【異世界の姫君/20話】

「姫、朝からお騒がせしたようで大変申し訳ありませんでした。レスターも普段あんなふうに騒いだりしないのですが……僕の管理不足です」
「い、いえ。謝らないでください。嫌な気分にされたわけではなかったですし、ヒューバート、様……の責任とかではないですから」

先ほどの騒ぎの後、本当にリネットは腹に据えかねたのだろう。冗談ではなく本当にヒューバートを呼んできた。イネスとレスターは、リネットの宣言どおりヒューバートから説教を受けた後、メイド長に呼ばれて目の前の小部屋内で二人肩を並べて叱られている。

すっかり静かになったが、アヤは神格騎士ヒューバートに会うのは初めてで『これが神格騎士なんだ……』と思いながら申し訳ないとすまなそうに謝罪している若い騎士を見つめていた。

書物では、中々の美青年であると記されていたが、この世界は美形が多すぎて、レスターとヒューバートを並べても全く遜色無いように思える。そして、ヒューバートはアヤよりは年上だと思うのだが、見たところ二十代半ば程度の若さで、リスピア王国に仕える騎士が束になっても敵うまい、と云われるほどの強さなのだ。

それが神格騎士というものなのか、それとも彼個人が恐ろしいポテンシャルを持っているだけなのか、アヤには推し量る術はなかった。

ただ、恐ろしく強い――としか、書物に載っている情報しか()らないのだ。

それにしても、と、アヤはヒューバートの瞳を見つめる。

そこには翡翠と浅葱の色があり、左右それぞれ違う。

「……眼の色、気になりますか?」

リネットが差し出したティーカップを手に取って、ヒューバートはクスッと小さく笑った。

その微笑は嫌な感じがするものではなく、彼自身愉しげであったので、ついアヤは『はい』と包み隠さず答えた。

「ええっと……はい、初対面なのにジロジロ眺めてしまうのは凄く失礼だと思いますが、珍しい……けど、綺麗だな、って」
「綺麗?」
「はい。ヒューバート様の眼は、吸い込まれそうで。宝石みたい」

宝石の種類には詳しくないが、濁りの無い彼の瞳は輝くように見えて、その地位にそぐわずその心根もきっと真っ直ぐなのだなと思えた。

言われたヒューバートは自分の後ろにいるリネットへと振り返り、くすぐったそうに笑っていた。

「リネット、貴女の主人は困るね。普通の人は、こんなに褒められたら舞い上がっちゃって大変じゃないかな」
「でも、ヒューバート様の瞳は綺麗だとわたしも思いますよ?」

微笑みあう二人はなんだか仲睦まじい。

双方から、普通の友人ではない愛情のまなざしを感じる。

「……あの、違っていたらごめんなさい。もしかしてリネットとヒューバート様は」

付き合っているの? と野暮なことを尋ねていいものか悩み、言葉を濁したアヤに、恥ずかしそうに頬を赤らめたリネットはゆっくり頷いた。

「はい。あまり他言しておりませんけど、将来を誓い合った仲です」
「隠すことじゃないけど、言いふらすことでもないしね。聞かれたら答える程度です」

婚約者なんですね、とアヤが嬉しそうに言えば、リネットはもじもじと体を揺らす。

随分照れている。

そんなリネットが可愛らしく、幸せそうだったので――アヤもなんだか嬉しい気持ちになってニコニコしてしまう。

「そんなに嬉しそうな顔されますと、祝福されてるようで嬉しくなりますね。僕らも、幸せを実現できるよう努めますが……姫も成就されますよう」

リネットから聞いていますよとヒューバートはアヤに切り返したが、アヤはなんだろうと悩み、思い至るところが無いので不思議そうにヒューバートを見る。

「おや。レスターの事ですけど」
「どうしてレスター様が?」

ううん、とヒューバートは唸って、姫はまだ自覚がないようですねと呟き、何事もなかったかのように紅茶を口に運ぶ。

「そのうち気づくことも……あるかなぁ。ないならそれはそういう運命じゃなかったってことだ……」

レスターも鈍いしなぁ、と独り言のように呟くヒューバート。

どうやらアヤの周りには世話を焼きたがる人が多い。

それは、レスターが信頼されているという事でもあるし、他人事だから見ていて面白いからという点も大きいだろう。

しかし、運命と聞いて、アヤはハッとする。

逡巡したのち、ヒューバートにぽつりと漏らした。

「ヒューバート様は、運命を信じますか?」
「おや、唐突な質問ですね……僕は運命はふたつあると思っています。自分が選ぶ運命と、あらかじめ与えられた運命」
「選ぶものと……与えられた……運命?」

そう、とヒューバートは頷いてティーカップをソーサーへ置くと、アヤに体ごと向き直る。

「生を受けて与えられた運命を『使命』と呼んだりしますね。それはすぐに完了できるものではなくて、生あるうちにたどり着ければ良いという、理由も目的も、意味さえも自分で探さなくてはいけないものです」

こくりとアヤが頷いたので、ヒューバートは次に、と話を進める。

「そして――自分が選んだ道。僕らの進む道には、幾重にも選択する事で分かれています。例えばこの数秒後でさえ、僕には細かな分岐があるのです。
この部屋から出ていくとか、歌いだすとか、今の僕にはわからなくても、衝動的に行うことだってある。無意識のうちに、常に僕らは行動を求められています」
――無意識の、力――ごくりと喉を鳴らし、アヤは年若い騎士へと真剣なまなざしで尋ねていた。

「運命は――、変えることができると思いますか?」

そう訊いてくるアヤの態度が変わったので、ヒューバートの顔からも笑みが消える。

「……何を思ってそんなことを? 大臣の噂では、貴女には予知の力があるとか。何か……それが関係がありますか?」

詳しく話せませんが、関係していますとアヤは正直に答える。

「私には知力も、見ての通り武力もありません。でも、どうしても変えたい未来があります。私が決めたことですから、もう考えを変える気はありません。
だけど……やるって決めても、何をしたらいいかわからなくて、時間もなくて……」

途方に暮れているというわけですね、とヒューバートが合いの手を出すと、すまなそうな顔でリネットに席を外してほしいと頼む。

「ちょっと第三者がいては話しにくい、込み入った内容なんだ。僕と姫を信じて、数分だけでいい。時間をくれないかな」
「ヒューバート様がそう仰るなら信用します。ではわたし、洗濯をして来ますので」

それに承諾したリネットは、にっこり微笑んで部屋を去っていく。

しんと静まり返った室内に、ヒューバートの声が溶けた。

「変えたいのはレスターがクウェンレリックを使ってしまう―― 二日後の夜襲ですね」
「……!」

顔を強張らせるアヤに、ヒューバートは感情の籠らぬ、ガラスのような目を向けた。


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