後ろでひとつに束ねられた銀色の長い髪、その身を包む白銀の鎧。
紅い瞳と同じように鮮やかな緋色のマント。
アヤは一瞬息を飲み、まさか、と胸が震えた。
もし、アヤの想像通りであれば――この条件に当てはまる人物は、一人しか知らない。
それに、同じ条件を抽出しただけで何人当てはまるというのか。
期待と否定を胸に入り交じらせ、アヤは隣に屈んだ騎士の唇が発する音を聞いた。
「陛下、ご命令により聖騎士レスター・ルガーテ……参上致しました」やや低く落ち着いた声質は、アヤの想像していたところと違っていた。
彼の声は少し高めなのではないかと勝手にイメージしていたのだ。勿論、他の愛読家たちも個々のイメージはあるだろうけれど。
レスターの髪はさらりと癖のないストレートで、後ろで一本に結わいた髪を下ろせば恐らく鳩尾近くまでは届くだろう。女のアヤから見ても艶やかで羨ましく感じる。
そして、一番想像と違っていたのは……書物ではレスターの事を評したルエリアが『真面目で平凡な男だ』と言っていたので、もう少し普通の冴えない顔をしているかと思ったのだが……
物凄く、美形だったのだ。
睫毛は長く、精悍な顔立ちではあるにせよ、アヤの世界にいればモデルや俳優として十分有名になれるだろう。
日本人とは違って、身長もあるし、足も長い。想像と現実の思わぬギャップだ。
「レスター、そちらの石碑みたいに突っ立っている異国の姫君、アヤの護衛を数日間頼みたい。ルエリアのぞんざいな紹介を気にした様子も見せず、聖騎士レスターは漸くアヤのほうへ振り返る。
じっと自分を見つめる女性と視線が交わり、レスターは少しばかり息を飲んだようにも見える。
しかし、アヤはきっと気のせいだと思うことにした。
目の前に、エルティア戦記で一番気に入っていた人物、レスターがいる。
ルエリアの計らいが嬉しいのと、恥ずかしいという感情が入り混じり、何を言えばいいか、どうすればいいか考えも浮かばない。
「……初めまして、美しい姫。わたしの名はレスター・ルガーテ。レスターは一度立ち上がるとアヤへ身体ごと向き直って再び片膝をつき、失礼と断わってからアヤの手をとり、そっと口付けをする。
「……きゃあああっ!?」アヤはそれだけで驚き、レスターの手を慌てて振り解くと後ずさりし、バッと壇上を見据えたかと思うと裾を踏んでよろけながらもルエリアの横へ走って逃げてきた。
ガルデルが慌てて前に立ちはだかったが、ルエリアが制したため捕まえはしない。
小動物のようにきゅっとルエリアの腕を掴み、アヤは顔を赤くしたまま目を閉じた。
突然のことにぽかんとするレスターとトリス。
レスターに至っては手を取ったときと同じ体勢で、首より下は動いていない。
「ばかもの。騎士の礼を無下にするな。ルエリアは笑いを堪えて、自分を不安そうに見ているアヤへ口授してやる。
まだ林檎のように顔中を赤くしたまま、小さい子供のように玉座の後ろへおずおずと隠れた。
「アヤ様、いくらあなたが客人であろうと、呼ばれない限り陛下のお側にやってきてはなりません!」その反対側では我に返ったトリスが無礼ですぞと叱る。
ごめんなさいと謝ったが、それでも側を離れたくないアヤ。
ルエリアの耳に顔を近づけて小声で文句を言う。
「ルエリア様、だって……私、聞いてないです! よりによって、どうして――」だめだったか? と悪びれた様子もなくルエリアは聞いてきた。
これは当然、わざとやっている。
ついでに言えば『大好きだったので』のあたりは声を少し大きくして、アヤの狼狽ぶりを楽しむ。
状況を把握できないレスターは、ようやく硬化から動けるようになったらしく、姿勢を正し戸惑い気味に壇上の二人へ声をかけた。
「あの……陛下、姫君。もう本当に気が動転しているかのように、ルエリアの肩を揺するアヤ。
こればかりはガルデルも叱り付け、アヤをルエリアから剥がすと壇上から引きずるようにして下ろし、レスターに押し付けて引き渡す。
「レスター。頼んだぞ」鎧越しとはいえ、レスターの胸に押し付けられた事でまた挙動不審になる。
「……アヤ様!」じたばたともがくアヤを見据え、ガルデルは威嚇するように大きい声を出し、怖い顔をぐっと近づけた。
「ひっ……」アヤは喉で声を引きつらせながら、レスターに身体を押し当てる形でそれから逃れようとした。
レスターもまた、ガルデルに姫をぐいぐいと押しつけられつつ、困っている女性の身体に触れてしまっていいものか戸惑っていた。
「他国の姫といえど次に陛下へご無礼な事をなさると、本当に投獄いたしますぞ!!やってきたばかりで意味も理由も分からぬまま、可哀想なレスターはガルデルの迫力に気圧され、こくこくと何度も頷くばかり。
アヤはそっとレスターから離れ、ごめんなさいと口にした以外何も言わない。
「陛下、少し……お伺いしても宜しいでしょうか」何が何やらまるで分からない、と言わんばかりのレスターは、困惑顔でルエリアに許可を求める。
「なんだ。申せ」急にしおらしくなってしまったアヤを見つめ、ルエリアは随分とわかりやすいヤツだとほくそ笑む。
扇で口元を隠したまま、機嫌良くレスターに許可を与えた。
「姫君の護衛ということですが……期間は」三日、とレスターは小さく復唱し、具体的な任を求めた。
「護衛だ。見れば判るであろう、アヤは傾国の美姫だ。なんだ、相変わらずつまらん男だ、とルエリアはブツブツ言いながらも、話を続ける。
「おまえが分からずとも、そういう輩が増えるんだ。暗殺と聞いたレスターは、神妙な顔でアヤを凝視し、また主君に視線を戻す。
「了解致しました。姫に危害が及ばぬよう、このレスターが命に変えても――」その時、びくん、とアヤの肩が跳ねた。
「いけませんっ!!」思わぬ静止がアヤから入ったことに、驚いて瞠目するレスター。
「それは、ダメです……! 命に代えるとか、そういう事言っては……」レスターもその覚悟でおまえの護衛になってくれるというのだ、と言い含められ、アヤはそれ以上何も言えず口をつぐむしかなかった。
「……姫のお優しい気持ちは、有り難くお受取り致します」レスターがぎこちない笑みを返すと、アヤは視線を外して俯く。
それを暫し眺めるレスターへ、ルエリアが気にするなと声を掛ける。
「では、命令は伝えたぞ。戻って良い」深く背もたれに体を預け、ひらひらと扇で『行け』のポーズをするルエリア。
それに送られるように、レスターとアヤは来た時と同じように絨毯の上を通って、謁見の間を出ていった。