【異世界の姫君/27話】

「騎士として、自分にとって……陛下はとても大切なお方だ」
「あっ、そ、そうですよね……ルエリア様はすごくお綺麗ですし……分かります」

妖艶なところもあって、大人の女性だと意識せずにいられないのは同性でもよく分かる。

「いや、何か勘違いを……? わたしは陛下を異性としてみているわけではなく、忠誠を誓っている。わたしには恋愛というのは疎くて。実際は……気になっている女性(ひと)もいる、のかなという……程度だと思う」
「……おお、気になる方がいるんですね……」

本当に喜ばしいことだと思うのに、それがちくちくと胸に痛くて、アヤはぎこちなく笑顔を作る。

「…………」

先程からじっとアヤを見つめているレスターは、その時何かを言いかけて――結局やめた。

「――かもしれない、だけ」

しかし、人の事よりアヤはどうなんだと逆に振られ、アヤはよりによって、レスターから自分のことを聞かれるとは思っていなかったため『えっ』と言葉を濁す。

「中学校……十三歳くらいの時にはちょっと気になる人も居たんですけど、今は……」

いない、と言いかけて――アヤはぐっと言葉を止める。

「……今は?」

囁くようにも聞こえるレスターの声。

その声色にどきりとし、前に垂れた髪を耳にかけつつ『どうなのかな』とはぐらかす。

「どうなのか、って、自分のことだろう?」
「そ、それはそうなんですけど……!」

男の子には他に好きな人もいましたし、と当時の話をしはじめても『それは今のことじゃない』とすっぱり終わらせて話を脱線させないレスター。

そうしてアヤの事を見つめたままだし、尋ねられたアヤもそれなりに悩んでいるようだった。

「好き――……なのかは、私にもわからないんです。
でも時々、その人のことを考えると心がきゅっとして、切なくなります。
その人の事もまだ……『ほとんど』と言って差し支えないくらい知らないですし、その人だって……好きな人いるようだし、私の事を、好いてくれているわけでは……ないと思います」

自分で言ったことだというのに、好いてもらってはいないのだろうと口に出した途端、とても寂しくなった。

一緒にいる時間が長かったせいだろうか。

まだ出会って一日程度だというのに、ずっと一緒だったかのような気さえする。

「ほんの少しだけど私はその人の事、前から知っていました……が、実際会ってお話ししてみると全然印象が違っていて……思っていたより、ずっと素敵な人だった。だけど、実際私たちは知らない人同士ですから、普通にそういう感情は抱かないと思うんです」

アヤの表情に寂しさがあったのに気づいたか、レスターはアヤに近づくと、ためらいがちに細い肩へ手を置く。

力を込めたら、簡単に折れてしまいそうだった。

一番最初に腕を握ったときもそう感じたが、女性というものはこんなに華奢なのだなと、改めて思う。

「……わたしは恋愛に疎いが、アヤがその人を大事に思っているのは、なんとなく伝わってくる。相手は幸せだな」

冗談めいた口調で言ったのだが、アヤには笑う事など出来なかった。

――それ、レスター様の事なんですけど……

とも言い出せず、もどかしげに『うぅ……』と詰まったような声を出すばかり。

しかし、空気読めない子であるレスターの口上はアヤを励ます事に向けられており、まだ続いている。

「相手もきっと、アヤを気に入ってくれるだろう。心配いらない」

アヤも相手をぼかして話をしているし、レスターも全く気付かず善意でそんなことを言っていると思うのだが、いささか滑稽にしか見えない。

真剣な眼差しのレスターとは対照的に、アヤは非常に困っているらしく、何とも微妙な顔をする。

だが、もうこの際だからいろいろと聞いてしまおう、と思ったようだった。

顔を上げ、レスターに問う。

「……本当に、気に入ってもらえると――思いますか?」
「勿論だ」
「でも、私には、人を引き付ける魅力はありません。ここでは、黒はなかなか出せない色だから綺麗だ、って言われています。
だからいろいろ注目してもらえますけど……それは、私がたまたまそれを持っているからで――」

私自身が綺麗だったりするわけじゃないです、とアヤは続けたかったのだが、その言葉は急に頬へと置かれたレスターの掌の感触に驚いたため途切れて失われた。

「レ、スター、様……っ?」

レスターがアヤを覗き込むように見つめている。

その赤い瞳は何故か切なげに揺れていて、アヤは引き込まれるように、彼の瞳を見つめていた。

「たまたま持っていたと思っているなら、それでもいい……アヤは、今のままで十分だ。
確かに、黒は垂涎の的だろう。だが、黒いからすべて美しい――とは結びつかない。
さすがに、我々だってその程度の違いは分かるぞ? わたしもまだアヤと出会ってそんなに経っていないが、心根も素直だし、笑顔もいい。だから、十分人に好かれる魅力は持っている」

言われているうちに、また顔と心の中が熱くなって、心臓の音がうるさいくらいに体の中に響く。

これはレスターに聞かれていなければいいと思いつつも、その言葉に感激したらしいアヤの目は潤んでいた。

「アヤは綺麗だ、とわたしは思う」

うわ言のように呟くと、レスターは親指でアヤの唇に触れた。

恥ずかしそうにアヤが身じろぎするも、嫌そうではない。

「そんな顔、しないでくれ……どうしていいか分からなくなる」

指の腹に伝わる柔らかい感触と、アヤの恥じらう表情に酔わされているのだろうか。

レスターは、そっとアヤの顎を上に向けると暫しの間をもってから、唇を寄せ――あと少しで重なるというところで、動きを止めた。

言った後でじわじわと、自分自身がアヤにいった内容や態度が、彼の中で大変なこととして認識されてきているのだ。

――まずい。本当にいけない。

レスターも頭ではそう分かっているのだが、目の前には大変可愛らしいアヤが恥じらいながらも自分を受け入れようとしてくれるし、彼自身でさえ彼女に触れたくて仕方がなかった。

実行するのは簡単なのだが、アヤには気になる異性がいると言っていたのも思い出してきた。

雰囲気に流されるのは容易いが、良くないぞ、しかも彼女はお姫様だ……といろいろ考え始めている。

「……レスター様……?」

ゆっくりと瞳を開いたアヤは、神妙な顔をしたまま固まっているレスターを見上げた。

別段非難しているわけでもなく、本当にどうしたのかと声をかけただけだ。

しかし、レスターには催促しているようにも……見えてしまう。

レスターは欲求と理性の激しい葛藤の後――……力なくうなだれ、ゆっくりと彼女から手を離す。

「すまない……大変なことをしでかすところだった」

数歩後ずさるレスターは、気まずそうに視線を逸らし、アヤもどう答えてよいかわからずに、泉を見つめた。

女性に恥をかかせるほうが騎士としてあるまじきことだと、イネスならば激怒するだろうが……ここにはイネスもいない。

それはある意味で、レスターには幸運だった。

ちょっと残念なような、かといって何事もなくてほっとしたような心境を抱えたアヤもまた、火照った顔を冷ますため、ハンカチを取り出して湖につける。

水も肌に当てるくらいで飲んだりしなければ、大丈夫だろうと思ったのだ。

(……あれ?)

よく見ると、水中にキラキラと輝く粒子のようなものがある。

流れ込んでくる水の中に、砂でも入っているのだろうと推測したが、その光る粒は徐々に数を増やしていく。

そして光に照らされていない場所までも、キラキラと輝いているのだ……!

『良いですか、洞窟内で強い光を感じたら、眼にお気をつけ下さい』
『……どうにかなるものではないかもしれないけれど』

ヒューバートの言葉が思い起こされる。とっさに恐怖を感じ、レスターを呼ぶ。

「……何か、この水――!」

変です、と口に出した瞬間。

湖面一帯が光り輝いた!


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