【異世界の姫君/44話】

「姫……こんなに震えて……」

レスターはその震えを少しでも軽くしてあげたいと思い、心配そうな顔でアヤの体を軽く抱き寄せると、自身の腕へ収める。鎧ごしではあったがレスターの逞しい腕に抱かれたアヤ。

胸はどきどきと高鳴るのだが、自身でも気づかぬ心地良さに、身体を預けたままだ。

「……大丈夫です。ロベルトさんが通り過ぎた後、やっちゃった、怖かったー……って思ったら腰が抜けただけです」

恥ずかしそうに愛想笑いを浮かべたアヤに、レスターはなぜですかと聞いた。

「なぜ、そんな恐ろしい思いをしてまであんな行動を……! わたしやイネスはロベルトの言動には慣れておりますから、どうということは――」

慣れてるとか関係無いですよとアヤがレスターの腕に触れたまま答えた。

「だって、あの人……顔は全然見えませんでしたけど、口調は楽しそうだった。人が気にしていることを、知らない人に得意げに話すのは、失礼だと思うんです。ましてや本人を前にして……。許される事じゃないです」

そうしてレスターに向き直ると、沈痛な面持ちの彼を見て首を横に振る。

そんな悲しそうな顔をして欲しいわけではないのだ。

「……レスター様は、ずっと生い立ちのことで我慢されてきたのでしょう? 私にはその苦しみが半分も理解できないけれど……でも、魔族だって、人間だって関係無いです。あなたが、あなたであることには変わらな――……」

アヤの言葉は、急にレスターが強く抱きしめてきたことによって途切れてしまった。

「レスター……様?」

抱きしめられているので、彼の肩越しに微笑ましく見守っている(ような気がする)イネスの姿らしきものがある他、レスター自身の顔など当然見えない。

抱きすくめられたアヤは、顔を赤く染めながらレスターの名を呼ぶ。

「……アヤ……わたしの愛しい方。あなたと出会えたことに、女神エリスへ感謝を」

体をゆっくり離し、きちんとアヤの表情を見つめたまま、レスターは『あなたが好きだ』と熱っぽく囁く。

当然驚いたアヤは、しどろもどろになりながら『えっ、あの、いきなりそんな』と動揺を隠し切れない。

「構いません。あなたがわたしを受け入れずとも、わたしは姫……アヤを心からお慕いしております」

レスターの表情も声も甘いものになっているが、アヤとてこんな美形に告白されるのは非常に嬉しい。

だが、まだ出会って数日で、お互いのこともよく知らぬまま告白していいのだろうか、とも考える。

先ほどは恐怖で震えていたが――今は喜びで胸が震えているのだ。

「私……どうしよう! 嬉しいのに、うまく言葉が出てこないです……」

これは恋じゃないのでは? 昨日の夜まではそう思っていた。

しかし、レスターが他の人と一緒に仲睦まじく歩いていたら――と想像するだけで、それは凄く嫌だった。

彼がどこかに行ってしまうのも悲しいし、ましてや失ってしまったら、きっと辛すぎて立ち直れない――そして、今こうして好きだと言われて、ようやく……自分の気持ちにも、気づくことが出来たのだ。

「……私も、レスター様が……好きです。今まで出会った男の人の中で、一番大好きです」
「姫……」

レスターは驚いた顔をして、そのあと少しずつ、顔が柔らかい表情となって――至極嬉しそうに笑ってくれた。

「……今日は朝からとても嬉しい日になりました。
このレスター・ルガーテ、一生あなたを愛することと、守ることを……誓います」

ですから、とレスターがその続きを言おうとするところで、モブ状態だったイネスが『あのー』と口を挟んできた。

「レスター、凄く盛り上がってるところ悪いんだけど。お前、こんな人だかりの中でなんかすごい約束とかするの?」

ていうか告白していきなりは早くない? と、弟の真面目加減と手の早さに困り果てた顔をして、イネスが空いている手を周りに向けた。

レスターがそちらに視線を向けた途端、緩んでいた表情は一気に引きつったものに変わる。

いつの間にか見知った顔から見知らぬ顔まで、様々な人々が……レスターとアヤの挙動をじっと見つめていたからだ。

そこにはリネットの姿もあって、また相変わらずいつものニヤニヤを浮かべている。

「こ……これは見世物ではありません! お集まりになられても困ります!」
「ここ朝一番使う通路だ。しかもど真ん中で男女が抱き合ってたら見るだろ普通」

イネスがやれやれと言いたげな顔で見物人に散るようにジェスチャーを送る。

まだ残るものもいるが、それぞれその場から本来の目的地へ移動し始めた。

ワゴンを押している最中にこの状況に出くわしたリネットなどは、最初から見たかったなあと言いながら側へやって来ると、アヤとレスターに『もう恋人同士なんですかね?』とワクワク顔で尋ねる。

レスターとアヤは、どちらともなくお互いの顔を見つめ、優しく微笑んだ。

アヤは何といって良いのか分からず、紅潮する顔を押さえて俯いたが、レスターはハッとした顔をする。

むぅ、と唸って口元を抑えて『まだ、そうは言えません』と告げた。

「普通であれば、恋人といえる間柄になるのでしょうけど……姫は、陛下の大事なお客様なのでしょう。わたしが勝手に恋焦がれたとしても、まだ陛下にお許しを頂いておりませんので……至極もどかしいですが、そういう間柄とはいえません」

そう。

ルエリアが条件付きで、アヤを手元に置いているに過ぎない。

しかも、恋人になったところで……アヤはレスターと一緒に過ごすことができない可能性も高いのだ。

「じゃあ、陛下に報告しておかなくちゃね……ロベルト様のこと、だけど」

リネットに代わってワゴンをイネスが押している。これは執事の役目ではない気がするのだが、手持ち無沙汰だったのだろう。

ロベルトの名を出したところでアヤの表情が曇ったが、レスターは『伝えておくほうがいいかもしれない』と答えた。

自分一人であれば構わないが、アヤに危害が及んでしまう事も考慮しなければならないだろう。

そして、リネットも『ロベルト様とお会いになられたのですか?』とアヤに尋ねていた。

「はい。レスター様に酷いことを言ったので、私つい叩いて文句を言ってしまいまして……」

アヤが平手打ちのジェスチャーをすると、まぁ、とリネットが両手で口を覆う。

この態度からしてみても、ロベルトとは極力関わってはいけなかったようだ。

「……わたし、ヒューバート様にもお伝えしておきます……」

どうぞお気をつけ下さい、とまで言われたアヤは、今更に『やりすぎちゃったかな……』と呟いた。


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