練兵場では、ロベルトがいかにも不機嫌という顔をしたまま、自分より格下の兵士や騎士たちに稽古をつけていた。使っているのは鉄製の剣であるにせよ、力加減なく打ち据えるため、当たった生身の部分へ激痛が走り、思わず剣を取り落とす練習相手。
「おい、誰が剣を落としていいって言ったんだよ? 練習にならないだろうがっ!」痛めた手首を庇いつつ、砂上に落ちた鉄剣を拾い上げようとすると……ロベルトは砂をつま先で蹴り飛ばし、騎士の顔へと浴びせかけた。
「うぅっ……!?」反射的に目をつぶり、身を引く年若い騎士の胴を舌打ちしながら蹴り、立てと命じたロベルト。
これには周りの騎士たちも練習の手を止めていた。
「ロベルト。何をしているんだ? 練習と呼ぶには随分ひどいことを」見かねたヒューバートがロベルトと練習相手の間に入り込み、騎士を立たせて顔を覗きこむと、医務室に連れていくよう他の騎士に命じる。
一番近くに居たものが返事をして、支えてやりながら離れていった。
ヒューバートはガルデルから彼らの練兵指示を任されており、こういったことにはとても厳しい。
現にロベルトを見る目はいつもより冷たいものだった。
「……実践で役に立つ戦い方を教えていたんですよ」それくらいはいいでしょう、というロベルトに、ヒューバートは苦い顔をする。
「そういう戦い方もある、というのはわかるけど……おおよそ騎士らしくないね。応用なども、まずは基本をしっかりと覚えさせてからだよ」面倒くさそうな返事をしたロベルトの側を通り過ぎがてら、ヒューバートは冷たく笑っていた。
「――妙な考えを起こさないようにね。なにか起こした場合、君には痛い目を見てもらうよ」そこは彼にしか聞こえない程度の小声だったが、ロベルトには心臓を掴まれるようにすら感じるものだった。
ロベルトは時折、ヒューバートに心を読まれているのではないかと思う。
それほどいつも的確に指示や苦言を放つのだ。
実際ヒューバートはそういった力があるが、それを知っている者は彼が信頼を置けるものだけ。
無言になったロベルトを一瞥し、彼は再び騎士たちに声をかけ、鍛錬を再開する。
朝の訓練が終わった後も、ロベルトの不機嫌さはますますもってひどくなる。
皆が、アヤとレスターの話をしていたのだ。
「今日さ、レスター様が噂の姫と抱きあってだぜ」食堂でもそんな話がそちらこちらで聞こえて、皆楽しそうに食事を摂っている。
不機嫌そうなのはロベルト一人だけだ。
(くそ。今日は何なんだ……! ヒューバートには睨まれるし、こいつらもバカみてえにレスターのことばかり……)肘をついて目玉焼きの黄身にフォークを突き刺すと、今朝のことを思い出す。
『私は暁の騎士など存じません。この国の聖騎士は、白銀の騎士のみだと思っておりました』暁の騎士など存じません。
暁の騎士『など』
存じません。
どこの国の姫かは知らないが、無遠慮な物言い。
そしてあろうことかレスターのほうが……あんな魔族の扱いのほうが上だ。
――畜生、あのクソ女。この俺をコケにしやがって。絶対酷い目に遭わせてやるからな……!まだひりつく頬に手を置いたロベルトの眼は、怒りと憎しみにぎらぎらと光っていた。