「『全ての終わりの日』……?」
怪訝そうなレト王子と、反対に悲しげな顔をするヘリオス王子。
「……リリーティアが、怖いと膝を抱えてたまに悩んでいることさ」
「ちょっ……!」
わたくしが慌てて止めかけたので、レト王子にもヘリオス王子が言ったことの信憑性というか、わたくしが隠したがっていたというのは分かったらしい。
まさか、それを聞かれちゃうかー……。という感じでいっぱいだ。
一度しか呟いてないのならまだ良かったとかじゃなくて、それを魔王様はバッチリ覚えているって事なので、要らんことを呟いてしまったと我が身を呪うほか無い。
「……話して、くれるかなあ?」
魔王様からそう優しい声音で促されているのだが、これは『差し支えなければ』とかではなく『言え』という強制である。だって表情が真顔だもの。
「終わりと言っても、世界が滅亡するだとか、王家の血筋が途絶えるとか……そういう意味での終わりの日、ではありませんの」
わたくしは重たい息を吐き、どう話そうか考えながら、姿勢を正す。
こうなっては、もう隠しおおせる事ではない。
できれば――……誰にも気づかれずにいたかった。
「以前、レト王子にはお話ししたことがあるのですが……わたくし、記憶が無いかわりにこの世界で起こることをほんの少しだけ識っている……。アリアンヌが戦乙女であったこと、学院が出来るということ。そして――その学院にわたくしが通うことになるということも」
わたくしの後ろで、レト王子がゆっくり頷いた……が、一体いつまでこうして抱き上げたままでいるのだろう。そろそろ恥ずかしさは麻痺したものの、真面目な話をしているときにひっつかれると困る。
「……こうして【魔導の娘】となったのは予想もし得ないことでしたし、そうなった状態からの学院生活などは半信半疑でしたが……先日、学院に通えと言われたとき……もちろん反発も大きかったのですが、ああ、そうくるかと……納得した部分もあったのです」
だってピュアラバは魔物を倒すために設立した学院内で、という設定があるにせよ、異性恋愛をメインに据えつつ、楽しい調合ができるRPG (だったはず)なのだ。
いくらリメイクだからといって、その骨子が崩れ去るわけはない。
だから……わたくしもどうしたら学院に通うことになるのかを最初に考えたのだ。
とはいえ、まさか無関係と思われたクリフ王子から直々に『戻れ』と言われるとは思わなかったわけだが。
「でも、それが終わりの日……?」
「……いえ、そんな事は無いと思うのです……不確かではあるのですが、結論だけを言ってしまえば……『ある日』とは……その日が来たら、わたくしには次の日があるか分かりません」
そう告げると、魔王様は片眉をあげた。
「死ぬということかい?」
「……いえ……わたくしの寿命ではなく……ある意味では、そうなるのかもしれませんが……存在が、消えるのではないかと……」
言葉がいささか歯切れ悪くなってしまうが、実際にそれを迎えなければ分からないし、わたくしが確認できる事象ではなさそうなのだ。
「……皆様にわたくしの記憶が残るかも、分からないのです」
「なんで、そんなことが……?」
レト王子がそう聞いてくるが、わたくしは首を横に振った。
「なんと説明して良いのか分かりかねます。とにかく、その日以降わたくしにもどうなるのかが分かりません」
「……そんなよく分からないことが、確実に起こるの?」
「……学院ができると言いましたでしょう。わたくしが知っているのは、二年後の入学だったのですが……一年、早まりました。その学院の卒業日……そう、四年後の三月三十一日。多分それが……」
「リリーにとっての『全ての終わりの日』……?」
「ええ。一年早まったなら、一年縮まって……三年後の同日にずれるかも分かりませんけれど」
それが過ぎたらわたくしは消えるかも分からないし、誰の記憶にも残らないかもしれない。
『かもしれないけれど』きっと『起こり得る』であろうとわたくしは告げた。
レト王子も、ヘリオス王子も言葉を発さない。
魔王様も、じっとわたくしを見据えたままだ。
「……ようやく、わかってきた」
魔王様はそう言って、顔の前で手を組むと、そのままわたくしの顔をのぞき込む。どこかの司令みたいなポーズだ。
「どこか一線を引いていたことや、妙にいろいろ知っていること。そして、うちの子達ともくっつきそうでくっつかないこととか。なるほど……君はとてもわきまえていて、それでいて失礼極まりない」
失礼極まりないという怒りを含んだお声に、わたくしはびくりと身体を震わせた。
怒ってしまわれたようだ。当然ではあるけれど、どれが一体引き金になったのかが分からない……!
「父上……」
「今リリちゃんとお話ししているんだ。二人とも黙っていなさ……その前に、レトゥハルトはいい加減リリちゃんを解放して」
「…………」
黙ってわたくしがレト王子の上から放たれた。のそのそと椅子に座り直し、魔王様と再び視線を交差させる。
そうあっても、魔王様の視線は刺すように鋭く、わたくしは口を開くことも出来ずに魔王様の眉間や喉元のあたりに視線をさまよわせ続けた。
場が重くなる。息をするのすら苦しい。
どこかに逃げ出したジャン達がうらやましい……けど、こんなの確かにみんなの前では言えないし、言ったところでこの重力の支配する場所に留まらせるわけにはいかない。
「……リリちゃん。君は――……リリーティア・ローレンシュタインだが、その内なる魂は……リリーティアではない、異界の者だね?」
魔王様は、わたくしの存在の核心を突いてきた。