朝の陽ざしが窓から室内へと差し込んで、暗かった部屋を徐々に明るくしていく。
光の帯は時間と共にその面積を伸ばしていき――キャノピーの薄布越し、アヤの瞼の上にも陽光は差し込む。
「ん……」眠りに落ちているので意識はないが、やはり眩しかったようだ。
シーツの中に顔を埋めるようにしてその光から逃れようと反応した。
そこへノック音が響き、失礼いたしますと言いながらドアを開き、リネットが姿を見せる。
「アヤ様、おはようございます。もう六時半ですから、ご起床なさってください」結界を解き、部屋の中へ入るとベッドへ近づいて、アヤの体に手を添えると優しく揺り動かす。
「アヤ様」まだ眠いし、頭も覚醒できていない。
手探りでアラームを止めるときのように、自分の体を揺らすリネットの手を握り、彼女が動きを止めると、再びアヤの意識が遠のいていく。
「アヤ様ぁ……」ゆさゆさ。
「うん……」返事はちゃんとする。
この気分はリネットも分からないでもなかったが、きちんと起きて身支度を整えなければなるまい。
(ちょっと、アヤ様にするのは気が引けますけど……)心の中でお許しくださいと謝りながら、リネットはアヤの耳元でそっと囁く。
「レスター様がじっと見ていますよ」……しかし、ピクリとも動かない。
あれ、アヤ様のほうはそうでもないのかな、とリネットが僅かに油断したその時。
「うそっ!? やだ、困るっ!」今まで動かなかったアヤが勢いよく跳ね起きた。
「きゃぁあ!?」これにはリネットも驚いて大きな声を上げ、リネットが側に居たことに気付いていなかったので、またびっくりするアヤ。
「姫!! リネット殿! どうされまし――」叫び声を聞きつけまさか一大事かと思ったレスターまでもが、血相を変えて部屋に飛び込んでくる。
「あ……」そこで、動きが固まる三名。
寝起きを見られてみるみるうちに顔を赤くするアヤと、レスターの気の利かなさに怒りを覚えるリネット。
その二人の様子にしどろもどろになるレスター。
『来ないでください!!』女子二名に全力で拒否され、レスターは当然部屋を追い出された。
「――ふふふ、そんなに楽しい朝の挨拶があったのか。よかったな、アヤ。目も覚めただろう」あんな起床方法はもう嫌です、と素直な感想を述べると、ルエリアは緑色の瞳を細めてくつくつと笑った。
「嫌であればきちんと目を覚ますことだな。時計も与えたであろう? 中々に高価な品だ。無くすなよ」魔法主流のこの世界では、割と機械仕掛けのものは値が張る。
元の世界なら時計は百円ショップでも売っているので、もし行き来出来れば大富豪になれるかも……あ、電池がないからダメだ、と、少し俗なことを考えているアヤ。
レスターには先に食事でもしていて構わないという命令が下ったはずだが、もしかすると扉の向こうでまたアヤを待っているかもしれない。
「アヤ。おまえの国には機械の物は多いのか」時計は珍しそうではなかったからな、とルエリアはアヤのいた世界に興味があるのか、そう尋ねてきた。
謁見の間に今日はトリスしか側におらず、この三人だけである。
ちらりとトリスを気にするように上目づかいで見たアヤに、構わぬとルエリアが添えた。
「では……はい。私がいた国には、金属製の物は多いです。飛空艇? と聞き返すと、宝珠の力で空に浮き、物資や人間を運ぶ船だと答えるルエリア。
「はい、そんなようなものです。私たちは飛行機って呼ぶのですけど、飛行機のほうが多分、シュッとしていて……」ルエリアは流石に高貴なお方なので、庶民のオバちゃんとは違う。
シュッ、とかパッとして、とかではよく伝わらないらしい。
「陛下、恐らくアヤ様は『細い』という意味でお使いになられているのだと推測いたします」トリスが口添えしてくれた。
正確ではないが、大体そんな感じだというニュアンスでアヤも頷く。
「まあ、おまえの話はまた夜にでも少し訊くとしよう」ルエリアも忙しい身なのだが、アヤのために時間を割いてくれている。
「……ルエリア様。私、昨日は、無礼を働いてしまいまして……酷いことを言ってごめんなさい」跪いたまま謝罪の言葉と共に深々頭を下げるアヤを玉座から座したまま見つめたルエリアは、そんなことかと鼻で笑った。
「アヤ、本気でそう、すまないと思っておるのだな?」では、とルエリアは扇を彼女へと向ける。
「余は口だけの者など要らぬ。おまえの気持ちを行動にして見せてみよ」ルエリアは、アヤを試す気のようだ。
ぞくりとしたものが背を駆け抜けるのを感じつつ、アヤもこくりと頷いた。
「私は何の力も持っていませんし、ここで役立てることのできそうな技能もありません。でも、このままじゃいけないと思っているのは本当です。何もわからんのでは困るな、とルエリアは呆れるが、手は出さぬとも言い切った。
「おまえがやろうとする事に必要なものがあれば貸してやる――しかし、失敗は許されぬぞ」好きなようにさせるが、その成果は必ず出せというのだ。
言葉の重さと意味を理解した途端、ずしりと重圧がかかって、アヤは息が詰まる。
しかし、やるしかない。
それは昨日眠る前に強く決めたことだ。
「力の限りを尽くします」アヤは取り急ぎ必要そうであろうものを告げ、それを聞いたルエリアは首肯し、トリスにその商品を記載させた。
「それらはリネットに渡し、手配させろ。こちらのが許可証だ。簡素だが、トリス直々の記述品だ。国内であればどこでも使用できる」トリスがアヤへと二つの用紙を手渡す。羊皮紙に書かれたほうが許可証で、白い紙に書かれたものが商品リスト。
「ありがとうございます」それらを受け取ると胸に抱き、アヤは立ち上がる。
「……それでは、失礼致します。また夜に、ルエリア様のお目にかかれますよう……」そうして一礼し、アヤは退室する。
「……星見をさせたところ、蝕は起こらぬようです。ですが……陰りはあると。姫の事か、本当に襲撃があるかまでは分かりませぬが」ややあって、トリスがそう口にする。ルエリアもそうか、とだけ言った。
「正直、最初に姫がお姿を見せたとき……わたしは一昔前を思い出しました」二人だけになった広間で、閉じられた扉を見つめながらトリスが聞いた。
「あの娘らはこの世界にとって特別な存在なのだよ。アヤが気づければきっと……難しいことはない」ルエリアは微笑んでから、アヤ本人はそう思っておらぬようだぞとトリスに教えて、背もたれに深く身を預ける。
「――選ばれても素質が開花しなければ、ただの凡人で終わるだけだしな」