【異世界の姫君/幕間】

練兵場では、ロベルトがいかにも不機嫌という顔をしたまま、自分より格下の兵士や騎士たちに稽古をつけていた。使っているのは鉄製の剣であるにせよ、力加減なく打ち据えるため、当たった生身の部分へ激痛が走り、思わず剣を取り落とす練習相手。

「おい、誰が剣を落としていいって言ったんだよ? 練習にならないだろうがっ!」
「も、申し訳ございません」

痛めた手首を庇いつつ、砂上に落ちた鉄剣を拾い上げようとすると……ロベルトは砂をつま先で蹴り飛ばし、騎士の顔へと浴びせかけた。

「うぅっ……!?」

反射的に目をつぶり、身を引く年若い騎士の胴を舌打ちしながら蹴り、立てと命じたロベルト。

これには周りの騎士たちも練習の手を止めていた。

「ロベルト。何をしているんだ? 練習と呼ぶには随分ひどいことを」

見かねたヒューバートがロベルトと練習相手の間に入り込み、騎士を立たせて顔を覗きこむと、医務室に連れていくよう他の騎士に命じる。

一番近くに居たものが返事をして、支えてやりながら離れていった。

ヒューバートはガルデルから彼らの練兵指示を任されており、こういったことにはとても厳しい。

現にロベルトを見る目はいつもより冷たいものだった。

「……実践で役に立つ戦い方を教えていたんですよ」

それくらいはいいでしょう、というロベルトに、ヒューバートは苦い顔をする。

「そういう戦い方もある、というのはわかるけど……おおよそ騎士らしくないね。応用なども、まずは基本をしっかりと覚えさせてからだよ」
「わかりましたよ……」
「――ああ、そうだロベルト……」
「はい?」

面倒くさそうな返事をしたロベルトの側を通り過ぎがてら、ヒューバートは冷たく笑っていた。

「――妙な考えを起こさないようにね。なにか起こした場合、君には痛い目を見てもらうよ」

そこは彼にしか聞こえない程度の小声だったが、ロベルトには心臓を掴まれるようにすら感じるものだった。

ロベルトは時折、ヒューバートに心を読まれているのではないかと思う。

それほどいつも的確に指示や苦言を放つのだ。

実際ヒューバートはそういった力があるが、それを知っている者は彼が信頼を置けるものだけ。

無言になったロベルトを一瞥し、彼は再び騎士たちに声をかけ、鍛錬を再開する。

朝の訓練が終わった後も、ロベルトの不機嫌さはますますもってひどくなる。

皆が、アヤとレスターの話をしていたのだ。

「今日さ、レスター様が噂の姫と抱きあってだぜ」
「うそ!? マジかよ……! デキてるっていうのはデマじゃないのか!」
「兄貴のほうと見間違えたんじゃねえの?」
「本当だってば! ちゃんと騎士の方だって!」

食堂でもそんな話がそちらこちらで聞こえて、皆楽しそうに食事を摂っている。

不機嫌そうなのはロベルト一人だけだ。

(くそ。今日は何なんだ……! ヒューバートには睨まれるし、こいつらもバカみてえにレスターのことばかり……)

肘をついて目玉焼きの黄身にフォークを突き刺すと、今朝のことを思い出す。

『私は暁の騎士など存じません。この国の聖騎士は、白銀の騎士のみだと思っておりました』

暁の騎士など存じません。

暁の騎士『など』

存じません。

どこの国の姫かは知らないが、無遠慮な物言い。

そしてあろうことかレスターのほうが……あんな魔族の扱いのほうが上だ。

――畜生、あのクソ女。この俺をコケにしやがって。絶対酷い目に遭わせてやるからな……!

まだひりつく頬に手を置いたロベルトの眼は、怒りと憎しみにぎらぎらと光っていた。


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