【悪役令嬢がリメイク版で敵側のヒロインに昇格したのに、恋愛どころじゃないんですけど!/108話】


「――っ!?」

「えっ!? リ……痛っ!」


 わたくしは瞬時に転移されたようなのだが……空中に投げ出され、道を歩いていたレト王子と目が合った……と思った瞬間、彼を押しつぶすように落下した――という一部始終を、落ちてから認識した。


「あっ、あの、レトおう……レト、ごめんなさい……! 生きてらっしゃる?」

 身体の下敷きになった魔界の王子様は、何が起こったか分からないような顔でわたくしを見たが、リリー? と確認するのように呟く。



 空中に現れたわたくしは、ここが人通りのない場所であることに気づき、きょろきょろと辺りを見回しながらレト王子の上から退いた。


「なんでこんなところを……ジャン達もご一緒だったのでは?」

「なんでこんな、というのは俺が聞きたい…………って、あれ? リリー、君、元気なのか?」



――魔王様のお力は、本当にものすごい。


 まさかピンポイントでレト王子の前に転移されるとは思わなかった。

 普段ゴロゴロしているのは、その魔王ぱわーを貯めているからなんじゃないかな。


 レト王子は立ち上がって服や身体についた砂や汚れを軽く払うと、平然としているわたくしに仰天し、肩をがっしと掴んで、じろじろと上から下から眺め回した後……ちゃんと治ってる、と信じられないものでも見るかのように言った。


「……詳細は後で。ええと、レトは……ヘリオスを探しておられるのですよね?」

「――……そうだよ。ジャン達には別の場所で待機して貰ってる。一日経って俺が戻らなかったら、父上に動いてくださるようお願いした」



 厳しい顔つきになってレト王子はそう仰ったが、魔王様にはそのようなお仕事を託されていたのか……。


「……とにかく、何かが起こる前にお会いできて良かった……ヘリオスに今からわたくしも会いにゆくのですが、あなたに剣を抜かせるわけに行かないのです。あれはわたくしの下僕になったので、下僕に手を上げては困ります」


「何言ってるんだ! リリーが……は? 下僕? ヘリオス『の』じゃなくてヘリオス『が』リリーの下僕?」


 多くの説明を省いているので、何言ってるんだというのは甘んじて受けよう。


「ヘリオスとレトでお話し合いをしていただくのです。彼は幼すぎて記憶も曖昧だったはずなのに、恨みだけは今も根強く残っている。レトの……知っている部分だけでもきちんと教えて差し上げれば……もしかすると和解できるかも。まあどうにもならなかったら喧嘩すれば良いですわ」


 とりあえず、わたくしが良いと言うまで絶対に暴力や魔法に訴えてはいけないと先にお願いし、かいつまんで事情を説明しながら、露店であれこれお肉の焼いたものやら飲み物を複数個購入し、むぐむぐと頬張った。


 自分で買おうと思ったのだが、お財布鞄も持っていなかったので、レト王子にねだって買って貰っている。彼がお金持ってて良かった。


「……本当に元気そうで良かった」

 次々手渡されていく食べ物を持ち、わたくしの代わりに料金を支払いながら、レト王子は抑揚のない声でそう言った。


 一体俺は何しに来たんだろう、と思っているかもしれないが、魔界の平和のため――……あれ?



「そういえば、エリクとセレスくんまでいない……? 魔王様が転移してくださったと思ったのですが……」


「リリーだけ先に送ったのかもしれないよ。しかし、まだ買うの? 起きたばっかりなのにそんなに食べたら……」


「わたくしだけ食べるわけじゃありません」

「? 俺は別にお腹すいているわけじゃ……」「あっレト、あの果物も美味しいので買いましょう」


「もうそろそろ両手で抱えきれないんだけど」


 そうして次々と買い物をさせられるレト王子の手は、徐々に自分では受け取れない程度の食べ物で満たされ始めた。


 ラズールを出るとき、今日は森でピクニックか、と門番さん達に笑われたものだ。




 そのまま森の中に入っていくと、わたくしは神経を研ぎ澄ませる。


 弓兵としてのスキルを使っているだけなので、罠があるとか敵がいるかとか、そういう感じでしかわたくしには分からないが……。



「――ヘリオス王子。ここにいらっしゃるのでしょう?」

「リリー……!」


 レト王子の声が厳しいものになるが、わたくしは自分の指に手を当て、静かにというジェスチャーを彼に送った。


「レト王子にも、全部終わったらご相談というか大事なお話があります。それまで我慢してください」

「…………」


 大事な話と聞いて、レト王子が何を想像したのかは分からない。



 ただ、その言葉の効果は……彼に我慢を継続させるに充分な効力があったようだ。重い息を吐いて、どっさりと持ってきた露店の食料をじっと見ている。



「ヘリオス王子……早く姿を見せないと、下僕から奴隷に落としますわよ! ムチでびしばし叩かれて、名前を呼ばれずに『豚』とか言われるのですよ!」


 森の中でよく響くというのに、わたくしはとんでもないことを言い放ちながら彼を探した。レト王子がぎょっとした顔をしているが、見なかったことにしよう。



 すると――……。


「……奴隷は、嫌かな」


 かさ、と……木の根元から、這い出すように現れたのは紛れもなくヘリオス王子だった。


「なんで虫みたいに木から出てくるんですの?」

「ここで寝たりしてるからさ」


 そう言って、草をかき分けた大樹の根元に……ぽこりと穴の開いた部分があった。中は途中から空洞になっているそうだ。



 うっわ……これは、久々にわたくしの心にクるものがあるな……。


「来てくれて嬉しいけれどね……」

 そう言って、ヘリオス王子はちらっと後方の兄上……レト王子を見る。




「……」

「……」

 二人は無言でしばしの間見つめ合っていた。




 互いに何年ぶりかの再会になるわけだし、いろいろと消化できない感情もあることだろう……。




「……ところで……あんなにたくさん食べ物抱えて、浮かれきってるようなおめでたい奴は何なの? なんだかイライラしてくる」

「リリーが手当たり次第に露店で買って、俺に持たせたんだよっ!」


 おお、そうだった。レト王子に剣を握らせないため、わたくしがめちゃくちゃ食べ物を持たせたのだ。


「レト王子、ありがとうございます……すごく助かりました。なんてお優しいのでしょう。今日も素敵ですわよ」


「なんで意味の繋がらない適当な言葉で誤魔化そうとするの? だまされないからね」

 わたくしはレト王子をねぎらい、その手の中から飲み物と食べ物を数個手に取ると、ヘリオス王子へと差し出した。



「選んだのはわたくしですが、レト王子からの差し入れです。毒物は混入していませんので召し上がりなさい」

「……いらない」

「食べなさい下僕」

「…………」


 下僕と言われて、渋々というように手を伸ばしてわたくしからパンや果物を受け取り……じっと見ていたのだが、覚悟を決めたのか……もぐっ、と口に入れた。


「……おいしい」

「そうでしょう? ラズールの屋台って、ハズレが少なくて美味しいものばかりなのです」


 わたくしは彼の横に座ると、同じものを口にした。


「それに一人で食べるより、誰かと食べた方が美味しいですわよ」

「…………」

 無言で黙々と食べ進むヘリオス王子。


 わたくしはまたレト王子の手から、カリカリに揚げたチーズ餃子みたいなものや、スパイシーな串焼き、果物をどっさり入れたパイなど、いろいろなものを与えた。


 レト王子もわたくしの隣に腰掛け、しばらくわたくしたちのやりとりを見ていたのだが……つんつん、と肩をつつかれる。


「んっ? どうされたのです?」

「俺に分かるように説明して」


「現在は餌付けタイムです。わたくしたち、起き抜けなのでお腹が空いていますから」

「ボクは……数日食べなくったって……」


「これから話し合いなのですから、英気を養うべきです。お腹が空いていると、すぐイライラしたりするからダメですわよ」


 わたくしがヘリオス王子にそう言うと、レト王子は頭痛をこらえるかのように額に手を当て、首を振る。


「こっちは覚悟を決めてきたって言うのに、なんだか拍子抜けだよ」

「……悪いことをしたら悪いと叱ってあげる人も、自分が行った事への罪をあがなうことが必要であることも……充分わかっています。ですが、それはお互いが話し合って、心の中のわだかまりをブチまけて……言いたいことを言い合った後だって出来るはず」


 わたくしはそんなレト王子と視線を交わし――またアレをされるんじゃないかという恐怖もあって、目を見るのがちょっと怖いんだけど――頷いた。


「覚悟を決められて兄弟同士の争いに発展されては、互いに無事で済む訳ありません。そんな現場で何も手を出せないわたくしは、やめてと叫ぶだけの悲劇のヒロインみたいになってしまうじゃありませんか。そういうのは望みませんし……天国から見守っているであろう魔王妃様だって、きっと胸を痛めることでしょう……」



 魔王妃様のことを言ったからか、わたくしたちにつられて肉まんを食べようとしていたレト王子の動きが止まる。



「……どう聞いたの」

「魔王が母さんを燃やしたって言ったんだ。あとお前達が何にもしなくて母さんを見殺しにしたことを伝えた」


「それは違う……!」

 ヘリオス王子の恨みがましい言葉に反応して、レト王子はキッと睨みつけた。


「何が違うっていうのさ! 母さんは明らかに衰弱して死んだんだ! それを治すことも出来なかった……いや、治そうともしてなかっただろう!」


「確かに手の施しようはなかった。でも、父上だって何もしなかったんじゃない。俺たちが寝静まってから……父上は自らの血液を差し出したり、毎日治療に務めておられた。でも、それでは父上も弱って一緒に死んでしまうから……そうなったら俺たちも育てられなくなるって、母上が止めたんだ」



 血液を差し出すというのは、どういう感じなのだろうか……。



 はたしてここで口を挟んで良いものかと思いながら、わたくしは焼きまんじゅうをかじる。

 ぱり、という香ばしい焼き目が音を立てた。


 あ、これ美味しい。肉汁があふれ出てくるけど、中に入っている香草のかおりが後味を爽やかなものにしていて、しつこくない。

 いわゆる小籠包を焼いたものと似ているけれど、あれほど肉汁というかスープが出てこない。


「……今は大丈夫だけど……父上もずっとベッドから出てこなかったのは、その頃の無理があって伏せっていたのだと思う」


 ぱり……。



「リリーが俺と出会って魔界にいろいろなものを運んでくれたから、確かに俺と父上の体調も良くなって、生きているというのも事実だ……」


 ぱり。


「結局、リリーティアがいなかったら自分たちはまだ魔界で夢も希望もなくいたのじゃないか。ああ、一応レトゥハルトはこっちに出てきたんだったね」


 ぱりっ、ぱりっ!



「――さっきから、ぱりぱりうるさいなあ。リリーはなんでくつろいでるんだよ! 緊張感とか無くなっちゃうだろ!」


「んぐ、んぐ……。ぷはっ、だ、だって、口を挟んで良い箇所が分からないのですもの! あと、これ美味しくて……」


「相づちみたいにぱりぱりさせられても気が散るというか……。それ、味が気になるから全部食べないでね」


「お前達の会話の方が緊張感ないじゃないか! ……ボクのもあると嬉しい」


「後でって言うと多分冷めてパリパリしませんわよ」



 緊張感のかけらもない会話と突っ込みをし、結局会話の途中で三人とも焼きまんじゅうを頬張り始める。周囲には香ばしい部分を噛む軽快な音が響いた。



「……俺……何しに来たんだろう…………」

「ボクも、これを食べるためじゃなかったはずだけどね……」

 二人の王子は遠い目をして、ここに来た意味まで考え始めている。




 たくさん買った食べ物を皆で全部平らげてから……わたくしはおしぼりで手を拭き……さて、と本題を切り出した。


「……やはり、レト王子とヘリオス王子の見解には……年齢から来るものか、大きな理解差があるようですわね」



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こめんと

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