【異世界の姫君/25話】

なるべく人目につかないよう城の裏口を通り、リスピアの城下町へとやってきたレスターとアヤ。

城の中も豪華で不思議な体験だったというのに、城下町でさえもアヤの心を震わせた。

シナモン色の土とレンガ造りで塗り固めた建物や外壁。

色合いはどこも統一され、路地ごと綺麗に区分けされている。

通路には人が溢れ、様々な髪色をした老若男女がひしめき合っていた。

道の両脇、建物の横や隙間にも、簡素な布で陽射しを遮っただけの屋台などが所狭ましと軒を連ねており、食べ物を扱う店などは昼に向けての準備をしながら通行人に声をかけていく。

食料の他にも衣料品、織糸、生活雑貨などの屋台も多く出ていた。

店主達も数多の冷やかしをやり過ごし、のんびりと座っている。

裏路地では馬やロバの背へ荷を積みこんで手綱を引いて歩いていく人や、数人の子供たちがはしゃぎ、ふざけあいながらその横を駆け抜けていく。

「すごい……活気のある市なんですね」

楽しげなアヤの様子に、レスターも『ハークレイは城下町ですから、人通りも多いです』と添える。

「ハークレイ? この街の名前ですか?」
「はい。百年ほど前、リスピアを邪竜の襲撃から救ったといわれる勇者ハークレイの名を冠した街です」
「私たちの国でも、有名な人の名がついた道はありますけど……救世主の名が付けられた街というのも中々凄いです……」

そう返事をすると、レスターは『それだけ感謝していたのですよ』と再び周囲に眼を移した。

「ハークレイ通り、という道もあってややこしいのは確かですけども」
「両方あるんですね……」

活気があるこの道は買い物客でごった返す。

商品や店を楽しそうに見つめているアヤは、うっかりすると人波に紛れてしまいそうだったので、レスターが外側に立ち、アヤが押されたり見失ったりしないようにと配慮する。

「レスター様……」

呼ばれたレスターは小首を傾げて、逆にアヤへ問い掛ける。

「先ほどの流れでは、忍んで外出しているということですし……平民を装うなら敬称はまずいのでしょうか?」

別にまずいという事もないだろうが、イネスが余計なことを言ったせいで、アヤもここで敬称をつけては変だ――という気がしてしまったようだ。

「……じゃあ、敬語とかもいらないですよ。普段通りにお願いします」
「わかった」

しばらくの間、そうさせてもらう――とレスターが言って口調をガラリと変えたので、アヤはまた彼の新たな一面を見たような気がした。

「ん? どうかしたか?」

何か不都合があったかと、レスターはアヤに聞いたのだが……彼女は色づいたサクランボのように頬を染める。

「なんか、いつも敬語でお話ししてたから……普通のレスター様、なんだか男らしいな、って」
「わたしは男なんだが……」

そうは言いつつも、乙女が頬を赤らめてまでそんなことをいうものだから、レスターもどう対応して良いかわからず、視線をさまよわせた。

そしてややあってから、アヤをその視界に収める。

ドレス姿でないのも、新鮮さの一つかもしれないが……コーディネイトしたリネットの趣味も、そこそこ良いようだ。

髭を生やし上半身裸の上にベストという異国の商人に話しかけられ、アヤは興味深そうに山と積まれた商品を覗き込む。その瞳も輝いていて、楽しんでいるさまが伺えた。彼女が見ていたのは、南国で採れる果実。

紫色の卵型でつるんとした外見だが、切れば果肉は白く、瑞々しくて甘味がある。

目の前でヒゲ商人が説明しながら切った果肉を差し出し、アヤはそれをひとつ貰うと笑顔で頬張っている。

美味しいと何度も言っているから、相当気に入ったようだ。

「美味しかった……リネットもこういうの好きかな……? 店員さん、これ三つくらい――」
「アヤ、まだ寄る所があるだろう? 帰りに買っても遅くない」

くださいと言いそうになるアヤをレスターが止めると、店の親父は『昼過ぎにはもう無くなってるよ』と揺さぶる。

「大丈夫だ。この果物はこの時期よく採れるそうだから、そう無くならない」

レスターが行こう、と声をかけると、店の親父が『堅実な旦那だねえ』とアヤに漏らしていた。

「っ……まだ旦那じゃ、ない!」

まだ自分は独身だという事を言いたかったようだが、嬉々として突っ込んでくるリネットたちはここに居ないし、買ってくれない客なら親父にはどうでもいいことである。

さっきの果物は、本当なら隣のレスターや世話になっているリネットと、今は居ないヒューバートなどで一緒に食べたかったのだが……申し訳なさそうにハンカチで手を拭いた後、アヤは至極残念そうに店を離れ、ふとレスターがまた自分を名前で呼んだことと、『まだ旦那ではない』と言ったことを思い出して、なんとも言い難い気持ちになった。

「レスター様」

そう彼を呼べば、敬称は要らないと言ってくれるが、呼び捨てにするにはどうにも勇気が必要なのでと愛想笑いしながら言えば、レスターはわたしも極力意識しないようにしていると言っていた。

やはり気恥ずかしさはあるらしい。

「話の腰を折ってしまったみたいだが、どうした?」
「先に、洞窟へ行ってみましょう。早い内に済ませてしまう方がいいような気もします」

どうしても行くのか、と言いたげなレスターの眼。

数秒アヤを瞬きせずに見つめた後、遠望するかのように視線を洞窟があるらしき方角へ向けた。

「――これだけは告げておく。
あなたに怪我をされては困るから、洞窟内に立ち入って、何か危険だと判断したら引き返す」
「少しくらいの怪我は覚悟してます。だから、一番奥まで連れていってください」

アヤがそう懇願するのだが、レスターは駄目だといって聞き入れない。

「怪我の度合いなんて、自分で決められるものじゃないだろう。大怪我を負ってしまう可能性がある」
「そうなったら、それは私のせいです。レスター様の責任では――」
「わたしの責任とかそういうことを気にして言っているんじゃない!」

突然レスターが厳しい口調になったので、アヤを含めた周囲も驚いて、一様にレスターの顔を見つめた。

注目を浴びてしまったレスターは、周りの視線から逃れるようコホンと空咳をして誤魔化す。

そしてようやく視線が散り散りになると、改めてアヤに口を開く。

「……アヤが傷ついたり、怖がったり……泣くのも見たくないから」

言い捨てるように呟くと、レスターははぐれないようにとアヤの手を掴んで、洞窟へ向かうため方向を切り替える。

(レスター様……心配してくださっているんですね……)

また胸の鼓動は早鐘のようになり、耳の側で脈動しているかのようだった。

そして、アヤは切なくなる。

レスターがそう言ってくれたのは、義務なのか好意なのか――……知りたいと、そう思う自分がいた事に。


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