で何かあくどい事を考えているのだろうか。
ルエリアは首肯すると同時に、アヤの腰に手を回して自分の胸に引き寄せる。
「アヤはな、神も多数住んでいたことがあるティレシア王家の末裔だぞ」この言葉には、ロベルトだけではなくレスターでさえ言葉を忘れ、目を見開いて二人を凝視していた。
「……へ、陛下。失礼ながらその証拠は……おありですか」ロベルトが震える声でそう尋ねると、ルエリアはむろんあるから置いているのだろうと不敵な笑みを返す。
適当な名前を言ったのかと思いきや、ティレシア、と呟いてロベルトばかりではなくレスターまでもが驚いている。
アヤが発言しようと口を開けば、ルエリアはアヤの脇腹を軽くつねって発言させない。
黙っていろというサインだと知って、アヤは許可が降りるまで貝のように固く口を閉ざすしかなかった。
「し、しかし……その王家の者なら、この国では……いえ、例えアルガレス帝国であろうと……!」そう言われたのが信じられないのか、ロベルトはアヤを睥睨していたが――
「陛下が仰るのであれば、その姫は『そう』なのだとして。