【異世界の姫君/38話】

レティシスの事を思い浮かべたアヤは、早く話を聞いてみたいこともあって、そわそわと身じろぎしている。

じっとそれを観察していたレスターが、片眉をあげて『まさか、今から牢獄に行こうなんて思っていませんよね』と聞いてみると、アヤは言葉にならない単語を数個発した後、誤魔化すような笑いを浮かべる。

それが通じないほど厳しい顔をしているレスターは、もう一度『思っているのですね』と聞いた。

「……はい。レティシスなら、いろいろ知っているのですよね?」

それなら聞いてみたいという言葉を、レスターはダメだと一蹴した。

「牢獄がどんな者たちを収容しているのか、お分かりでしょう? 大人しい奴らばかりではありません」

自分で提案したにしろ、牢獄へアヤのような娘が行けば、たちまち冷やかされたりするだろう。

外套などを着込んで姿をすっぽり隠したとしても、奴らは女の匂いに敏感だから下品なことも言うかもしれない――レスターとしては、むざむざそんな場所へアヤを行かせたくないのだ。

しかし、アヤは至極残念がって『レティシスに会わせてもらえませんか』と、なんとか取り計らってもらえるようにレスターへ頼み込んでいる。

「26日になれば釈放されますので、それまでお待ちになられた方がいいと思います」

当初の予定――つまり本の記述――通り、26日には出してもらえるらしい。

しかし、レティシスは午後からヒューバートとルエリアに呼ばれ、長い話をするはずだった。

そうなると実質、アヤがレティシスに会って話を聞く時間は殆ど無い。

「せめて25日中にお会いしたい……」
「……会ったとしても饒舌ではないようですから、参考になるような話をしてくれるかどうか……」

窓の外を見ながら、レスターはややぶっきらぼうに答えると、掃除を終えたリネットが『あら、レティシス様にヤキモチですか』と茶化してきた。

ガタッと椅子を鳴らして立ち上がったレスターは、やや動揺したような素振りで『妬いていません』と懸命に否定する。しかし、レスターが否定すればするほど、リネットの顔はニヤニヤと意地悪く歪んでいく。

「本当ですか~? だって、レティシス様は本当に素敵な方ですよ。ヒューバート様に負けないくらい女性に大人気だし、一応世界をお救いになった方ですからね」

え、とアヤが聞き直せば、リネットは『ご存じないですか?』と驚いている。

「レティシス……レティシス・エッジワース様は、仲間とともに魔王を討伐したんです……一応は」

ね、とレスターに同意を求めれば、レスターは苦い顔をして肯定した。

「あの……一応、とは一体どういう……?」

アヤがその先を聞きたそうにしているが、レスターはあまり話したがらない。

その微妙な間というか、雰囲気にハッとしたアヤは恐る恐るレスターに問う。

「……ま、まさか、レスター様とレティシスはお知り合いなのですか!?」
「いや、知り合いなどというたいそうな間柄では……ただ……彼の目的に賛同出来ないだけです」

それに姫はどうしてレティシスだけ呼び捨てになさっているのでしょうか、とブツブツ言っているが、レスターの言葉は本のストーリーを脳内で掘り起こしているアヤには届いていなかった。

(……レティシスの目的……あれ? そういえば何だっただろう……)

本文に記載がなかったのだろうか。

レティシスは目的を持って行動していたからこそ――

そこで、アヤの脳裏に――見たこともない映像が断片的に浮かぶ。

深緋(こきひ)の髪に緑青色(ろくしょういろ)の眼の、凛々しい顔立ちをした青年がセルテステの湖に手を付けて目を閉じている。

しかし――水は清く澄んだまま。

青年は酷く残念そうに眉を寄せ、唇を噛んだところまで映して、突如映像は途切れた。

「――あ。レティシスは、湖が光らなかったんだ……」

彼の目的というのは、能力の習得なのか?

もしそうだったとすれば、リスピア市街へ出かけた時にそれを試した……のだろうか。そういう細かい……いわば本編に関係ないところが省かれているので、アヤにはそれ以上知る由もない。

そこから外れた情報は、全て新しいものなのだ。

(あれ? そういえば……今の、ぱっと浮かんだ感じ……何だろう……?)

自然にこれはレティシスだと勝手に思って納得しかけていたが、この赤い髪の男性は見たことがない。

それに、記憶にしては随分なめらかで、今実際に見てきたように鮮明だった。

「アヤ様? どうされましたか?」
「ううん、なんでもない……ねえ、リネットは、レティシスを知っている?」
「え、はい……宮殿に来ていたのを見ました。その後投獄されてしまいましたけど」
「確かヒューバート様を殴ったとか……。彼なら避けられそうなのに、わざと殴らせたのかしら」

今日だけで数回ヒューバートからの打撃を食らっているレスターが、口を開く。

「――神格騎士という称号を持つ者は、ここリスピアでなくても名が轟くほど、その力は本当に凄まじいのです。しかし、レティシス殿は悪しき者の手から世界を救った勇者の1人。ヒューバート様でも、咄嗟に反応できないほどに素早かったのではないでしょうか」
「それに、レティシス様が世界を救った年齢なんて、今のわたしと一緒くらいなんですよ」

すごいですよねえとリネットが空いているソファのカバーを取り替えながら英雄に対して尊敬の意を述べている。

「そうだったんだ……それじゃあ、レティシスの仲間もそれくらい……若かったり強かったり、だったの?」

その質問は、どうやら良くないものだったようだ。

リネットはもごもごと口を動かし、当時仲間はいましたし、魔王も倒したといえばそうなんですけど、きっとお強かったはずと思います、とまあはっきりしない。

レスターなどは、もう答えようとしない。

呆れているのではなく、どうやら答えたくないらしい。

「レティシスには……リスピアにとって、歓迎されにくいことがあるんですね……」
「……レティシス殿、そしてそのお仲間は確かに英雄です。それは世界中の者が分かっています。
感謝をするものも多いでしょう。それと同時に……我々リスピアにとっては新たな災いの種を植え付けた。
いや……彼だけではない。稀代の魔術師と謳われる一族、イリスクラフトも、です」
「イリス……?」

そんな話は聞いたこと……いや、読んでいない。

エルティア戦記には、確かにレティシスが時折『またあの夢を見た』と心中を語っている部分はあったが、レスターが言う『災い』と何か関係があるのか。

そうしてレスターは、10年前に起きたことを少しだけ教えてくれた。


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