【異世界の姫君/28話】

目も開けていられないほどに強い光の奔流は、瞬時に増幅し洞窟中を発光させる。

「何事だ……アヤ!?」

レスターも突然の閃光に痛む目をどうにか開きつつ、腕で光をある程度遮りながら、アヤの姿を探す。

アヤはこの光の洪水に飲まれてしまった。

声も聞こえない。

「一体なにが、どうなってる……!」

毒づくレスターだが、アヤは大丈夫なのだろうか。

少しずつ弱まっていく光。目を開けていてもまぶたを閉じていても、目の奥でチカチカと点灯して視界を覆う。何度も呼びかけながら、アヤがいたであろう場所に向かって歩を踏み出す。

手探りのようによろよろしながら姿を探すと……彼女は、泉の前に倒れていた。

「――アヤ!!」

駆け寄って、屈み込むとアヤを抱き起こす。

名前を呼びながら頬を軽く叩くと、ぴくりと眉をひそめて反応するが、返事はない。

よかった、生きている――ほぅっと息をつくレスターだったが、安心してもいられない。

他に体調を崩したり、危険な徴候があるとまずいため、一刻も早く医師に見せる必要がある。

ぐったりとしたアヤの身体に上着をかけると横抱きにして、洞窟から立ち去るため足早に歩き始めた。

「――……怪我はないよ。

ただ、強い光を間近で浴びてしまったから、一時的に失明みたいになってるようだねえ」

診てくれた男性医師は、ライトの魔法を筒に入れただけの……簡易ペンライト状のもので意識を取り戻したアヤの目を照らす。

だが、アヤの反応はない。頭痛はあるが眩しくもないという。

「……また、すぐ見えるようになりますか?」
「今日明日で治るかはわからんなあ。見えるようになったら、もう一度診断してみるとしよう」

適当な、と隣で見ていたレスターが呟いたが、目は状態が数日経たないとわからないらしい。

「薬を塗って包帯を巻いておくから、今日は取らないように。また明日来て」
「はい……」

立ち上がると、横からレスターが手を伸ばして彼女の手を握る。

「わたしにつかまって……ゆっくり歩こう」
「ごめんなさい、レスター様」

申し訳なさそうな声でアヤはレスターの手を握り返し、物にぶつからないように恐る恐る歩く。

レスターが障害物を避けたり注意を呼びかけてはいるが、アヤはしがみつくように手を握っているので、やはり目が見えないというのは怖いようだ。

「レスター様、お怪我などは……?」

医務室を出ると、アヤがレスターを気遣う。

「ない……いや、ありません」

もう折角ですから普通どおりでいいですよ、とアヤは微笑んだ――ただ、口元だけが薄く開かれただけなので、本当に笑っているかどうかはよくわからない。

目の周りに巻かれた包帯が痛々しくて、レスターは罪悪感もあって苦しそうな表情を浮かべる。

「俺が不甲斐ないばかりに……申し訳ない……」
「レスター様のせいじゃないですよ。

それに、同じようにレスター様の目も見えなくなっていたら、私達帰れませんでしたもの」

それはそうなのですが、とレスターは歯切れ悪く答え、ともかくルエリアに面会を申し出てみるという。

アヤはルエリアの賓客であるため、このようなことが起こってしまっては、すぐに主人へ報告しなければなるまい。謁見の間はいつもであればさほど時間のかからない場所だったが、アヤを気遣い歩幅を合わせながら、いつもの倍以上の時間をかけて到着した。

壁を背につけさせ、アヤに『ここで待っていてください』と言い残すと、謁見の間へ通じる扉の前で兵士たちに『重大な用件があるので陛下にお目通りを願う』と説明しているようだ。

レスターを待つ間、冷たく無機質な壁の感触を背で感じながら、アヤは包帯越しで目に触れてみた。

(……さっき……)

湖面が光り輝いたと思ったら、光が目に飛び込んできた。

咄嗟にまぶたを閉じたはずなのに、目を開けているのと変わらぬほどに眩しく、光を遮断しようとする目が痛かった。

そして、頭の中に声が響いたのだ。

『恐れるな、異界の娘。お前には運命を識る意志があるのだろう』

直接頭の中に語りかけてきた声は男か女かは分からなかった。

だが、危険なことではないような気がして、アヤは体の力を抜いた所……気絶したようだ。

目を覚ましてみると、視界には何も映らない。そう、何も見えなくなっていた。

今まで見えていたものが急に見えなくなるのは辛いことだったが、視力が戻らなかったらどうしようという不安はあっても、なぜか恐怖心だけはなかった。

それはレスターが側にいてくれたことによって緩和されているのかもしれないが、これが運命を変えようとした罰だったとしたら、受け入れるしかない。

だが、失明しただけで人の命と釣り合いが取れるとは、アヤも思えなかったのだが。

「――姫、陛下から面会の許しが頂けました。説明はわたしがするので、陛下より何かしらお言葉があれば応じられますよう」
「はい」

手を引かれて、ゆっくり謁見の間に入ると――

「先程伝令が来てアヤが失明しただののたまっていたが、一体何事だ」

広間に響き渡るルエリアの声はいつもと変わらぬ落ち着いたものだったが、緑の瞳はきつくレスターを見つめている。

アヤを御前へと座らせると、レスターもその横で片膝を付き、左手を自身の肩に添えて頭を垂れた。

「本日、セルテステの洞窟にて……姫君が湖に手を差し入れた所、急に光の洪水が溢れ、それを間近に見てしまったため視力を失ったようです。医師の見解では快癒するかはまだ不明と……」

レスターの報告に、ルエリアは『なんだと』と聞き返すように呟いて、それと同時に形の良い眉が寄せられる。

「セルテステだと? ……アヤ、おまえは本当に洞窟の湖を光らせたというのか」
「私が光らせたかはわかりませんが……水がキラキラ輝いているなと思ったら、急に……」

まことか、とルエリアは信じられないといった口調で再び呟き、玉座に体を預けて天井を仰ぎ見た。

「……アヤ、なぜセルテステに行った」
「私の助けになるかもしれないと教えていただいて……」

誰がそんな事を言った、と厳しい口調でルエリアはその人物の名前を言わせようとしている。

だが、アヤはヒューバートの事を言っていいのか、口をつぐんでいたほうがいいのか迷っていた。

「レスター、トリス、暫し外せ……アヤと話がある」

その迷いを感じたようで、ルエリアは扇を軽く振ってレスターとトリスに出ていけと命令する。

レスターはアヤの側を離れることにためらいを覚えたようだったが、心配せずとも用が済めばすぐ呼ぶ、とルエリアに言われて渋々離れていった。

「……アヤ、率直に言う。おまえの目が見えなくなることはない。数日で視力は回復するだろう」
「え……」

ほっとする反面、なぜルエリアがそのようなことを知っているのか、という疑問も胸中に浮かぶ。

「もう一度聞くが、誰がおまえに教えた」
「……その方を、罰するのですか?」
「訊いているのは余だ。質問に答えよ」

反論を許さぬ口調に変わり、アヤは顔を伏せて『ヒューバート様です』と告げた。

「ヒューバートか……ふん、また余計なことをしてくれたものだ」

苦々しい顔をして、ルエリアは段下にいるアヤをじっと見つめ、痛みはまだあるのかと聞いた。

「少し、頭痛がする程度です。お気遣いありがとうございま――」
「おまえの体を気遣っているわけではない。それは勝手にレスターとリネットが引き受けておるだろう。
頭痛が消えぬうちは、目も戻らぬというだけだ」

つまり、痛みが消えれば大丈夫……ということだろうか?

ルエリアはやはり、なにか知っていると思われる。

「一体、あの洞窟……いえ、湖には秘密があるのですか?」
「あるから余が訊いているのだろうが。ばかもの」

ばかものと罵られ、アヤはごめんなさいと肩を落とす。

「――あの湖、実は聖域でな。湖底に竜脈があり、魔力が水に溶けこんでいるのだ。
しかし、普通の聖域ではない。人間ではなく……この世界に必要とする人材だけを選び取り、魔力を与えて能力を引き出すという、何らかの力を持っている。
そして、百年前にも勇者ハークレイに同じことが起こった」

ルエリアは、泉のことを語り始めた。


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