【悪役令嬢がリメイク版で敵側のヒロインに昇格したのに、恋愛どころじゃないんですけど!/117話】


 それから、あっという間に月日は過ぎた。




 何度かラズールでマクシミリアンとやりとりを重ねて判ったことだが、わたくしは重い病気にかかって、辺境で療養していた……ことになった。


 マクシミリアンが言うには『リリーティアは伏せっていたから誰とも会えず、薬の副作用で記憶を一部失ってしまった……ジャンは仕事を求めてローレンシュタイン家にやってきた』などというウソ設定をでっち上げ、クリフ王子にもそういう認識として合わせて貰うらしいが、そこは学院で誰かに聞かれても説明しなくて良いということだ。



 あと、学院はやはり一年前倒しになったので、卒業日も一年早まっている。

 つまり19才でわたくしは卒業するということか。


 本当は四年間学ばせるカリキュラムも用意したが、娘の婚期が、などというお家事情が絡み始めたので、結局ある程度上層の都合の良い学院でもあるようだ。


 マクシミリアンも『国が魔族に襲われたらどうするんだ』と憤っているようだが、あんたも婚約者いないんだったら学院で探せば良いじゃないか。貴族にとって存続は大変みたいだし。

 戻った半年の間で、貴族の名前やマナーの学習、国内事情の把握……そして学院の手続きをすることになっている。


 嫌だと文句を言ったが、ジャンを護衛に付ける許可を引き合いに出され、渋々了承することに。

 そして、めでたくもなくマクシミリアンの監視 (という名の学習補佐)のなか、入学目前強化プログラムに励むことになった。


 ローレンシュタイン家とアラストル家は互いの屋敷が近くにあるから交流も親密らしいのだが、マクシミリアンに毎日会うのはちょっと嫌だな。




 魔界ではヘリオス王子に作業や調査項目などの引き継ぎをして……半年という猶予は矢のように流れ、やり残したことが多いんじゃないかっていうくらい『これやってない』『あれ教えていない』が多く残ってしまった。


 錬金術のことはエリクに任せれば良いし、魔王城の中のことはノヴァさんに任せておくし、わたくしがいなくても……レトとヘリオス王子がやってくれる。


 レトと呼び捨てにするのは抵抗もあるし、未だに『王子』と付けてしまうときもあるが、期日が近づくにつれて、レトは『やっぱり行くの止めたら良いんじゃないか』としきりに言うようになった。


 わたくしも彼と離れるのは嫌だが、学院ではセレスくんもジャンもいるし、一人になることはない。


 魔界に携われなくとも、魔界に関係あることを自分で調べたいと思うから、クリフ王子に会うのは嫌でも……前向きに目標を立てることが出来ている。




――そして、とうとう……マクシミリアンと約束した『半年後』になってしまった。





「忘れ物はない?」

「ありません」


「……いつだって帰ってきて良いんだよ」

「そう仰らず。かならずや魔界に有益な情報を送りますから」


 レトはしきりと心配し、わたくしの事を抱きしめては心配だと口にする。

「やっぱり行かせたくない……」


「おぉい。さっきから何回同じようなやりとりしてんだよ。早く行くぞ」

 面倒くさそうにジャンが言うと、レトは不服そうな顔をした。


「ジャンはいいよね。リリーの護衛って事で納得してもらえたんだし」

「なんだったら、あんたがおれに姿を変えりゃ良かったんじゃねーか?」


 ガキとなんで一緒に勉強しなけりゃいけねえんだ、とジャンがつまらなそうに言うと、レトは『その手があったか』とジャンの出した妙案に驚いた顔をしていた。


「よし、じゃあ今から」「解除の魔術で結局学院だかなんかに入れねぇだろう、ってのは変わってねーんだし、やめときな。あと、おれがいないからって剣術の稽古は怠るなよ」


 レトもかなり強くなってきたはずなのだが、未だにジャンとノヴァさんには勝てないらしい。



 主にジャンには技量と手数で、ノヴァさんは攻守の判断が優れていて攻めあぐねているらしい。

 まあノヴァさん盾使ってるし、武器も槍だし剣じゃ懐に入りづらいんだろうな。


 ちなみにジャンとレトは、しばらく会えないからということで、互いに一度だけ本気で戦ったそうだが――……レトの表情が晴れなかったので、結果は推して知るべしである。



 魔界からラズールまでは魔王様かレトに転移して貰うけど、城門の前にはみんな(セレスくん以外)勢揃いだ。


「……リリちゃん、ほぼ魔界(こっち)からサポートは出来ないけど……気をつけて」

「はい。魔王様も……()()()、ありがとうございました」


 と、わたくしは首元から魔王様の作ってくれた新旧の魔具を掲げる。


 読み書きが出来なかったわたくしのために作ってくださった魔具と――今回、魔族かそうでないかを見極め、ある程度会話ができるようになる魔具だ。


 二つは組み合わさって、なんだか洒落たデザインになっている。


 当然、魔具を外すと魔物達と会話は出来ないが、付けていればスライムやドラゴンたちの話していることも分かったので、これはとても今後有用になる。


 わたくしだけの魔具なので、ほかの者が装備しても何も動作しない、ただのかわいいっぽいアクセサリーに成り下がる。


 でも、これはわたくしが寝る前に外して机の上に置いておいても、翌日枕元にある、ということが何度も起きた。


 魔王様に説明すると『没収された時用の処置』ということだ。取り上げられてもどういうわけかしばらくして持ち主の近くに戻ってくるとかいう……呪いの道具か。



「――リリーさん、薬やアイテムの補充や知識が必要になったらセレスに言ってくださいね。あいつには水晶玉があるので、こちらと連絡が取れますから」


「ありがとう、エリク。既に結構セレスくんに薬剤は預かって貰っていますから……それに、学院でも最初から仲良いそぶりは出来ませんの」


 クリフ王子とかに目を付けられないため、一応顔見知りですよ~くらいの感じから徐々に、と思っているのだ。


 それにセレスくんはアリアンヌとも親しいほうだから、普通に話しに行く隙があるかもわからない。


「それでは、一時のお別れですわね……」

 わたくしはそうして、どこか心配そうな皆の顔を見つめ……最後にレトに微笑んだ。



「――では、そろそろお願いいたします」

 ラズールの森に転移させて貰うが、レトはもう一緒についていけない。


 ばったりマクシミリアンなどに会ってしまうと、苦言を呈される……どころじゃ済まないからだ。


 一応……つーか絶対、ジャンを連れている時点で『絶対縁が切れてないな』とは思われてるんだろうけど、連れてきていません的なアピールは今後のために大事なのだ。


 レトはわたくしたちに歩み寄り、たいそう悲しげな顔で……別れを惜しんでいるんだなと思いきや健康とクリフに気をつけるよう言われた。


「……心変わりしたら本当に呪うからね。ヘリオスみたいになっちゃう」

「レトがそうなっては、呪われるより恐ろしい目に遭いそうですこと」

「異論はねーな。あんたに怪我でもされちゃ、おれも呪われかねない」

 ジャンがそう言って大げさに肩をすくめた。


「――言いたいことが尽きることもないけれど、時間も差し迫ってるしね……」

 レトはそう名残惜しげに告げると、片手を振るってわたくしたちの足下に魔方陣を敷く。

 この見慣れた魔方陣ともしばしの別れだ。


「いってらっしゃい。連絡はちゃんとして。身も心も無事であるように祈っているよ」

 その言葉に、わたくしはこくりと力強く頷いた。


 さよならなんかではなく、わたくしは……リリーとして生きるために必要なことをするために地上にいったん戻るだけだ。


 安心して欲しいと、とびきりの笑顔を皆に向ける。

「それでは――いってまいります!」





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こめんと

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