まぁそうだ、と興味がなさそうな口調でルエリアも応じる。
「自慢に聞こえるだろうが、ここリスピアは自然豊かな所。森も水も豊富であり、行き交う人も多い。月の女神の力を弱めるとは、邪竜というのは随分と力を蓄えていたようだ。
しかし、神様を初めて見たばかりのアヤには、エリスの恩恵を受けたにもかかわらず、どの程度の実力なのかすらわかっていない。
人間よりももっと凄いのだろう程度の認識しか浮かばないのだ。
「……ルエリア様、竜というのは、そんなにも凄いものなのですか?」この世界の住人であるならば絶対にしない質問を、あろうことか女王に向けてしまったアヤ。当然ルエリアは物凄く嫌そうな顔をしてアヤを見つめた。
ルエリアの凛とした表情がこのように歪められるさまなどそうそう見ることはないのだが、見えてしまえば自分の無知がどれほどのものか、嫌というほど味わうことが出来たはずだ。
「そうだったな。おまえはこの世界の住人でも、当時を識るものでもなかった。邪竜の脅威を知らぬとはつくづく幸せなことよ……」ルエリアに否定されつつも、じゃあルエリア様だって邪竜の事分からないじゃないですか。とは言えなかった。
「百年程度生きたのドラゴンなどは大きいだけでさしたる問題ではない。人と心を通わせれば心強くあり頼りにもなるが、ドラゴンは長寿。永い月日をかけて成長していく。だいたい竜の恐ろしさについては分かったのだが、なぜ神の力でさえも太刀打ちできないのか……。
そこをまた尋ねると、ルエリアは『今後は歴史の講師も必要か?』と足を組み直してその質問にも答えてやる。
「人間にも戦いが得意なもの、そうでないものがいるだろう。神々も同じだ。戦いが得意な神はあえて姿を見せなかった。つまり、神々は見物していた。ということらしい。
そして、ハークレイの生きていた年代には、まだルエリアは生まれていなかったということかと考え、当たり前だなとひとり納得する。
エリスの娘とはいえ、ルエリアはとても美しく、三十前半程度にしか見えない。
「現在もエリスや太陽神は、役目として地上へ己の力……魔力のようなものを僅かに降らせている。太陽は恵みを呼び、月は安らぎを与える。それにより人々は豊穣を願い、夜は心安らかに眠る。目を覆い、耳を塞ぎたくなるような地獄じみた光景がアヤの脳裏に浮かぶ。
恐ろしさにふるふると頭を振って、搾り出すような弱々しい声音で『そんなひどい事が……』というのがやっとだった。
「おまえも見なかったか? リスピアには処々、その爪痕が残っている場所はいくつかあるぞ」アヤは急に自分のベッドから空に投げ出された時を思い出す。
上空から見た、丘の焼け焦げたような跡。
あれはその時のものだったのだろうか……それにしては、鮮明すぎる気もするのだが。
曖昧に頷くアヤ。
ルエリアは痕跡を見たのだなと言って、続きを語った。
「神々は冷たいように見えるだろうが、そういうわけでもない。期待半分に尋ねれば、ああ、とルエリアは答える。
「まだ、何の力も持っていなかったハークレイだ。それを持って、彼らは邪竜を倒したというわけだと、ようやく長い長い昔話を終えた。
「……それが、実際の歴史……。エリス様、本当に凄い方だったんですね」しかし、アヤはまた疑問に首を傾げる。
それを見て取ったルエリアは、なんだ、と聞いてくれた。
「そうなると、真に讃えられるのはエリス様では……。その質問に、ルエリアは吐き捨てるように『本当に、鈍いなおまえは』と額に手を置く。
「大量に魔力と血液を使ったエリスは、天界に戻るための力すら消耗したためリスピアで身体を休めていた。興奮したのか口に手を当て、多大に驚くアヤ。
『何が凄いものか、お嬢さんはやめろ』とルエリアは言うのだが、その微笑みはとても優しい。では、まだその宝具を持った者が六人いるのだろう。
「まあそんなことはいい。そうだ、とルエリアも肯定して、遠い日を思うかのような視線はアヤを突き抜ける。
「ハークレイは悲しんだ。寝ても覚めても、様々な事柄が視えてしまう。しかし、もうそれは目だけの話ではない。己の身体に、不思議な力が宿ってしまったのだ。暫くはその武勇もリスピアやエリスにも届いていたが、やがてそれは一切届かなくなった。
そして、事の終わりは突然だった。ある日エリスのもとに傷ついた銀雀がやってきた。優しく拾い上げた彼女の手の中に収まると、小さく一声鳴いて息絶えたという。
エリスはハークレイが死んだことを悟って涙を流し、リスピアをまだ若いルエリアに任せて神界に戻ったのだ。しかしハークレイとこのリスピアを愛したエリスは、未だに満月の夜に呼びかければ、あの神殿に来てくれるのだという。
「長々古い話をしたが、アヤ。おまえの目もそうなるかもしれぬ。そうなってしまった所で憂慮しようが、どうにもならぬが……」何か見えているのか、と聞かれても、アヤは特に何かが見えることはないと答えて首を横に振る。
「……ハークレイ様が『真実の眼』で見たものは……必ず今起こっていること、だったのですか?」そう投げかけた言葉を否定して欲しい気持ちで問うたのだが、ルエリアは『ぴたりと当てたぞ』と答えた。
「だから、おまえも同じ目を持ってしまえば……見たくないものが映るかもしれん」ルエリアの冷静な指摘に、アヤはぐっと唇を噛んだ。