「それで? ヘリオスは、リリちゃんのお願いなら魔界に戻るんでしょう?」
「ちょっと違う……リリーティアのそばにしかいない。だからリリーティアが魔界にいれば魔界に、地上にいれば地上にいる……それでいい?」
そうしてわたくしに微笑みかけてくれるのだが、返事もしてないのにレト王子はあからさまに嫌な顔をしていた。
こんな顔をしているのは久々に見たなと言うくらい……もしかしたら頭痛や腹痛で苦しんでるんじゃないか? 見ようによっては具合が悪い人みたいになっている。
そんなわたくしの視線を追って、魔王様もレト王子の顔を見つめた。
「……こういう状態だからねぇ。昔の話で和解するより、現状の女性問題の方が家族崩壊の危険性が高いんだよね……」
そんなオタサーの姫みたいな状態に持って行った覚えはないんですけども……。
「わたくしのせい……ですか……」
「せい、とは違うかなあ。でもね、申し訳ないことにうちの子達は女の子慣れしてないし。しかもリリちゃんは特別な子だからねえ……」
「リリーが【魔導の娘】だから好きになったんじゃない!」
「ボクもそうだ! 知らなかったし!」
「ほかに女の子と仲良くなろうとかは考えてる?」
「俺はリリーがいるから」
「ボクもリリーティアがいるから別に……」
「偉い!! それでこそうちの子だ! いいね……感動した……」
二人の息子の主張を、全面的に受け入れている魔王様。どう見ても良くないだろ。魔界の価値観ってどうなってんだよ。思われるのは嬉しいけどさ!
魔王様が仮にきちんと教育を施していたとしても、結果的にこの状態は変わってないって……今なんとなく理解した。
「あの。良いでしょうか」
「なにかなリリちゃん」
「……レト王子は、わたくしをどの程度好意的に見ていらっしゃるのでしょうか……戦友でしょうか、恋人にしたいくらいでしょうか」
すると、レト王子はショックを受けたように目を見開いて固まり、自分で、と声を震わせた。
「……自分で、結婚するなら俺が良いって言ったじゃない……!」
「リリーティア、いつそんな約束してたの?」
「わたくしが聞きた……あ。あれは確かディルスターで……」
そーだ、確かあれは今を遡ることわたくしがまだロリ少女だった12才くらいの頃だ。
なんでこんなに自分たちを助けてくれるのかというレト王子の問いから端を発し、紆余曲折あってクリフ王子のことが好きなのかと聞かれたのでレト王子の方がすごくいい、的な話をしたのであった。
『結婚するならレト王子に決まっているでしょう』
『あっ……、えっ……。そういう、意味なのか……!』
そんな会話をしたなー、懐かしいな……レト王子すごく可愛かったんだよな……。そういえば、あの当時から二人の時、敬称を抜いた『レトでいいよ』と言われ続けてやんわり拒否しているのだった。
……いや、でもそれって今する話なの? あ、そうじゃなくて、わたくしがどれくらい好意的に思っているかって話を振ったからか。
じゃあ、この反応はつまり……?
「あの。自惚れもあったら大変失礼かと存じますが……レト王子は、あのときからそのつもりで……?」
「……あの秘密がなくても、そのつもり……だ……けど……」
急に言葉を濁して視線を外すレト王子を、魔王様は穏やかな表情で見つめている。わたくしもそっち側の人間でありたかった。
「……待って。リリーティアはボクの友達だよ。今はボクが下僕だけど、そんなレトゥハルトの結婚とかで話を持って行かれると困るんだよ」
そこにヘリオス王子が入ってきて、友達だという間柄を強調するのだが……。
「――そういえば、お前の中の『友達』とは、どれくらいの割合を占めてるの? 家族や恋人より上ということはないはずだろ?」
「家族や恋人よりも上さ。友達は唯一無二だ」
「うん……?」
さすがに何かがおかしいと、わたくしもレト王子も気がついた。
「じゃあ、リリーが上か違うかで答えて。父上とリリーならどっちが上なんだ?」
「リリーティア」
「……俺とリリー」
「リリーティア」
「母上とリリー」
「えー……、うーん……リリーティア、かな……」
「ほかの友達」
「そんなものは後にも先にもいない。リリーティアだけ」
「お前が命を賭してもいい、とても好きになったと仮定した女の子と、リリー」
「リリーティア」
「この世の神様」
「リリーティア」
「わかった。もういい」
……なるほど、とレト王子は合点いったようだった。
「順位付けとかは意味をなさない……ヘリオスの中では、この世の何より友人……リリーの方が優先される」
「そう言ってたでしょう!」
「好意が紛らわしいんだよ! だいたいなんで母上より上位にいるのに、復讐の道具に使おうとするんだ。意味分からないし!」
レト王子は大きく息を吐き、べちんとヘリオス王子の額をデコピンではじいた。
ばちんとすごい音がして、衝撃でヘリオス王子の上半身が仰け反る。
これでも手加減しているのか全開なのかは分からないが、クリーンヒットしたらしきおでこ、真っ赤ですけど……。
「ちょっ、大丈夫ですの……?」
おでこの具合を診ようとしたら、レト王子にぐいと引っ張られて、彼にもたれかかるような体勢になってしまった。
すると、レト王子はわたくしのお腹に手を回して、両手で抱き留める。
「リリーだけはだめだよ……お前にもクリフォードにも、誰にも渡さないつもりだから」
――う、わ……。そんな台詞言えるのすごい……!
あ、待って待って、急に耳元でそんなこと言われたから顔が熱くなっちゃったんだけど……顔を隠すことが出来ない。薄暗い照明で良かった!
「リリー、温かくなってきたけど、どきどきしてるの? そういえばさっきもすごく……」
「こんな事されては当たり前でしょう! 女性に気安く手を触れてはいけません!」
とはいえ、レト王子はわたくしを離してはくれなかった。
でっかい猫とかじゃないんだけど、大暴落したレト王子の機嫌が少しでも直るなら、甘んじて受けるべきだろうか……。
しかし、それはそれでヘリオス王子が額をさすりながら恨めしげにレト王子を見据えていた。
その視線にはレト王子も気づいているはずだ。一体わたくしの背後でどんな顔をしていることやら……。
「というわけで、父上。ヘリオスはリリーを友人というより……この世の全てみたいに扱っているようです。そこまで来てると好意というか、信仰っぽさがある」
「そのようだねぇ……まあ、魔導の娘だから、いつかリリちゃんも死後は魔族から崇拝されるだろうし……その第一号が王家から出たと思えば……国教みたいだねえ」
何それすんごい嬉しくない。
もし、魔界が発展し始めたら教会とかリリーの像とか建っちゃうって事?
しかも人間達に知られたら『人を見捨てて悪魔に魂を売った厄災のリリー』とかボロクソ言われるじゃん……。
「もし祀る場合は、ひっそりとシンプルにお願いいたします」
「ダメに決まってるじゃないか。リリーティアは魔族全員が知るべきだし、侮辱したものは根絶やしにするくらいでちょうど良いよ」
ヘリオス王子の顔が真面目なものになった。誰からも異論が出ないのも怖い。
まあまだわたくし生きてるし、死後のこととかはあずかり知らぬ話だけどさ。
「一応、二人の話は聞けたから良いんだけどね……」
グラスを手の中で軽く回しながら、魔王様は静かな口調でわたくしを見た。
「……リリちゃんはどういうつもりだったりするのかな。今後」
琥珀色の液体が氷と一緒にくるくるとグラスの中で回っている。
魔王様の手のひらで踊らされるなんて、まるでわたくしのようだなあ、と頭の端で思いながら……わたくしは魔王様をまっすぐ見つめた。
「一度ローレンシュタインへ戻ります」
レト王子が小さく震えたのが、背中越しに伝わってきた。