【異世界の姫君/5話】

謁見の間に続く扉が開き、目に飛び込んできたのは――赤い絨毯。

その真っ直ぐ先、壇上の玉座に悠々と座って微笑むでもなくこちらを見据えているルエリア。

女王陛下より一段下がった右端には、頑固そうで、どっしりと貫禄のある中年の男性が直立不動の姿勢で立っている。

角張った顔に赤い髭を蓄え、同色の髪は短く刈り揃えられてすっきりとした身だしなみ。

松葉色の鎧に孔雀色のマントを着け、腰には帯剣。

この装いとルエリアの傍らに立っていることから、総騎士団長のガルデルではないかとアヤは予測する。

左側にはスキンヘッドで背の高い、これもまた中年の男性。

左手には金属製の杖。

先端に青い宝珠が施されている。

ゆったりとした群青色の法衣を着用し、右目にモノクルをかけている。

そして壇より下がった場所、つまりアヤと同じ高さに居る面々は――……

(うわぁ……)

神経質そうな顔、頬の痩けた顔。

でっぷりとした脂っこい顔、等。

様々な部署の『大臣』だらけであった。

皆上辺では無表情だが、突如現れたアヤに興味が有るのだろう。目には好奇が滲んでいた。

それを努めて見ないようにし、アヤは姿勢を崩さぬよう、ゆっくり一歩、また一歩とルエリアの前へと進んでいく。

「アヤにございます……このように美しいお召し物や装飾品まで拝借させて頂き、女王陛下の……ご厚意に、感謝致します」

ドレスの両端を軽くつまみ、カーテシーを行う。

台詞は綺麗に思い浮かばなかったが、振る舞いなどは芝居での『こういうシーン』を演じた。

合格だったかどうかは分からないが、ルエリアは『うむ』と応じ、口角を上げてアヤを見つめた。

「女は化けるというが、その通りだな。
先ほどの寝間着姿を見ていなければ、もはや同一人物だとは思うまい。これは素晴らしく飾った」

ルエリアは満足げな言葉とともに頷く。

もう扉は閉じられてしまっていたが、リネットが聞いていたらどれほど喜ぶだろう。

「陛下と、親身に世話を焼いてくれたリネットのお陰にございます。私は何も」
「分かっておる」

ですよね。

と思いつつ、アヤは対処が分からず苦笑いを浮かべる。

「皆の者。
アヤ姫は訳あって我が国に数日滞在することとなった、余の賓客だ。無礼な振る舞いをするなよ」

集まった皆へはっきり告げると、以上である、もう下がって良い、と即座に人払いも行う。

その場に残されたのはアヤと、玉座に座るルエリア。そして……両端の男性のみ。

「初めまして、アヤ様。ようこそリスピア王国へ。
どうぞ長いご滞在をされると良いでしょう。歓迎致しますよ」

と、法衣の男性がアヤへと話しかけた。

その声や目の表情にも優しさが宿っている。

いつもルエリアの傍にいる、モノクルの男性というのは……

「参謀の……トリス、さま?」

その中年の男は、思わず女王の顔を見つめてしまう。

トリスが失礼と解っていて名乗らなかったのは、ルエリアにそう命じられたからだ。

「余はアヤに前もって何も教えてはいないぞ?」

言い当てられたトリスの顔が面白かったか、ルエリアはフフッと楽しそうに笑い、言い当てられたトリスも小さく唸った。

国の要人でもあるトリスだ。

名を知っていても不思議ではない――

ちらとルエリアの表情を伺い、先ほどの紹介通り『しがない王女の戯れにございますわ』と返す。

王女自身が取るに足らないと言ってしまうのもおかしなものだが、トリスはアヤが謙遜していると思い、そうお言いなさらずと快活に笑った。

だが、誰にも入国を知られぬままこうして突如現れたアヤに、決して油断は見せないだろう。

それはガルデルとて同じ。

彼などは先程より一言も喋らず、アヤのことを鋭い瞳で見つめていた。

その視線を受け、内心震えていると、ルエリアがガルデルを呼ぶ。

「文化がまるきり違う国の姫でな。この大陸の常識というものをよく知らぬ。
――ああ、おまえの顔でアヤが怯えておるではないか。
険しい顔で見つめられても、嬉しい乙女が居るはずもない」
「しかし……」
「良い。もし間者だとすれば、この国からは生きては出れぬ」

なんか怖いことを平気で言っている。

しかし、ガルデルが何も言わなくなったので――ますます信憑性があって怖い。

「二人に話しておくことがある。
アヤは、遠い国から内々で会いに来た。
余が今朝庭園でくつろいでいると、ふらりと現れてな。
おかしなことに、アヤには自身で制御できぬ予知の力があるのだそうだ」

ルエリアがさらりと嘘を交えつつ、二人に出会った経緯などを話しているが――予知の力は少し言いすぎなのではないだろうか。

しかし今後誰かに話すとき、齟齬がないようにしなければまずい。

今初めて聞かされる、(捏造された)詳細を、やってきた本人も大真面目で耳を傾ける。

「その予知で、三日後にクレイグとゴヴァンが夜襲を行うと申した」

むぅ、とガルデルが唸る。

だが、夢でしょうとあしらえば、ルエリアも頷いた。

「余の母親の真名も言い当てたのだぞ」
「エリス様の……?! それを、このお方が?」

それにはトリスも目を剥く。

何十年と仕える彼自身も知らぬ事を、来たばかりの小娘が言い当てるのは余程のことだろう。

「それに、夜襲が行われると『吹く』には、相手が悪かろう?」

女王陛下が一人で寛いでいる所に忍び込むにしても命がけの冗談でしかない。

「アヤ、おまえが見たという内容……現実に起きるか否か確かめるため、必ずそれまではこの城にいてもらう。
真実ならばそれは一大事だし、嘘であってほしいものだが、おまえの言が偽りだと分かれば大罪。
可哀想だが詐欺師として処罰され、命はないかもしれん」

欺罔(ぎもう)行為。

日本では法廷でなければ偽証・虚偽で罰されないとしても、

経緯はどうあれ、アヤは結果的にルエリアへ直接持ちかけている形になっている。

そして腹心にも経緯は伏せながら、エルティア戦記をアヤの予知として語っているわけだ。

「余とて、おまえの言ったこと全てを鵜呑みには出来ぬ。
厄介な事に、家族以外識りえぬ母の真名さえも知っているのだ。放り出しておくわけにも行かぬ」

確かにアヤは嘘をついていない。それはルエリアも見抜いていた。

しかしルエリアとてこの国を治める女王。娘一人の言葉で国や軍を動かすわけにはいかないのだ。

迂闊に口を滑らされては困るし、四六時中目の届くところに置いておくわけにもいかない。

「それで――……護衛をと命じたわけですな。陛下には不要かと思っていましたが」

ガルデルが合点いったと顎髭をさする。

「そうだ。アヤが逃げ出せぬように目を光らせなくてはならぬ。
しかし、噂というのは口止めしても、何故か漏れてしまうものだ。
耳にした何者かが、邪魔なアヤを殺害するという筋書きもあり得る。よって、余の客人待遇だ。
客人には護衛を必須としてつけておるから、まぁ大丈夫だろうよ」
「護衛なんて、そんな……リネットもいますし」
「メイドに戦闘能力を期待しているのか? それとも、おまえは自分の身を守れるほど腕に覚えがあるのか?」

当然、真剣も握ったことすらないアヤには、武芸一般の心得などあるはずがない。

素直にありませんと白状すれば、だろうなという回答。

「アヤ様。もう既に護衛は手配させた。
もう扉の前にでも待機している筈」

がしゃりと重たい音を立てて、ガルデルは壇を降り、扉へ向かっていく。

「しかし、彼で大丈夫ですかな?」

トリスが扉とガルデルを見つめながら呟いた。

「安心するといい。『奴』はきちんとこなすよ――だから任命したんだ」

軋んだ音を立て、ガルデルの手によって扉は開かれていく。

「アヤ。言い忘れたが、護衛とはいつも一緒だ。欠伸するにしても気を抜くなよ」
「ええっ!?」

思わぬ事にアヤは非常に驚いて首を横に振る。

「ダメです、私作法も知らないのです……!」
「ああ。余を目の前にしても跪かぬのだから、それはもう分かっている。 まぁ気にしなくてもいい、数日で見れるようになれば。その点でも、一生懸命励むよう仕向けるべく、選んだ相手だ」

ルエリアは扇を開いて口元に寄せると、含み笑いをしつつ悪戯っぽく目を細めた。

「ふふ、喜べ。おまえの好きなものを用意しておいた」

好きなもの? と鸚鵡返しに聞いたアヤの言葉に重なるように、失礼します、とトリスではない若い男の声が謁見の間に響く。

ガルデルとは別に、かしゃかしゃと金属の擦れる軽い音。

これも鎧の音だろうか?

アヤの隣まで歩むと、その者――恐らくアヤを護衛する人物――は、ルエリアへ跪いた。

そのとき、アヤの視界の端に――銀色が揺れた。

スローモーションで時間が送られているかのように、アヤは身体ごとゆっくりその者に向き直る。


前へ / Mainに戻る /  次へ


コメント

チェックボタンだけでも送信できます~

萌えた! 面白かった! 好き!