【異世界の姫君/39話】

10年前――といっても、それ以前より人間と魔族の争いは延々と続いており、戦争は激しさを増していた。

なぜ人間と魔族がいがみ合うのか……それは相いれぬ者同士だからという他に、【欲の拡大】があるという。

もちろん他の種族も住んではいるが、人間は生命力も強く、このような状態にありつつも人口を僅かずつではあるが増やしており、商人たちは生活や争いに必要となる物資を流し、更なる富を得ようとするものも増えてきた。

そして、魔族は土地だけではなく、食料を欲している。魔族の数は人間などよりもずっと多い。

彼らの領地は世界の半分以上を占めているとはいえ、耕すようなこともしなければ、今よりも食料を増やすために育てる、というような利用をするでもない。

彼らの食料は、いつも不足気味なのだ。

しかし、食事ひとつとっても肉を食らうものもいれば、血を吸うもの、精神を食らうものなど魔族の食事も多種多様。

今日よりも明日、明日より数ヶ月後……などと食べるために手間暇などかけていられない。そこで、彼らは人間に目を付けた。彼らの土地を奪ったり、または家畜や人間を捕食したり、愛玩したり……恐怖を抱かせれば従順で、命令せずともそこそこ賢く働くし、様々な用途に使える人間は非常に便利だったのだ。

だが、人間も言いなりだったわけではない。

自分たちの生活や家族、ひいては国を守るため、武器を手にして戦っていた。

毎日敵味方なく斬りあって倒れ、川には水ではない赤いものが流れ、踏みにじられた土地は枯れていく。

そして人間同士も争うことが度々起こっていたという、悲惨な状態だった。

それを見過ごせなかったのは、当時17歳であったアルガレス帝国の皇子、カイン・ラエルテ・アルガレス。

魔王と会談が出来るような機会を設けることはできないかと王の説得を試みたが、当然そのようなことが受け入れてもらえるはずはない。

民と国を救うという使命感に燃える皇子は、自分から赴くと言って、幼馴染でもある魔術師の名門、イリスクラフト家の兄妹を連れて旅に出た。

道中、レティシスや他国の王女なども加わり、数々の苦行を乗り越えて魔王の居城へとやってきたが、魔王との話し合いは他者の思惑により決裂。

多数の魔族も姿を現し、そのまま戦うことになる。激しい戦いの後、皇子たちは魔王を倒した。

そうしてこの世に束の間ではあっても平和が――

「――訪れるはずだった」

とつとつと語っていたレスターは、そこで言葉を切ってアヤとリネットの表情を見つめた。

リネットはある程度その話を知っているため、表情を曇らせているだけだが、アヤはこのような話を全く知らなかったので、そうだったんだ、と言いながら口に手を当ててなにか考え始めている。

レスター自身、複雑そうな顔のまま『だがこうして、いまだに我々は戦っている』と終えた。

「魔王を倒しても、この状態は覆らなかったんですね……」
「ある程度は被害も減りました。豊かとはいかずとも、場所によっては食べ物を巡って争う事は少なくなった国も……。治安も良くなった場所も多くあります。ですが……この国はいつ大戦が起こるとも限りません」

レスターはそうして、再び口をつぐむ。

どうやら、その時の戦いに、何か色々な原因があるようだ。

(私が、リスピアの文字を読むことさえ出来れば、資料を漁ることも出来たかもしれないのに……)

読めたとしても、彼女の目が見えるようになってからでなければ無駄なのだが……それくらい、アヤはこの出来事にも興味を持ってしまったようだ。

しかし、リスピアとレティシスの関係が深かったとしても、夜襲が起こることとレティシスはあまり関連性がないような気はした。

(ああ……本当に、目が見えないと不便……。何をするにしても、うまく行動が取れないよ……)

それだけ、目から入ってくる情報というのは大事なものだったわけだが、焦ったところで回復が早くなるものでもない。明日や明後日に視力が回復していれば、その分動き回れるように、今のうちから予定を立てておくほうがいいだろう。

「いやはや、雨が止んだと思ったらまた降って来ましたよ。明日も天気は不安定らしいです」

丁度イネスが悪態をつきながら帰ってきた。

割と態度のでかい執事なのだが、その手には色鮮やかな生花と花瓶を持っていた。

「このお部屋は窓から中庭が見えないんだよねぇ。だから、お花を買ってきたのさ。ま、レスターにはこれがあっても、綺麗な『花』があるから色あせて見えるんだろうけどな!」

またニヤニヤするイネスへ、何をまたふざけてるんだ、とレスターが冷たく言い放つ。

しかし、それはまるで効果がなく、かえって兄のニヤけ面を長持ちさせるだけに終わってしまった。

「いいからあっち行ってろ!!」
「へいへい」

レスターに怒鳴るよう言われつつも、イネスは騎士の頭を軽く撫でてやり、花を活ける場所を探し始めた。

そして、雨が窓に当たる音を聞き――アヤは明日は晴れるのかなと考えた。

「――イネスさん。天気は不安定だと仰ってましたが、いつまで……雨が続きそうだとか、おわかりですか?」

話を振られたイネスは、ガーベラに似た花を花瓶に活けつつ『明後日くらいまでは降ったり止んだりするらしいですよ』と返す。

(明後日かぁ……今日が24日だから、26日くらいまで……? そうすると、行動範囲も少し狭くなっちゃうのかな)

移ろいやすい天気だったとしても、そこまでは本に記されていなかった。

てっきり晴れ間が続くと思っていたアヤは、明日の予定を場内に変更するほかなさそうだと考え――小さな溜息を吐くと掴まっていた椅子に、再びゆっくり腰掛けたのだった。


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