【悪役令嬢がリメイク版で敵側のヒロインに昇格したのに、恋愛どころじゃないんですけど!/110話】


 その後は、特に殴り合いの喧嘩に発展するとか、ヘリオス王子がいなくなってしまう――……ということは決して、無かった。



 そう。無かったのだが……。



「……あの」

「なに」

 すごい素っ気ない返答のレト王子。


 明らかに彼の機嫌は魔界の底まで落ちている。むしろ一足先に帰還している。


 彼はこちらを見ないまま、夕刻のラズール大通りを歩いていた。


 露店はほぼ店じまいしているので、開いている店は僅かにしかない。

 ジャン達を待たせた場所に行くと言っていたので、わたくしたちもついてきている……のだが……。



「どうか機嫌を直してくださいませ」

「リリーの腕にすがりついてデレデレしている奴をゴミ捨て場に棄ててきたらそうしても良いよ」

 抑揚のない声で一息にそう告げると、荒れ狂う冬の海より冷たそうな目で、実弟を見つめていた。


 そう。わたくしの左腕には、腕を組んで……というより抱え込んで歩いている、ニコニコ顔の……春も一緒にやってきたかのようなヘリオス王子がいるのである。



 確かに言葉を選ぶべきだったのは反省しているが『あんた一応下僕なんだからわたくしの言うこと聞けよ』という言葉よりはずっと良心的にしたつもりだ。


 その結果、ヘリオス王子は乙女みたいに顔を赤らめて『リリーティアのためなら何でもするよ』とわたくしの手を取って伝え、もう一人にしないでね……、と微笑み、まあこうして人の話を聞いているのかいないのか、デレ全開なのである。



 状況を静観していたレト王子はだんだん表情を無くし、その御身から吹き荒れる暗黒のオーラみたいなものが、肉眼で見えるような気さえする。


 病みポイントが大量に増加したのが分かった。最悪貯まりきっただろう。



「ヘリオス王子はわたくしの下僕として、何でもやるって言ってるわけですのよ」

「そう……下僕は主人(あるじ)に支配されるものなのだよ。リリーティアはボクを一生面倒見てくれる覚悟があるんだろうから、気にしていないよ?」


 そんなウットリとわたくしの事を見ながらささやかないで欲しい。

 あんたそもそも極端すぎなんだよ。さっきまでむっつりしてたのに。



「…………ヘリオスの手足を全て折って、一生病床で暮らすための手伝いなら今すぐ迅速に出来るけど、どうする? やっていい?」


 レト王子に剣呑な発言がある。それはやめていただきたいというと、何やら一人でぶつくさと呟いていた。声が小さすぎるので聞こえない。


 しかし、止む気配がないのでそっと耳をそばだててみると――……。



「なんなんだよ……元気になったと思ったら急にまた誰かをたらし込んで……それが生死不明だった弟ってどうなってんのさ……。復讐をやめてくれたのはいいけど、だからってよりによってリリーもヘリオスをそばに置くとか……だいたいいつもいつも相談もなしにすぐああやって……ああ、イライラする……」



――多大なる、わたくしへの文句だった。



 わたくしは兄弟同士殺し合う状況を回避させることには成功したものの、自らが殺されるフラグを新たに作り上げたような気がする。


 終わり良ければ全てよし、などというが……終わり悪かったらやっぱり全て悪くなるのかななどと思いながら……そう、平たく言えば失敗した。



 魔王様になんて言おうかなー、ごめんなさいで済むかなあと考えていると、レト王子が急に立ち止まって、キョロキョロと何かを探すようにあちらこちらの建物を見ている。




「……どう……しましたの?」

「……父上が……地上で呼んでる」


「え……」

 地上、というかラズールに来ているって事らしい。


 そういえば、転移の時も『行ってらっしゃい』じゃなくて『行こうか』だった気がする。



 なんて思っていると、わたくしの視界が一瞬ブレた。




 あれっと思ったのもその瞬きの間だけで――……見たこともない場所に立っている。



 薄暗いけど、壁掛けランプの灯火がゆらゆらといくつも揺らめく……小さな部屋だ。棚の上に置かれた、ピンク色の安っぽい花瓶。


 そして湖なんだか海なんだかよく分からない水辺の風景画まで壁に飾られている。どっちをとっても、魔王城にはいろんな意味で置いてない。


「やあ。ご苦労様」

 後方から声がかかり、わたくしはそちらを振り向くと……なんと、魔王様もエリクも、ジャン達もみんな揃っている。


 しかも、彼らはフカフカそうな椅子に座って、なんか美味しそうな料理をお酒と共にたしなんで……平たく言えば飲み会をしていた様子である。



「……いろいろ、どういうことなのでしょう」

「簡単だよ。リリちゃんをレトゥハルトのところに送って、その後はノヴァ達の気配を探って、待機中の二人を連れて飲みながら見てたんだよ」


 といって、魔王様は水晶玉を掲げて見せた。

「…………」



 王子達にセクハラされてるのも見てたわけだな。死にたい。



「まあ座りなさい。三人ともお腹は空いてないかもしれないけど、人間の酒場というのは面白いねえ」


 やや広めの個室に通してもらえたらしいが、何が魔王様には面白いのか、店内の様子が分からないので判別のしようが無い。


 わたくしが魔王様の横に座ろうとすると、レト王子がその間に割り込んできて、ヘリオス王子を魔王様に見せるため腕を引く。


 しかし、ヘリオス王子は嫌がって、わたくしの背に隠れようとする……ので、いいよと魔王様が止めた。


「見てたから知っているよ……久しぶりだねヘリオス。きちんとリリちゃんには謝っておきなさい」

「…………後で二人になったらそうする」


「させるわけないだろ……」

 ぼそっと低い声でレト王子が呟いたのを聞いていた(聞こえてしまった)ノヴァさんは、わたくしに『頑張ってくださいね』と言いたげな視線をよこし、静かに頷かれた。



「……まあ好きなのを飲むと良いですよ。アルコールは抜いてあげますから」

 エリクからメニュー表を受け取って眺めると、なんだか美味しそうなものがいろいろ書いてある。


「……今お腹いっぱいなので、あたたかいお茶を」

「俺も」


 すると、ジャンが扉を開けて給仕の女性に声を掛け、何やら注文してくれている。あいつも黙って普通にしていればかなりのイケメンなので、ほら、おねーさんもすこし優しい顔で見ている。


 ふと、何気なく見た灰皿の中に……女性の名前と住所的なモノが書かれた紙がくしゃくしゃに丸められ、いくつか置かれているのが見えた。


 それぞれ筆跡が違うので、給仕の際に置いていった……いや、考えにくいが、なんかの話のついでにジャン達が書かせたのかもしれない。

 しかし、ぞんざいにそんなとこに置かれているし、灰皿に張られた水にひたしてあるので、所々インクがにじんで判別が困難な部位も多く見受けられた。


 全ての状況的に考えると、一応受け取ったけど必要ないとされてそこに置かれているのだろう。


……というか、この面々で来たのか……そりゃ別室に通さないと、おねーさん達も仕事どころじゃないし、お近づきになりたい~とか浮かれちゃうよな。


 ただ、この人達は見た目が良いけど女性と付き合うより楽しいと入れ込んだ趣味があるぞ。

『私と錬金術どっちを取るの!?』って聞いたら間違いなく『錬金術』だし。


 それでジャン相手に浮気したら『あなたが全然相手にしてくれないから寂しかったの!』なんて言ってごらんなさいよ。

『じゃあ寂しくないようにあの世で男漁りでもしてな』とか、次のドーナツにされる危険性だってあるぞ。魔王様は顔も良いし能力は高いけど普段働かないよ。



 どの男も一般の女子では長続きしないよ。わたくしが特殊……ではない、と思いたいけど……。




 それより……この部屋には重要な話が外に漏れないよう、消音結界もうっすら張られているあたり、抜かりがないというかなんというか……。



「セレスくんは地元で大丈夫だったのかしら……」

「ああ、ずっとこうしてフードをかぶっていますので」

 それに今日はみんなと帰るから大丈夫とのことだが、帰るってのも『魔界に帰る』って事だろうな、と判断する。


 人の資質を見抜く力があるセレスくんは、東に有望な少女がいれば派遣され、西に見所がある若者がいれば確認しに行く、と……あちこちに行かされているので大変なのだ。


 ただ『戦乙女かもしれない』という人物の調査依頼に関しては、全員ハズレなのでわざと時間を掛けて調査しているふりをする。


 ちなみに、アリアンヌが戦乙女であることをセレスくんには教えてある。


 それを上層部に伝えていない……というか、依頼に上がった女性達が『戦乙女ではない』という事実だけはちゃんと報告しているので、仕事は結果的に真面目にやっている。


 アリアンヌがそうかと教会から聞かれたら、自分でももう一回確認した上で答える気ではあるらしい。分からなかったら正直に違うとか分からないと答えると言っていた。



「……それで、リリちゃんは良い機会だからいっぱいお話ししよう」


 魔王様の雰囲気が怖い。あ、これは久々の……あれだ……!!



「ッ、あ……、あぁ、あのぉお……!」

 またあの目が襲ってくる……! 思わずぶるりと震え、わたくしの声はうわずってしまった。



――すると、彼らもただならぬ気配を察したのか、あるいは事前に示し合わせていたのか……魔王様親子以外の全員が席を立った。



「おれたちは別室の方にいってる。仲良く親子水入らずで話しな」

「はいはい。後で呼ぶから安心して飲んでて」

「ご馳走になります」

 朗らかにエリクが礼をして、これ持って行きますねと酒瓶を一つ手に取る。

 ぞろぞろと別室とやらでのんびりくつろぐ気らしい。



 わたくしも親子水入らずの状態を邪魔しちゃ悪いので立ち上がろうとしたが、ガッと両腕をそれぞれの王子様に押さえられたので身動きはとれなかった。



 お願いだから連れて行って、という悲哀の目をジャンに向けたが……目が合ったにもかかわらず、あの男はフッと目を細めてどこかの部屋に消えていった。



 ちなみにわたくしがその立場でも……そうしただろう。

 魔界のややこしいお話に巻き込まれたくはないし、何より……迂闊なことをやって魔王様の逆鱗に触れ、寿命を縮める必要はないのだから。





……いや、今回ばかりは仕方が無いのだ。

 わたくしはしくじって、しまったのだから……。



 それに、貸しが大きいとも魔王様は仰っていた。だから、こうしてわざわざ酒場で待っていてくれたんだ……ろう……。



「リリー、席を移動しよう。父上と対面するように座り直した方がいい」

 地獄だ。絶望に挑戦しますかという選択肢とか、一切の希望を捨てよとかいう名言が出ない程度に決定事項だ。



 わたくしは糸の切れた操り人形のように引っ張られて移動し……改めて魔王様の対面に座り直すと、魔王様は穏やかに微笑んで、わたくしの前にお茶を差し出してくれた。


 それを受け取ると、それでね、と魔王様は明るく告げた。



――来る……!!



 身構えたのと同時、魔王様がガッとわたくしの頭を掴んだ。

 振動というか衝撃で、ばちゃっ、と机と手の上にお茶が溢れたが、やけどしそうなほど熱くはない。


「――……どっちも魔王(ぼく)の子ではあるから結果的には同じことかもしれないんだけどね、レトゥハルトが荒れてるようだから……一応聞いておこうかなって」



 息子さんの荒れ具合はわたくしもよく分かります……。

 そう告げたら、このまま首をねじ切られそうなので黙って頷く。



「リリちゃんはー、レトゥハルトの気持ちを知った上で、ヘリオスも受け入れてるのかな? どっちと……結婚する気でこういうことになったのかな?」


 明るい口調で明るい笑顔なのに、目は冷たいですよ魔王様。


「……け、結婚とかそういうのは、飛躍しすぎているんじゃないかな……って思いますのよ……」

「そうだねー。リリーにはクリフォードがいるものねー」


 空いた皿とかを端っこに重ねながら、綺麗なおしぼりで机を拭いて自分の場所を確保しているレト王子。言葉が棒読みだぞ。完全に怒っている。


「クリフォードって、あのうるさい金髪男だったよね。ボクもあいつ嫌いだな……」

「おやめなさい。ここは地上です。もし誰かに聞かれたら投獄されますわよ」


「肝心な話は聞かれないように結界張ってあるから平気。さ、リリちゃん。一杯思いの丈を話しなさい」


「額に爪が食い込む勢いなので、頭をガッてするのやめて欲しいですわ」


「だーめ。だって、こうして質問しないと、勢い余って机とか叩き割っちゃうかもしれないからねえ……」



 机を叩き割ってしまうほど感情の行き場がないなら、これわたくしが意に反したら頭がはじけ飛ぶって事なのでは……? 何かの伝承者なのかよ。



「そもそも、どっちがどうという話より……せっかく見つかったヘリオス王子と三人で話し合うとかの方が先では……」


「それはおおむねさっきリリちゃん達が話していたでしょう? ぼくは妃を愛していたし、よからぬ事を考えてしまう前に消したのも事実だし……家族に向き合えなかったのも本当だ」



 だから否定する材料はないという。

 あったところで、やっぱりお話ししてはくれない様子なのだ。


「……わたくしで良ければ包み隠さずお話しいたしますので、額の手を離していただければと……」

「わかった。じゃあゆっくり順番に聞いていこうね」

 そう仰って手を離されたが、()()って……何かしら。




前へ / Mainに戻る /  次へ


こめんと

チェックボタンだけでも送信できます~
コメント