【悪役令嬢がリメイク版で敵側のヒロインに昇格したのに、恋愛どころじゃないんですけど!/112話】


 戻ると伝えると、魔王様は特に表情を変えなかった。

 予測されていたのか、あるいは呆れているのかも分からない。


「魔界にはもう戻らないつもりかい?」

「いいえ。確かに戻ってくる頻度は落ちる、あるいは卒業後に帰還というかたちになると思いますけれど……魔界の再建は今まで通り行います。わたくしは学院に通いながら、人間側の動きや魔族に関する新たな情報を入手したいと思っているのです」


 学院の詳細はまだ分からないけれど、セレスくんから聞く以上のことや、あるいはうまいこと王族の近くにいれば……漏れてくることもあるんじゃないかとは思うのだ。


「そう考えているのはリリちゃんだけかもしれないね。戻ったらすぐに、互いの家は二人の関係を強く親密にして貰いたいと思うんじゃないかな。一緒に行動することも多くなるだろう。見張りだってつくかもわからないよ? リリちゃんが一人になる時間はほぼ無くなるかもしれない」


 つまり、夏休みとかも自由に出来ないし行事もあいつら三人と一緒って事?


「そんな……最悪ですわ……!」

「あるいは、逃げられないように婚前交渉させられるとかも厭わないんじゃないかな……そっちのほうが見張るより楽だし……」

「魔王様。わたくしよりもレト王子の方が動揺しておりますので、そのへんで……とにかく、わたくしまだ……そういうことはちょっと……」


 レーティング高くない乙女ゲーだけど、世界設定とか貴族の平均結婚年齢とかはあるんだろうし、中世とかでもお嫁さんとかありそーな年齢、では……あるけど、まだ早すぎるし。


「根拠はありませんが……大丈夫です。ジャン連れて行きますので」

「えっ!? なんで、なんでジャンを連れて行くの? 俺じゃないの!?」


 ぎゅうううっ、とわたくしの腹を両手で締め上げるように抱きついてくるレト王子は、てっきり自分も行くものだと思っていたらしいのだが……そんなわけない。


「レト王子はクリフ王子にもマクシミリアンにも顔を知られていますし、学院に解除の魔法がかかっていないはずはありません。瞬時にばれて処刑台です。そんなわかりきったことはできません」

「ジャンだって顔は割れているんだろ?」


「割れてますけど、彼は傭兵なのでお金払ってわたくしが雇ってます。それに……自前で用意すると言われても、ジャンより強くないと話にならないと言えば考慮してくださるでしょう。わたくしにだって気の休まる人くらい必要です」


「……父上。解除の魔術でも解けない魔法はないのですか!」

「ないことはないんだけどねぇ……術って言うか……」

「教えてください! ジャンは信頼しているけど、納得は出来ない……!」


 どうしてそんなに止めたがるのかは分からないが、レト王子は魔王様になにとぞ、みたいに額を机に付ける勢いで頭を下げている。


 ただ、わたくしを後ろから抱きしめたまま頭を下げるので、わたくしのほうが彼より早く机に頭がつきそうな状況なのだが。



「偽りの丸薬っていうものがあってね……目の色も耳も人間のようになるんだが、能力の全てが一ヶ月の間使えなくなる。それに……長く服用し続けると、止めたとき副作用が出やすいそうだ。能力の一部が戻らなかったり、低下したり」


「それでもいい……!」

「いや、ダメですわよ。副作用なんて危ないじゃありませんか」


「なにかあったら、リリーを守れないのは嫌なんだ……! 俺のことは良いから……」

「レト王子……」


 わたくしそこまで思われているなんて……どうしよう……でもマクシミリアンから絶対ダメって言われてるし、連れて帰ったら大変なことになりますわよね……。


「能力の低下って、ちょっと女性の前で口にしづらい意味もあるけど…………できなくなっても良いの?」

「――えっ? それは嫌だ」


 あ、すぐ引き下がってくれた。何か魔王様のお話に未成年が考えてはいけない空白部分があったが、やっぱり薬はリスク。使わなくて良いんならその方が良いに決まってる。しかも魔界の王子様なのだ。


「……身体の問題もさることながら、学院は魔物と戦うためのものです。レト王子、そこに入学して魔物と戦うことになったら、慕わしい子を手に掛けることになるのですよ。能力の低下とやらで、会話できなかったらどうされるのです」


「……リリーだってそうじゃないか……」

「まあ、そうですが……わたくしも魔王様に魔物の声が聞こえるアイテムなどを作って貰おうと思っておりました」


「なんかぼくとエリクくん、道具屋さんか何かだと思われてない? 平気?」

 若干ショックを受けた様子の魔王様だが、作れないと言わないあたりいけるのではなかろうか。



「――あ。失念しておりましたけれど、魔王様ともあろうお方が……地上(こんなところ)に来て大丈夫なのでしょうか」


 だって、魔王様が魔王城の外に出ただけで魔物がどっさりやってくるんだもの。

 レト王子達が普通に地上にいるときに魔物が街に来ないのも不思議だけど、魔王様ならその効果は抜群なのでは……?



「ん? ああ、地上に行ってみたかったんだよね。この街って、魔物除けの魔法が外壁とかにも使われているから、大群を形成してもいない限り魔物が入ってくることはないはずだし。目や耳も幻術で誤魔化して能力は最小限まで抑えているし、魔物達もぼくが来たとは分からない。でも、怖い人に絡まれたら腕力で勝てない程度に弱くなってるから、そのときは助けてくれるとありがたいな」


 なるほど。魔物除けの魔法とかもあるんだ……。いろんな種類があるものなのねえ。


「とにかく、リリちゃんは地上に戻るつもりだし、レトゥハルトを連れて行くことは出来ない。ヘリオスはどうするのかな」


「ヘリオス王子も同じ事ですわ。むしろわたくしの代わりに、魔界のことに携わっていただきます」

「えぇ……? 嫌だよ、リリーティアと一緒に……」


「いいえ。あなたにはあなたの信じた理由があったからこそ実行したのでしょうが、あなたは今回、わたくしを含めて皆に迷惑を掛けたのです。何も咎なしで終えるほどわたくしも甘くはありません」


 殺伐とした雰囲気にもならなかったのは結果論だけど、レト王子はわたくしの嘆願を聞き届けて、最後まで剣を抜くことはなかった。


 魔王様も慈悲を見せてくださったから、何事かあっても対応できるようにこうして来てくださったに違いない。


 ラズールに来たかったというのは、多分……建前なのだろう、とわたくしは思っている。あるいは、ジャン達の息抜きを考えてくださったとか……。



 しょんぼりと肩を落とすヘリオス王子に、わたくしはそっと声を掛ける。



「……それに、あなたがわたくしの事を第一にと思うのでしたら。ヘリオス王子の得意なことを増やしていただきたいのです。お任せできることが増えるのならわたくしとても嬉しいし、あなたを信頼し、たくさんお願いが出来るのです」

「リリーティア……」

 ほんの少し、ヘリオス王子の表情に明るいものが含まれる。


 そこで一つ頷き、わたくしは(レト王子に抱っこされたままではあるが)頭を垂れる。


「わたくしのために、ご研鑽積まれますよう心よりお願い申し上げます」

「わかった。任せておくれ……リリーティアが満足し、帰ってきたときに予想以上だと思ってくれるよう、ボクは魔界に残る」


 はっきりとした言葉と、彼なりの決意が表明されたことにより……わたくしは破顔して頷いた。

 ヘリオス王子もそれは嬉しそうに微笑んでくださり、魔王様も目を細めてわたくしたちを見つめていた。


「でね、リリちゃんに聞きたいこと、魔王まだあるんだぁ……。いいよね、貸し大きいよって先に言ってあるもんね? 答えないと無理矢理言わせちゃうから……ふふ」


 で、出たー! ちょっと病んだ彼女みたいな言い方したときは、レト王子との色恋の話が出てくるよこれ……。



 若干びくびくしながら魔王様のお話を待つ。

 すると――……魔王様は、今までたたえていた笑顔を消し、真顔で問う。



「前に一回言ってた『全ての終わりの日(さいしゅうび)』って――いったいそれは何なのかな」




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こめんと

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