実は最初から居たのだが、姿を隠しているので気づかれないだけなのだ。
ヒューバートの思いがけぬ登場と言葉に、レスターは赤面して弁解していた。
「いや……その、間違っていませんが、所々違います……」もごもごとレスターは言いよどみ、照れることはないよとヒューバートが笑う。
「ちゃんと公私共に責任とって守ってね、レスター? 今日のロベルト、なにか良くない雰囲気だったから」ロベルトの名が出たところで、レスターも表情を引き締め、力強く了承する。
「またロベルトがレスターに絡んだのか? まったく仕方のないやつだ……。で? アヤは目をつけられたか」そのことで、アヤはロベルトとの一部始終をルエリアに報告し、ついでに聖騎士や神格騎士はどれ位いるのかなども尋ねた。
「聖騎士は五人。神格騎士はヒューバート一人だ。その他近衛騎士や騎乗士などもいる」騎乗士とは、竜などを操って天翔ける騎士のことで、割と騎士たちには憧れのクラスである。
特に神格、という呼称がつくクラスは、能力的に人間を超越しているようなもので、数百年に一度とも呼ばれる逸材なのだそうだ。
「騎士の職種もいっぱいあるんですね……」会社の『課』ようなものだろう、とアヤは理解し……書物が読めないのなら、自分でメモを取っていくしか無いため、もらった筆記用具に後で書いておこうと考える。
「して――アヤ」ルエリアの淡々とした声が逆に恐ろしく感じて、アヤは頭の中のイメージ……ロベルトにネチネチ言われ続けるさまを思い浮かべて小さく唸った。
「……レスター様は、とても我慢されているんですね……ご立派です」かれこれ10年以上経ちますから、流石に慣れますよと苦笑している。
それでもこのように相容れないとは、よほど根深いものなのだろう。
「ロベルトは、レスターだけではなくて魔族自体を嫌っているんだよ。人間の敵は魔族だ、って教えられて育ったみたいだし。ついでに甘やかされて育ってきたから、ちょっと独善的なところがあるんだよね」ヒューバートがそう告げて、ルエリアには『そろそろ面会の時間が押していますよ』と忠告する。
「ふむ。ではアヤ。眼と今日の予定はどうなっている?」そこまで言って、あ! と大きな声をあげたアヤ。
レスターも同時にアヤが言わんとする事に気づいたようだったが、わずかに早くアヤがルエリアに尋ねてしまった。
「もしも許していただけるのであれば……レティシスにお会いしたいのです」まさか、レティシスの名が出てくるとは思っていなかったのだろう。
なに? と、ルエリアが意外そうな顔をした。
「レティシスに会ってどうしたいのだ」そこで、ヒューバートは二人の前を通って、失礼しますと非礼を詫びつつ壇上のルエリアの側へ立つと何事かを耳打ちする。
多分、それはレスターには教えたくないというアヤの心を視てしまったのかもしれないし、純粋にヒューバート自身の気配りなのかもしれない。
そして、ヒューバートが再び降りていくのを見計らって、ルエリアは『レティシスとの面会をしても、おまえの望む答えが出るとは思わないな』と一蹴する。
「レティシスが帝国の事をおまえにぺらぺらと語るとは思えん。それに、おまえが知ろうとしている根源は……言うなれば、聖騎士の位にあるレスターですら知ってはいけないことだ。国内の忠実な騎士でさえ知る必要のないことを、他国のおまえが知ることなど許されぬ。ゆえに許可はしない」知れば間違い無く、飛ぶぞ――そう言って、ルエリアは扇を自らの首に押し当てて離す。意味を知ったアヤは、思わず背筋をまっすぐに伸ばして緊張の面持ちでルエリアを見つめた。
レスターでさえ知る権限のない話。それほどまでに――アルガレスとリスピアには、深い溝ができてしまったのか。
そして、それを知っている……ある意味当事者のレティシス。一体どう関わっているというのだろう?
「以上で面会は終了とするが、構わんな?」ルエリアの厳かな声にハッとしたアヤは、同意と礼を行うと、ゆっくりと立ち上がる。
「それでは、また夜に拝謁出来ますことを願っております」ルエリアの誘いを断るわけにもいかないが、調べ物もしたい。
なので、アヤは『それではなるべく間に合うよう行動致します』と告げて、謁見の間を後にする。
それを見守ってから、ヒューバートはルエリアに『恐れながら……姫とレティシスを会わせないほうが良いと思います』と告げた。
「姫の能力が発現するかもわかりませんし、レティシスの『探しもの』に興味を抱くと困りますから」ヒューバートの控えめな肯定に、面倒事ばかりだな、とぼやいてからルエリアは再びトリスとガルデルを呼び、ヒューバートも気配を消す。
まだ、今日は始まったばかりだ。
長い一日になることだろう……。