離宮に戻り、身支度を整えたアヤは、レスターと一緒にルエリアの謁見へとやってきていた。
レスターが『陛下にお願いしたいことがございます』と切り出して、アヤとの交際を認めて欲しいと嘆願したのだ。
玉座から微動だにせず、ルエリアにじろりと睨まれたレスターは『もちろん、本気でなければ嘆願できませぬ』と返している。
「レスター。アヤ様は数日経てば、リスピアより姿を消す事もあるのですよ?」トリスがそう切り出したが、レスターもまた食い下がる。
アヤはやりとりにハラハラしつつも、誰に何処まで説明していいかを必死に考えていた。
「レスター。陛下やトリス様に無礼を働くな! 確かに姫はお美しいが、無理だと言ったら無理なのだ!」騎士総長のガルデルにも怒鳴りつけられ、レスターは口をつぐむ。
とても辛いのだろう。伏せられた眼は悲しげだった。
「さて……アヤ。おまえはこの国に婿を探しに来たわけではなかろう? これはおまえにも責任がある」ルエリアはふっと笑うと、ガルデルとトリスを下がらせて――レスターを試すかのように訊う。
「レスター。おまえは、アヤの為に生きるのか? それとも、アヤの為に死ぬのか?」おまえとしてはどちらを重要だと思う、と聞かれた騎士は、主君の顔をまじまじと見つめ質問の意味を図っている。
「……わたしはアヤの為ならば、この命を捨てても惜しくはありませんが――」そう言って、ちらと隣のアヤに顔を向ける。
愛しい姫君はとても不安そうに、それでいて悲しげにレスターを見つめていた。
心配しなくていい、というように笑顔を向けてから、再びルエリアに向き直る。
「――わたしが死ぬというとアヤは悲しみます。それに、折角一緒に居られるのならば、アヤの為にも生きたいのです」喜びを教えてくれた人と愛し合えるのなら、一秒でも長くその笑顔を見つめていたい。
それも偽らざる気持ちだ。
その問いに、ルエリアも頷き返す。
特に何も言われないということは、その返事は良いものだったのだろう。
だが、安堵するにはまだ早い。
ルエリアは、では、と切り替えして再び聞いた。
「アヤが、多少の予知ができるというのを知っているか?」それも仕方のないことだ。
ルエリアが予知ができると言ったのは、レスターが広間の中へ呼ばれる前のこと。
大臣たちが触れ回っていなければ、騎士たちはおろか市中にも届いていることだろう。
レスターの反応に、そうかと答えてから話を続ける。
「アヤはその中で、この国の未来に起こるという重要な出来事を知っている。だが……あくまで予知だ。外れたにしても、余を相手に話をして『外れました』で終わるはずはなかろう?」だからだ、とルエリアは綺麗な髪を一房後ろに流してから、手の甲に自身の顎を乗せる。
「つまり、場合によっては罪人としてアヤの処刑を執行するということだ。それまで余の臣下をくれてやるわけにはゆかぬ」衝撃的な言葉に、レスターは『そんな!』と声を荒げ、一体いつそれが分かるのですかと聞けば――明日だという。
「……だから、期日は三日、というわけだったのですか……」アヤが生きるためには予知が当たるしかないのだが、被害も小さく無事に終われば勝手にしろ、と言い切った。
「アヤもそれくらい教えてやらんか。熱に浮かされるレスターが気の毒だぞ」それに、私も嬉しかったのでついお断りできずに……とうなだれたアヤに、レスターは気にしないようにと添える。
「わたしがアヤを好きになるという結果は変わらなかったと思います。だから、気に病むことはないですよ」そうレスターがフォローをすると、おまえは甘やかしすぎだ、と呆れた顔をするルエリア。
「ともかく、まだ交際の許可はできん」しかし――その場に、もう一つの声が加わった。
「もう城中の噂ですよ。レスターが皆の前で愛を囁き、アヤ様と抱擁しあっていたと」ぎょっとしてレスターが後ろを振り返れば、いつの間にかヒューバートが立っていた。